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「出次第連絡ください、直前まで待ってます」

12年前のこと。
息子を出産した病院でのお話です。
私が出産する直前(1週間くらい前)に産婦人科を全面改装リニューアルオープンした病院。
里帰り出産のため、実家から徒歩3分で行けるというだけで選んだ病院でしたが
新しく生まれかわった「建てたて」の豪華な部屋(ホテルのようでした)に退院前のディナーもあるとのこと。
ラッキーでした。
ディナーといえばフランス料理のコースのイメージでしたが、私の病院は「せっかく新しく生まれ変わったのだからちょっと変わったことを」ということで主治医の先生のアイデアで

寿司職人が目の前で好きなだけお寿司を握ってくれるディナー会」を開催してくれるというのです。
しかも、練習で1度開催してみたけれど本格的な寿司ディナー会が開催されるのは私が出産した日のメンバーからだそう。

それを出産日当日に聞かされて、その時はまだ産後の興奮やら疲れでよくわかっていなかったのですが「好きなネタを好きなだけ握ってもらえるディナー」なるものがだんだんと楽しみになってきました。

しかし翌日から、その寿司ディナーを脅かす出来事が!

ここでいきなり下の話になりますけど、
私、産後に尿が出なかったんですね。
自分ではそんなに気にしていなかったのですが、看護師さんが心配して「まだ出てませんか?」「出たらいつでも教えてくださいね」「大事なことなんですよ」「明日までに出なかったら導尿しましょうか」と声かけにきてくださって。
ちょっと出産がね、なかなかの難産だったものでいろんな感覚が麻痺しておりまして、それぐらいのトラブルはあっても当たり前〜だと思っていたのですが、
気にしてもらうようになってからなんだか「出ないこと」にプレッシャーを感じるようになってしまって。そうなると本当に出ないんですよ。
(次に看護師さんがチェックに来てくれる時間までに出てほしい)とか(出たと報告して看護師さんを早く安心させたい)とか余計なことを考えれば考えるほど出ない。
とうとう翌日には導尿になって、私はその管をつけてウロウロすることになりました。

産後の入院生活はビックリするくらいいろいろやることがありまして(病院によると思いますが)
忙しく検査に行ったり授乳したり研修を受けたりお祝いにきてくれたお客さんの対応をしたり。「休む間もない」んですよね。
そんな時もずっと、私は尿が出なかったので管をつけているんです。私の尻尾のようについてまわる管。いくら産後のわけわからない状態とはいえ、やっぱりちょっと恥ずかしい。

そんな多忙と恥じらいの日々の中、退院日前日が寿司ディナーの予定だということをふと思い出し、私は不安になりました。

尿の管と尿袋をぶらさげて寿司ディナーに行ってもよいものか?と。

ぶっちゃけて言いますと、自分の部屋に運ばれてきたものをパートナーと2人で食べるくらいだったら全然恥ずかしくないんですけど、
その寿司ディナーは同じ日に出産した私を含め3人のお母さんと職人さんが向かい合って、まず寿司コースを食べて、その後はリクエストの寿司を握ってもらえるらしいのです。
ちゃんとした部屋に職人さんを呼んで。ちょっとした「寿司屋の大将貸切状態」に。

うーむ。
この尿袋…気になるよね、やっぱり。
みなさんのせっかくのディナーの場に私は尻尾をつけて尿袋という相棒を連れていくわけですからね。
どうにかバレないようにできないものかと考えて、尿袋にハンカチをかぶせてみましたがダメです。悪目立ちします。
私は諦めて「管をつけた状態では行けないのでディナーを欠席します」とディナー辞退を申し出ました。
看護師さんからは「出産お疲れさまの会なんですから、そんなこと気にしなくていいんですよ」と言っていただいたのですが、どう想像しても無理です。

でも、ディナーを諦めてしまうと、その寿司の会が更に輝いて見え始めて。
(私がいなかったら、握る人1人に食べる人2人かぁ…贅沢空間だなぁ。いいなぁ、お寿司。私も食べたかったなぁ。やっぱり行きたいなぁ。それにしてもどうしてこんなに尿が出ないのか)

そういえば出産したその日からまともに寝ていない。こんなに毎日忙しくて体もきつくて尿も出なくてディナーもいけない。
そう思うとなんだか急に虚しくなって。落ち込みまくっている私を心配した看護師さんがこう言ってくれました。
「ディナー直前までに尿が出たらディナーに行きましょうよ!ディナー部にもそう伝えておきますから大丈夫!出次第、いつでも連絡ください。直前まで待ってます」


「出次第、連絡ください。直前まで待ってます」
なんて素敵な言葉と響き。
待ってます…
待ってます……
待ってます………
希望の光を見た気がしました。

その日から寿司ディナーという希望に向かって、ただただ尿に祈る祈る。

ディナー当日のお昼過ぎ、もう無理かと半分諦めかけたその時、

奇跡的に出ました、尿が。

私は横で泣いている赤ちゃんと同じくらい泣きながら看護師さんにナースコールしました。

「今、出ました。ディナー行けます」と。

看護師さんはすぐに管を抜きにきてくださいました。
晴れて自由の身!グッバイ!!尿袋。

身軽になった私は嬉々としてディナー会場へ。
いやぁ、夢のようでした。
今考えてみても、やっぱり(夢なんじゃないか?)と思うくらい楽しかったしおいしかったです。
産後すぐだというのに院長特製(自家製)の杏酒が振る舞われ、本当に好きなネタ頼み放題のディナー。
3人で1人の職人さんに「次はいくらとイカでお願いします」「すみません、マグロ2巻とウニをそのままで」「さっきの穴子、2つ追加で」

お寿司を食べながら思いました。
プレッシャーに感じれば出なかった尿も
希望を持てば出てくるんだな、と。

「出次第、連絡ください。直前まで待ってます」のあの声を思い出すと、今でもなんでも出来そうな気がしてきます。



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