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お粥やの物語 第1章1-1  「僕が、主人公でもいいですか」

僕の名前は、並木謙太。社会人四年目の二十六歳だ。
これから始まる物語の主人公である、と胸を張りたいところだが、きっと脇役の一人なのだろう。

自分を人生の主役と思えたのは中学生まで。
高校、大学に進むにつれ、そんな甘い幻想は霧散し、社会人になると洗面器の中で顔をジャブジャブと洗うように綺麗さっぱりなくなった。
それでも、もしかしたらと、ときどき思ってしまうのは事実で、淡い期待を抱いているのは否定しない。
執念深い、いやいや、粘り強い性格は子供の頃からだ。

身長は170センチを少し超えたくらいで体重は65キロ。高くもないし低くもなく、重くもなければ軽いとも言えない。
顔だって、耳の先端が少し尖っていることを除けば、これと言った特徴はない。

地味な顔と言えなくもないが、そこまではいかないだろう、と密かに信じている。一言でいえば、ありふれた、目立たない、どこにでもいるような、影の薄い存在だ。

そんな僕が、いま、目立ちに目立っている。
他人から注目を集めた記憶といえば、小学五年生の学芸会のとき以来。
僕の役回りは、物言わぬ樹木だった。
ステージの片隅に立っていると、突如として狂暴な便意に襲われた。半ズボンからのぞいた膝頭を擦り付けながら、手にした枝をブンブンと振り回したのは忘れたい黒歴史である。

すれ違う通行人たちは一人の例外もなく、僕に好奇の眼差しを浴びせてくる。
見てはいけないものを目にしたように、それでいて見ないわけにはいかないというような、何とも言えない複雑な顔をしている。
汚れた鞄からはみ出している、バラバラ死体と見間違う、マネキンの白い手を見たときのような、そんな表情だ。

大きな皺ができた、よれよれのスーツに、玉のような汗を額に滲ませながら、はち切れんばかりに膨らんだリュックを背負い、右手に破れかけた紙袋を持って、左手でガタガタと騒音を響かせるキャリーバッグを引く姿は、どう見ても異様な光景だろう。

僕だって、そんな怪しい人物を街中で見かけたら視線が吸い寄せられる。
そして顔を伏せ、足早に通り過ぎる。

そんな僕の姿が、旅行者に見えるはずもなく、贔屓目で見ても、せいぜい出張中のサラリーマンと言ったところだろう。
いや、夕方とはいえ平日に、子供がすっぽりと入る巨大なリュックをサラリーマンは担がない。紙袋からはみ出した長ネギも、出張とは無縁の代物だ。

おまけに、リュックの隙間から、威嚇するようにガンを飛ばす、潰れ顔の犬の縫いぐるみが顔を覗かせていては、弁解の余地はない。
どう見ても、危ない男だ。


第1章1-2へ続きます


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