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誰かいる場所


「芋の子を洗うよう」と言ったら失礼かもしれないが、
実際に目の前に広がっている光景はまさにそんな感じだった。
そう広くもない中学校の図書室に沢山の生徒たち。
見慣れたその光景は、
私が想像していた
「一般的な図書室」とはちょっと違うものだった。

図書室。
それは、
人が本を求めてやってきて、
読んだり借りたり調べたりする場所。

しかし、本とはまったく関係なしにやってくる人もいる。
半分くらいはそうだった。
並んでいる本はただのインテリアだと思っている様子で、
ただ、やってくる人が半分。

みんな律儀に図書室前の廊下で上靴を脱いで、
「おはようございまーす」とか
「ただいま〜」とか、
「聞いて聞いて〜」などと言いながら、
慣れた感じで入ってくる。


今から20年前。
中学校の図書室の司書として働きだして3年目。
ある1日はこうだった。

◆ 1時間目
2年生社会科の授業。
調べ学習だ。先生からの説明のあと、新聞や図鑑を広げてあれこれ調べている。
調べるにあたり役立ちそうな本をいくつか紹介。
雨が降ってきたので、さっき開けたばかりの窓を全部閉めてまわる。


◆ 2時間目
1年生国語科の授業。
「図書室の使い方」を説明したあと、みんな好きな本をもくもくと読んだり借りたり。


◆ 3時間目
授業が入ってなかったのでホッとして、書棚の片付けをしようと思ったら空き時間の先生が遊びに来た。
片付けをしながらおしゃべり。愚痴を聞く。本当は1人の時間にこっそり食べようと思っていたチョコレートを2人で食べる。


◆ 4時間目
不登校のA君がやってくる。
教室に入れないということで図書室に。
話を聞きながら作業を進めていたら、もう1人来室。
こちらは「教室に入れない」のではなく「教室に入れられない」B君。
眉毛を剃って、ピアスをして、刺繍入りの学ランでやってきたB君を担任の先生から「給食前に迎えに行くから1時間よろしく」と預かる。

教室に入れないA君と教室に入れられないB君。
お互いをチラチラと牽制しあっている。
きっと同じクラスにいたら相容れないタイプだろうに、ここは図書室。
親近感がわくのか、席はいっぱいあるというのに、なぜか向かい合って座っているので笑ってしまった。
仕方がないので私も作業の手をとめ、2人の隣に座る。

2人ともせっかく来たというのに自信がなさそうな表情。
「雨が降ってるのに学校に来ただけで偉いよ。私だったら確実に休むね。濡れるのやだもん」と伝える。
そのうち、
「今日の給食はなんだろう」とか
「どうして教室に入りづらいか」とか
「その眉毛の剃り方はどう考えても失敗だ」とか
おしゃべりしていたら、なんだかおかしくなってきた。私が笑うと、B君もつられて恥ずかしそうに笑う。A君も遠慮気味に笑う。

刺繍入りの学ランをしっかりと見せてもらう。
A君と「こんなの初めて見たね!」と盛り上がる。
当時も誰も着ていないような長い学ラン。きっとその道の生徒たちの間で受け継がれてきたのであろう。
「どこに売ってるの?」と聞くと、
「先輩にもらった!」と誇らしげに答える。

2人には返却本を書棚に戻す作業を手伝ってもらった。
すごく一生懸命に手伝ってくれる。
私も嬉しくなって、本の分類番号の説明をした。
「1は哲学、2は歴史。9は文学。たとえばこの本は913ってシールが貼ってあるでしょう?この9が文学で、真ん中の1は日本をさしていて、3は小説ね。そういうのが『日本十進分類法』というので決まっているの。だから、図書館で日本の小説を探したかったら、9の棚に行ったらいいよ」
2人は真剣に話を聞いてくれた。
返却本を棚に返す時、ちゃんと分類番号を見て当該の棚に向かっている。

そうこうしているうちに4時間目終了。
チャイムが鳴ってしばらくするとB君の担任が迎えに来た。

「先生!俺、ミーミー先生の手伝いをした!913はなーんだ?先生知ってる?俺、知ってる!」
担任は笑いながら、私にペコリと会釈してB君を連れていく。
B君とA君が小さく手を振り合っているのが見えた。
仲良しになった様子。
そこにA君の担任も迎えにきた。
A君は担任に「今日は図書館の勉強をしました」と報告。ちょっとだけ自信に満ちた表情だった。

◆ 昼休み
私は急いで給食を食べに行き、急いで図書室に戻る。
昼休みの図書室には生徒がわんさかやってくるからだ。
普段でも50〜60人はやってくる。
雨の日だと100人をこえる。
窓の外のまだまだやみそうにない雨を見て、少し気合いを入れてみんなを迎える準備をした。
図書委員の生徒たちが委員の仕事をしに早くやってきて、カウンターでスタンバイ。
なにせ、いっぺんに100人もやってくると、本を貸し出すのも返却本を受け取るのも質問にこたえるのも大変だ。
ムワッとした空気。暑い。
それでもやはり、本に関することでやってくる生徒は半分くらいか。
あとの半分は「ただ、そこにいる」
来て、しゃべって、帰っていく。

