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【ショートショート】かき氷だった女

「かつて私がかき氷だった頃の話よ」とその女は唐突に語りだした。

知人のパーティーの二次会で、そろそろその場を抜けてカフェにでも行こうかというタイミングで、となりに座っていた少し酔った女が僕にむかって話し始めたのだ。

面倒くさいことになりそうだ。逃げたほうがいい。いろんな考えが脳裏をよぎった。その女自体には目立っていやなところがあったわけではない。僕の好きなタイプの香水をつけていたし、微笑み方も服装も控えめで上品な印象を受けた。

でも風変わりな話を好んで自ら始める女は、どれほど魅力的であっても気を付けるに越したことはない。翌朝目覚めたら火星に連れて行かれている、なんてことが普通にあり得るからだ。その話が嘘か本当かなんてどうでもいい。それはとにかく僕に向けて発進してくるミサイルのようなものだ。

「かき氷だった頃? シロップは苺かな」
相手にしなければいいのに、結局僕はそんな返しをしてしまった。
「レモンよ。レモンシロップ。でも友達はみんなブルーハワイだったわね。でもブルーハワイの友達ってちっともよくわからないのよ。何しろ彼女たちの誰もがハワイに行ったこともなければ実際にはハワイに興味もないんだから」
「だろうね。だけどブルーハワイはモテる。そういうもんさ」
「得体が知れないのよ、あの子たち。みんな同じなのに、その正体はわからない感じ。それを好む人間たちも不気味だったわね。だってそれが何味なのか、誰も考えてないのよ。そこでね、ある時私はブルーハワイのかき氷を好む人間について調査をしてみることにしたの」
「嫉妬かい?」
「なんとでも。とにかく気になったのよ」
「それで、ブルーハワイを好む人間の特徴がわかった?」
「ええ、彼らはね、人間ではなくて、平和的N星人だったわ。彼らは一つのユートピア幻想をもっていて、その実現のためにこの星を侵略し続けているの。彼らがブルーハワイを求めるのは、どこにもない概念上の『ブルーハワイ』を具現化するためなのよ」

と、そこまで話したところで、反対側のとなりの席にいた男が彼女の耳元で何かささやいた。それを機に女は立ち上がり、「ごめんなさい、もう行かなくちゃ。楽しかったわ」と言って手を振った。

ふらふらとした歩き方で、一目で酔っているのだとわかった。エスコートする男は彼氏なのか、僕ににこやかに微笑むと「彼女は酔うとわけのわからないことを言うんですよ」と言い訳をした。
「らしいですね。ごきげんよう」
女は男をバッグでたたいたりしながらふらふらと出口へ向かった。

僕は男女が店のドアを出るとき、どっち側に曲がったのかを確かめてから立ち上がり、そのパーティーから抜けた。廊下には誰もいなかった。僕は右腕を外して鞄にしまった。肘の根本に接続されているスライサーが高速回転をはじめた。

人間をこよなく愛していたかき氷の中に、平和的N星人から人間を守るために人間に姿を変えて逃避行を続けている者たちがいるという話は、噂では聞いていた。

実際にこうして目の当たりにするまで、僕だってフィクションだと思っていた。もう正真正銘の「人間」自体最近ではすっかり見なくなっていたが、女の話が本当なら、一緒にいた男は人間で、女はレモン味のかき氷だろう。

僕は駆け出した。一階のフロントにまだ二人はいた。僕の回転するスライサーを見て、女が青ざめた。男は腰を抜かして這うようにして逃げ出した。大丈夫、「人間」はのろまだ。どうせ遠くへ行けやしない。僕は震えながらその場に立ち尽くす女のもとへと近寄って囁いた。
「どうしたの? そんなに青ざめたら、君もブルーハワイになるよ」

女の悲鳴がスライサーに巻き込まれて消えた。
吹き荒れる氷をかき集めて、携帯用の紙カップに盛り付け、ブルーハワイのシロップをかけた。

戦争好きの生き物はこの星に要らないし、その「人間」を守ろうとするかき氷はどんな奴でもブルーハワイ味に変えねばならない。そうでなきゃ平和は守れない。僕はブルーハワイ味のかき氷を食べながら言った。
「ミッションコンプリート。僕たち平和的N星人の目指す理想郷、〈ブルーハワイ〉実現にまた一歩近づいたね」
幾億といる仲間たちがいっせいに「その通り」とメッセージを送ってきた。


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