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じいちゃんが死んでオトンの元嫁と対面した13歳の夏

わたしには、会ったことのないきょうだいが、3人いる。

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じいちゃんが、死んだって。
うちら葬式は出られへんけど、最後の挨拶だけでも行ってきたら?

ある日学校から帰ってきたら突然、オカンにそう告げられた。

ずいぶん前から容体が良くないことは聞いていたから、じいちゃんが死んだことに大きな驚きはなかった。

けど。

え?うちだけ?

ひとりで行くん?

うん、お母さんはあの家には行きたくないし、ミミも行かへんって。
あんたは、どうする?

うん、誰も行かへんのもどうかと思うし…

ほんならちょっと顔、出してくるわ。


どうやって行ったのかもうあんまり覚えてないけど、ひとりで電車に乗って、駅からタクシーに乗ってじいちゃんちに向かった。

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じいちゃんちにはすでにたくさんの親戚が集まっていた。

商売をやっていて人をたくさん雇っていたじいちゃんちは、その頃にしてはモダンな、やたら広くて見晴らしの良いマンションの最上階だった。


「こんにちは。ヒトミです。」

「おー、ヒトミちゃん、大きなったな!元気そうやなぁ。さぁ、こっちこっち。」


えっと…このひと誰やったっけ?

武田のおっちゃんのとこの奥さん?


知らんひとも、知ってる顔も。ひとがようけおりすぎて、ようわからん。

通されたマンションの大きなリビングは、こういう場には不似合いなほどさんさんと差し込む陽光で明るくて、おっちゃんたちが次々に空けていくビールの匂いと、お祭りの後みたいな不思議なざわめきがたちこめていた。

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「おお、なんやおまえ、来とったんか。」

最初にそう声をかけたっきり、肝心のオトンは久々に会う娘が来ても相変わらずへらっとした顔で、お酌したりされたり、あっちこっち動き回っていてちっともつかまらない。
トレードマークみたいなビールの瓶とちゃちなコップ。こういう時でもやっぱり、抜群の『駄目ぼん』っぷりをいかんなく発揮していた。


はぁ…疲れたな。はよ帰りたいなぁ。

長机の端っこで、ひとりだけ浮いてる感を無理やりバヤリースで流し込み、愛想笑いでその場をしのいでいたわたし。

ふと気がつくと隣に見知らぬおばさんがいた。


「こんにちは。初めまして。ヒトミさんやんね?わたし、ヨウジさんの…」

言いにくそうに目を伏せながらも、背筋の伸びた綺麗な正座姿。

周りを気にしながら、小さな声で自己紹介をする彼女。


そのひとは、オトンの元嫁だった。


元、嫁…

え、まって。ややこしい。

元、嫁はうちのオカンちゃうのん??


こういう場合、どういう対応が正解なんかな。

神様、わたし人生まだ15年も生きてないのに、それはちょっと難問すぎません?


「あ、父がお世話になってます。今日はご挨拶にわたしだけ来させてもらいました。」


「すみません。本来ならあなたにご挨拶できるようなあれではないんですけど。急にごめんなさいね。」


物静かな感じのおばさんは、黙ってフローリングの床につかんばかりに深々と頭を下げて、すっと人ごみに紛れていった。

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ヨウジはうちのオカンと離婚したあと、そのおばさんと再婚し、3人のこどもをもうけた後に、また離婚していた。

オカンから聞いていた情報と、親戚の話をつなぎ合わせて推察するに、あのおばさんは父の再婚相手で、いまは籍は入ってないけどなんとなくつかず離れずで身の回りの世話はしてくれているような、そんな関係らしい。

わたしと同じくひとりだけでお別れの挨拶にひっそりと来て、目立たぬようにさっと帰っていったようだった。


待望の内孫として誕生し、離婚しても父の実家であるじいちゃんちに変わらず堂々と出入りしている長女のわたしと、再婚はしたもののどういう事情か現在は内縁の妻状態で父を支えてくれているらしい彼女。

あの時、居並ぶ親戚たちは、いったいどういう心境でわたしたちを見ていたのだろう。

名の知れた『駄目ぼん』のオトンと、じいちゃんに可愛がられていた孫のわたしと、2番目の元嫁。1番目の元嫁と次女のミミは挨拶すら来ないし、通夜にも葬式にも顔を出さないつもりらしい。

本人たちのいないところで格好の酒の肴にされていたのかどうなのか、そこまではさすがにまだ13歳だったわたしにはなにも見えていなかった。


ただ、あの時あのおばさんと話した一瞬、わたしたちはまるで共犯者みたいな気分だった。

どっちもはみだしもので、あの場にそぐわないどうしようもない違和感を抱えながら、あの時間を過ごしていた。

それはきっと、奇妙な連帯感みたいなもので。


おばさんはきっと、遠くからわたしを見かけて、声をかけずにはいられなかったのだろう。

こどもなりに、それだけはわかった。

おばさんの真摯さは、わたしにも伝わった。

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そのあと、どんなタイミングでじいちゃんちを後にして、どうやって家まで帰ったのか、全然記憶にない。

わたしはその日おばさんと会って話したことを、オカンに言わなかった。


ずっと後になって、わたしが大人になってから、ヨウジとそのこどもたちのことが話題に出たこともある。

けれど、あのおばさんに会ったことは話していない。

なぜだかわからないけれど、あの日おばさんとわたしとの間に流れた空気は、なんとなくふたりにしか通じ合えないなにか、だった気がする。


顔も知らないわたしのきょうだいたちは、今日も、世界のどこかで生きているのかな。


ときどき、あのおばさんと見知らぬきょうだいのことを考えることが、ある。

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嘘のようで本当のようで、やっぱりちょっとだけ空想も混じってるのかもしれない。そんなわたしの人生を彩るひとびとの、おはなし。



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