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終わりを意識した日


今日も日記.
というか、考え事が減った今は思考を整理するためのnoteなんてそうそうに書かない. つまりしばらくの更新は日記ということだ.


今日は、終わりを意識した日だった。

* * *

全く__話は変わるのだが、
私は小さい頃から継続することが大の苦手だった。やりたい!と言った翌日には別のことに興味が移ってしまい、「やるって言ったんやろ!」と母からの叱責がよく飛んだ。小さな頃は怒られたことが嫌で、怖くてワンワン泣いていたが今から泣きたいのは母だとわかる。すまんね、母。まあ子供ってそういうもんやろう、と開き直っておく。重ね重ねすまん。

まあ、そんな継続することが本当に苦手だった私は中学も高校も、途中で部活を辞めた。
中学1、2年生の間は部員の誰よりも…というと大袈裟かもしれないけど、とにかくそれくらい部活に熱を出していた。誰よりも上手くなりたい、楽しい時間がずっと続いてほしい。そんな感じだった。

けれども、
大好きだった先輩たちが引退して、
好きでもない後輩たちが勝手に入ってきて。

(なんか………もういいかも。)

本当に急だった。プツン、と糸が切れたように。いや、ゼンマイがなくなったみたいに?突然、嫌になってしまった。

もちろん、ここで本来なら

(いやでも、部活の人と関係悪くなっちゃうし、変な目で見られちゃうしな…)

と躊躇するのかもしれない。事実、したかもしれない。だけど自分勝手で、人との関係を切ることにあまり戸惑いがなかったものだから、辞めたいという気持ちを優先してしまった。

中学で学んだ、失敗だった。高校こそは!と意気込んでいたのに、高校の部活でも急に糸が切れた。部活動の友人には辟易とされ、白い目で見られていることがわかった。だけれど、自分の行動に後悔もなかった。いや、今はあるけれど。部活を続けていれば、もしくは誠意を持って行動していれば今でも彼女らと友人で入れたのかもしれない。そう考えることもあった。

こうやって、何度も後悔しているのに。それでも、本当に継続することが苦手だった。代わりに、人以上に始めることは得意だった。

だけど、大学生になって。
始めること、よりもなにかを続けることが何倍も価値のある、尊い行為だと思うようになった。個人の見解だが。
それから、辞めたくなることも理由をつけて、理性でなんとか引き留めるよう、心がけている。

今日の話のメインのアルバイトもそうだ。
母からの強い後押しから応募することになった塾講師
自身が通っていた塾での採用だった。働くのは親しみやすい自分が通っていた校舎__ではなかった。引っ越しに伴って、勤務することになったのは一度も行ったことないT校舎。私のように、元々塾生として通っていた生徒が塾講師になる、というのがお決まりのパターン。もちろんT校舎も例に違わず、そうだった。

そうすると、どうなるか。

初めての出勤日、研修の日。周りは全くしれない人だらけ。周りからの「こいつ誰だ…?」の目線

本当に嫌だった、よく覚えている。大学一年生、初めての担当生徒。初めての授業。上手くいかないことばかりで、社員さんにも怒られた。辞めたい、辞めたいと何度も思った1年だった。それを引き止めたのは、(いや、4年間続けて就活でアピールするんだ…!わたしは大学4年間、アルバイトを継続するんだ!ここで成長するんだ!がんばるんだ!)というなんとも合理的な思考、可愛くねえ。

口では__というか頭では?こんな立派、というか鼓舞しているが。なんども出勤の当日キャンセルもしたし、本当に迷惑をかけた自覚がある。本当にすみません、だけど今でもあの教室長は嫌いです。これもすみません。


いやはや、メインの話に辿り着かないな、この調子じゃ。だからこの続きはまた今度のnoteにしよう、そうそう今日の本題はね。

4年間続けた、アルバイトの終わりを意識したこと。4年間のうち初年は、のらりくらりとしていて継続して担当していた生徒なんていなかった、というかあの頃の私には任せられなかった、というのが事実。

転機は大学2年生。心機一転した私に、ある1人の担当生徒が任せられた。

なんて呼ぼうかな。仮名にしなくちゃいけないな、そうだなあ、ハルトくんにしようかな。

当時、小学2年生だった彼の勉強の進捗は1年生の足し算も満足にできないくらい。彼の母が、泣きながら入塾の面談にやってきた、というのが最初に聞いた話だった。正直、他人事ではなかった。自分の子どもが、クラスの中でたったの3人しか呼ばれない夏休みの補習(しかも小学校1年生の)に呼ばれて将来に不安を覚えない親はどれだけいるだろうか。自分の育て方が悪かったのか、障害があるのか、どうすればいいのか。そんなことを両親だけで抱え込むのは、どれだけ心が重くなるだろうか。

彼を__彼の人生を、変えると決めた。変えるなんて、烏滸がましい、だけど。不安を抱える1人の母親と、自分と周りの違いを感じ取ってしまう彼。そんな彼らを、ほんの少しでも支えると決めた日だった。ほんの少しでも、彼の子供時代に幸せな思い出や時間が増えればいいと思ったんだ。

両親、家族、友達以外の。全くの赤の他人の私から、愛されて、自分は愛される存在なんだと、大切な存在なんだと、そんな風に少しでも思ってもらえればいいと思った。エゴだった。裏にあるのは、嫌な記憶ばかりが残る、過去の私を救いたい気持ちがだった.結局、自分のためじゃないと人には優しくなれない。本当に優しい人間にはずっとなれないんだろうな、だけどそれでもいい。だって理由のない優しさほど不気味なものはないだろ。

彼を担当してもう3年になる。週一回、と言っても3年間も会い続ければ愛着が湧く、それに愛しくなる。大切な存在になる。

そんな彼との別れまで、あと2ヶ月くらい。あと2ヶ月経てば、もう毎週彼に会うことはない。5年生になる彼を見ることはないし、彼の成長をご両親と共に喜びあうこともできない。あーあ、寂しいなあ。

定期的に会うこと。理由もなしに出来ることじゃないんだな。恋人も同じだな、いや、理由もなしに会えるから恋人なのか?そうだったっけ、よくわかんないな。恋愛マスターの友人、教えてくれよ。

あと、2ヶ月。回数にすると、8回くらいかな。いや、彼はよく振替をするからもう片手に収まるくらいかもしれない。最後まで変わらず、たくさん叱って、たくさん笑って、時々2人で関係ないことをして。そんな当たり前の、いつも通りの授業をしよう。会えなくなって寂しい、なんて言わないよ。私がいなくなった後も君にたくさんの幸せが訪れるように、いつか私との時間が楽しくて幸せだったと思ってもらえるように。いつも通り、出来ることをしよう。

私と出会ってくれてありがとう。だいすきだよ、ハルトくん。



あ〜〜〜〜あ、なが。今日の日記、長すぎる。これでもまだ端折った方なんだけどなあ。
これくらい、思い入れがあるからこんなに大きなものになったんだな。君に出会って私の人生も変えられている、君の人生も変わっていたらいいな.私はすごく恵まれている。

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