![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/136739322/rectangle_large_type_2_6e70658505153cf20a65e784994b9f3a.png?width=1200)
レジ特訓
金曜日になった。
今日はフクロウ氏による、「レジ特別訓練」が行われる日だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1712662358974-yvIMkFaqq7.png?width=1200)
特訓は、深夜0時を過ぎたころに始まった。
普段のシフト通りなら、ミリーはいつも0時に上がる。
土曜日になったばかりの0時だ。
だけどこの日は、特訓のために1時間居残りすることになっている。
店には2台のレジが置かれている。
そのうちの1台、入り口に近い方に「特訓中」とマジックで書かれた紙が貼られた。もう一つのレジには、夜勤の白熊さんが立ち、ひとりでお客をさばいている。
「非の打ち所のないコンビニに不可欠な要素は、3つある」
マントを翻し、フクロウ氏は、詩でも朗読するみたいに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
フクロウ氏はいつも、全国共通のよりどりマートの制服(白のジャンパージャケット)の上から、特注(と思われる)黒いマントを羽織っている。マントの肩の部分には≪YRDR≫と刺繍がほどこされていた。
![](https://assets.st-note.com/img/1712662376684-gNxR95zgyz.png?width=1200)
「3つの要素のうちの1つは、≪SKKS≫、つまり、≪素早く、かしこい、機転の利く、スタッフ≫だ」
どういう訳か、フクロウ店主は、昼間に店に姿を現すことはない。
だからフクロウ氏と顔を合わせるのは、ミリーが夜にシフトに入っている金曜日と土曜日だけ。これは、ミリーにとっては少し残念なことだった。
フクロウ氏は、ミリーが「何か特別な力を持っている」と言ってくれた、はじめての人物なのだ。
「ミリーさんなら、きっとお客さんにとって頼もしいスタッフになれるよ」
そう言ったフクロウ氏の目は、湖のように優しく、穏やかだった。
「ありがとうございます」
だけどミリーは、あまり嬉しい気はしなかった。むしろ心の中では、乾いた砂がモザイクのようにぐちゃぐちゃとうごめいてる。
私は、本当は魔女なんです。
いつか、フクロウ氏にも本当のミリーを知ってもらいたい。
まだ、自分の魔法を見つけることはできていないけど、私はもっと、面白い人間なんです。「頼りになる」とか、そんなんじゃないんです。
浮かんだ言葉を、心の中でそっと飲み込んだ。
「さあ、はじめよう。レジの操作方法は、もう教わっているね?」
フクロウ氏が問いかけ、
「はい」
ミリーは答えた。
「それじゃあ、まずはレジ袋の開き方から行こう。まず、スポンジに指をトンと当てる」
フクロウ氏は、マントからひょいと腕を伸ばし、人差し指で水を含んだスポンジに軽く触れた。
![](https://assets.st-note.com/img/1712662399007-6KZ9BmScFP.png?width=1200)
「粘土を押し込む要領で、適度に力を入れる。次に、人差し指と親指を軽くくっつけ、親指に水分を付着させる。そしたら軽く膝を折り曲げ、そう、ラジオ体操のジャンプの時のように、軽く曲げるだけでいい。台の下から袋を1枚つまみ取ったら、湿らせた人差し指と親指で袋の口をつまみ、一気にずらす。あとは両手で袋の口を大きく開く。この一連の流れを、ト・ト・トン・シャラ・パッ・パッのリズムで行う。やってごらん」
ミリーは言われた通りにやってみた。
見ているだけなら、出来そうな気がしたけれど、しゃがんで袋を取り出すところで、リズムが乱れてしまった。
「膝を曲げる所が課題だね。足首の柔軟性を上げるといい」
レジ袋の開け方を教わったら、次はカゴ2つ分もの大量の商品を鮮やかにさばく練習(狭いレジの台に、いかに商品を並べるかが勝負だ。隙間を見つける”目”を養うんだ)、それからレジのショーケースに並ぶ揚げ物を華麗に取りに行く練習(トングの軌道をいかに無駄なく美しく描くかがミソだ)へとうつっていった。
あっという間に、1時間は過ぎた。
ミリーは、たくさん動いて息切れしていた。
普段は使ことのない、体中の細かい筋肉が震えている。
「今日はここまでにしよう。この訓練は、受けて終わりってものじゃない。これから、日々の業務の中でさらに磨いていくものなんだ」
語りかけるフクロウ氏の言葉を聞きながら、ミリーはなんだか自分が強豪の運動部の選手にでもなったような気分になった。
「レジという場所を、単なる精算の場所として捉えるのは勿体ないことだ。お客様一人に対して、スタッフも一人。お客様一人ひとりにショーを見せるような気持で取り組んでほしい。ショーと言っても、跳んだり回ったりするようなものじゃない。お客様がコンビニに求めるのは、スピードと効率だ。あくまでもテキパキとスピーディーに。日常の中の必要最低限の用事にほんの少しの鮮やかさを加え、見ごたえのある体験を提供する。これがレジスタッフの役割だ。以上」
それだけ言うと、フクロウ氏はマントを翻し、冷蔵室の方へと消えて行った。
ミリーは汗を拭き、白熊さんに「お疲れ様でした」と言って、店を出た。
夜の深まった、静かな道を1人で歩く。
たくさん体を動かして疲れてはいるけれど、なんだか頭はスッキリしていた。
(コンビニで働くっていうのも、なかなか楽なことじゃないんだな)
疲労、フクロウ氏のコンビニに対する情熱、それから今日の訓練の意義。
色々なことに思いを馳せながら、ミリーはゆっくりと家路につくのだった。
===========================
これは「コンビニの魔女」という物語の一節です。
1話完結でもお楽しみいただける(といいな!)ものになっていますが、よかったら他のエピソードも読んでみてください!
◎プロローグ
◎紅茶屋「マンディ・フェンス」
◎カナタ・チカ
サポートありがとうございます(*^^*)