◆ 5時間目
怒涛の昼休みを終え、また本の整理。
昼休みに返却された本を確認して、元の書棚に戻していく。
すると、今度は保護者がやってきた。
PTA活動で学校に来たので寄ってみたとのこと。
まだ片付いていない図書室を見られるのは恥ずかしいけど、そんなことを気にしてもしかたないので「どうぞどうぞ」と迎え入れ、チョコレートを渡す。保護者からも飴をもらう。
保護者は子どもの受験のことや家庭のことを話しだした。

そこに、またB君がやってくる。
「俺、もう今日は帰ることになったから、先生にバイバイ言っておこうと思って」
眉毛はないが律儀だ。

B君が帰り、入れ違いでCさんがやってきた。
顔色が悪く不安そう。
カウンセリングルームに行こうと思ったが閉まっていたとのこと。
「おいでおいで」と手招きすると、
保護者に会釈しながら入ってきた。
図書室内をぐるっと見てまわり、雑誌を手にとり読み始めた。

そこに教頭先生登場。
新聞を読ませてほしい、と言いながら入ってきた。
学校の事務室でとっている新聞と、
図書室でとっている新聞は別の新聞社のものだったので、教頭先生はたまにこうして、図書室の新聞を読みにやってくる。

内線電話がかかってきた。
「はい、図書室です」
「おつかれさまです。今、図書室に誰かいる?」
3年生の先生からだ。
「3年生の保護者さんと、3年生のCさんと、教頭先生がいらっしゃいます」と正直に答えると、
「ゲッ!遊びに行こうと思ったけど、そんなに先客いるんだったらまた今度にする〜」と内線を切られた。

◆ 6時間目
総合的な学習の時間。
また一斉に調べ学習をする生徒たちが入ってくる。

そこに書店から新刊が届く。
ダンボール2箱分の新刊を受け入れている最中に地域のお年寄りが紙袋を両手にさげて入ってきた。
この雨の中をこの荷物でどうやって来たのか。
「家にある辞典とか趣味の本とか、中学生に使ってもらおうと思って。もう私も長くないから。ほら、この本なんて珍しいでしょう」
お年寄りは調べ学習をしている生徒の隣によいしょと座って、自分が持参した本を紙袋から取り出す。

新しい本と古い本が同時に入ってきた。
中学生とお年寄りが同じテーブルに着席している。
不思議だけど、
ここではこれもいつもの光景。

◆ 放課後
帰りの会を終えた生徒たちがやってくる。
図書委員の子どもたちは放課後に図書室に集合することを「部活」だと思っているふしがあり、
何もやることがなくてもなんだか集まってくる。

そこに「塾が始まるまでちょっとだけ休ませてほしい」という生徒も来室。
スポーツ雑誌を眺めて楽しんでいる。
気づけば疲れて寝ている生徒もいる。

さらに3月に卒業した卒業生たちが
「高校の制服姿を見せにきた」とやってくる。
「おおお!可愛いじゃないの!その制服!」
高校の制服に身を包んだ子どもたちは急におとなびた感じがした。

全員が読書をしていなくても、
関係ないことでそこを訪れていても、
決してお互いを邪魔し合ったりはしない。
友だちじゃなくてもいい。
先輩も後輩もない。
性別もない。
もちろん喋らなくても喋ってもいい。

そこは図書室だけど、
図書室の役割だけじゃない場所。


それぞれが好きにやってきて、
喋って、読んで、ウダウダして、
「またね」と帰っていく。

誰もいなくなった図書室をザッと片付けて、
電気を消して鍵をかける時、
私は毎回こう考えた。
「私、今日、司書らしいことしたっけ?」と。

司書らしいことをしている日もあれば、
ほぼほぼ喋っていただけの日もある。
とにかく人がやってくるから、
人と会っている。

そこにいれば、
誰かが入ってきてくれるから、
淡々と1人で司書の仕事をしている時間も孤独じゃなかった。

寂しくなることがあっても、モヤモヤしていても、誰かいる場所で喋っていたらなんとなく。なんとなくだけど私の心もふわっとした。


ーー疲れた。
勤務終了時間はとっくに過ぎている。
重い体を引きずって職員室を足早に突っきる。
鍵を返して、その場にいる先生方に「おつかれさまでーす」と挨拶をして……

そのまま帰らずに
私はよく保健室に向かった。

放課後の保健室。
養護教諭の先生が
「お待ちしておりましたよ」と、
ニマッと笑って私を迎えてくれる。
ちょっとした保健室のお手伝いをしながら、その日あったことをつらつら話した。
先生は静かにコーヒーを淹れて、チョコレートと一緒に出しながら「ふんふん」と聞いてくれる。
私はとにかく喋って、ぶーたれて、笑って。
そしたらなんとなく明日も頑張れるような気がした。

全国の全学校に「誰かいる場所」があればいい。
難しい決まりなどない。
なんとなくでも入れる、人がいる場所があればいい。


(芋の子を洗うよう、ってこういう状態を言うんだろうな)と失礼なことを思いながら仕事をしていた学校司書時代のことを
最近よく思い出す。


誰かいる場所にいた頃の、
「誰か」だった時のことを。

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