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詩学探偵フロマージュ、事件以外

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詩学的な事件にこだわる探偵フロマージュ、その助手となった「私」は、勤務一日目の夜の秘密を胸に、事件以外の日常に付き合うことになる
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詩学探偵フロマージュ、事件以外 busy

詩学探偵フロマージュ、事件以外 busy

ケムリさんはこのところ忙しい。
ケムリさんが忙しいということは
私も忙しいはずなのだが、
どういうわけか暇を持て余している。
そこから見える結論は、
たぶん一つではないかと思うのだ。
ケムリさんが忙しいふりをしているのだ。
「ケムリさん、ほんとは暇でしょう?」
ある日私はそう尋ねた。
ケムリさんはブルーチーズを食べて
顔をしかめながら即答した。
「暇とは空間概念であり忙しい人間にのみ
使われるべき

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 新年事始め

詩学探偵フロマージュ、事件以外 新年事始め

「おいおい、今日のヘッダー、いつもと違わないか?」
 出社早々何を言い出すのやら。
「あまり気にしないほうがいいですよ。
 きっと作者の宣伝ですから。
 私たちは見えていない体で進めるしかないです」
 何しろ今日は新年初出社の日なのだ。
 作者のくだらない宣伝に気づいてやるような
 そんな無駄な時間は私たちにはない。
「さて新年にまずやることは、何でしょう?」
「福笑いだね」
「一般的にはそうか

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 1日目:モルグ街虫食い事件(前編)

詩学探偵フロマージュ、事件以外 1日目:モルグ街虫食い事件(前編)

「行間で読ませるのが詩、行間を読むのが探偵。
すなわち、探偵の詩学というのは成り立ちうる」
 土堀ケムリさんは本を逆さに読んでいる。
 読んだふりではない。
 読んでいるのだ。
 これも探偵に必要な技術なのだとか。
 カーテンから光が差し込んで、
 そんなケムリさんの顔を右側から照らす。
 ケムリさんは色素が薄いから、
 光を浴びると白よりも白く蛍光色になる。
 やはり色素の薄い髪は、
 陽光に染

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 1日目:モルグ街虫食い事件(後編)

詩学探偵フロマージュ、事件以外 1日目:モルグ街虫食い事件(後編)

「……ええと、あ、わかりました。
 『黄金虫』ですね? 
〈mor〉を含む単語なら、ほかにもあるわけです。
 それをあえて〈mordorer〉に変えたとなれば、
 もう間違いありません」
「安易だな。だが、正解だ」
「正解なら安易なのはケムリさんでは?」
「では褒美を授けよう」
「聞いてませんよね?」
「明日も正社員でよし」
「当然では……」
「それと……本日は定時退社だ」
「それも当たり前です。

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 2日目:依頼人を探せと依頼人は言った(前編)

詩学探偵フロマージュ、事件以外 2日目:依頼人を探せと依頼人は言った(前編)

 二日目の勤務は、掃除から始まった。
 土堀ケムリさんはといえばソファで寝ており、
「起こすまで起こすな」とのメモがある。
 まあそれは構わない。
 まず取り掛かったのは床の書類の山だ。
 勝手に触ったら怒られるかなと思ったのだが、
 よく見るとぜんぜん大事なものでもなさそうだ。
 大半が怪しげな娯楽雑誌。
 またタイトルからして怪しげだ。
『韻文たちの夜事情完全攻略』、
『この行間がすごい!』、

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 2日目:依頼人を探せと依頼人は言った(後編)

詩学探偵フロマージュ、事件以外 2日目:依頼人を探せと依頼人は言った(後編)

 私は言われたとおりカメラを構え、
 電話機を映した。
 何の変哲もない電話機の写真が撮れただけだ。
「写真には、依頼人の姿は映っていない。なぜだ?」
 ケムリさんは当たり前のことを問う。
「話者は、電話の向こう側にいますからね……」
「『向こう側』とはどこだ?」
「それは……発信者のいる場所ですよね?」
「だからそれはどこだ?」
「わかるわけないじゃないですか」
「素晴らしい」
 突如、ケムリさ

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 3日目:初依頼とフラミンゴ

詩学探偵フロマージュ、事件以外 3日目:初依頼とフラミンゴ

 よっこらせ、とその年寄りは言った。
「このオフィスは以前はわしのものだった」
「そうなんですか」
 事務所の片付けをしていたら、突然現れたのだ。
 何の前触れもなく現れたこの老人を、
 仮に「夕立ちさん」と名付けてみたい。
 夕立ちさんの出で立ちは、黒のロングコート、
 赤いマフラー、紺のシルクハット。
 これらが彼の白髭の「白」を色彩として際立たせ、
 黒、赤、白、紺という四色入りフィギュアと

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 4日目:フラミンゴ解体ショー

詩学探偵フロマージュ、事件以外 4日目:フラミンゴ解体ショー

一夜が明けてみると、前の晩に山のように
 大きく見えた問題は、縮んで公園の砂場で
 子供が作った砂山くらいになっている。
 そんな効果を期待して前夜、私は夜九時に眠った。
 ところが、問題は解決するどころか、
 ますます謎めいて見える。
 そもそも歌詞の解読なんてやったことがない。
 大学時代は写真サークルでひたすら写真三昧。
 一応文学部だったとは言っても、
 文学少女的な活動は一切してこなかっ

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 緊急会議

詩学探偵フロマージュ、事件以外 緊急会議

 月曜は朝から緊急ミーティングだった。
「我が事務所の緊急課題が何かわかるかね?」
 ケムリさんはさらさらの髪を撫でつけながら尋ねた。
 椅子をくるくると回転させながら、
 デスクの上のチーズに手を伸ばそうとしては、
 回転が速すぎて失敗している。
 とってあげたほうがいいのだろうか?
「依頼がまったくないことです」
 ブッブー、とケムリさんは腕で×をつくる。
「ちがう。行きつけのチーズ屋がだいぶ

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 星野木邸へ押しかけ営業

詩学探偵フロマージュ、事件以外 星野木邸へ押しかけ営業

 前夜に電話があった。
「朝九時、星野木邸の前で落ち合おう」
 ケムリさんは手短にそう告げて電話を切った。
 電話が大の苦手なのか、
 愛想も何もあったもんじゃなかった。
 こっちはプライベートでのんびりしている時に
 電話が鳴ったから
 何かのお誘いかとかちょっと考えていたのに。
 とにかく、そんなわけで一夜が明けると、
 私は星野木邸に向かった。
 星野木邸は、ケムリさんの事務所の一つ先の角を

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 シミュレーションしてみよう

詩学探偵フロマージュ、事件以外 シミュレーションしてみよう

「シミュレーションをしてみよう」
 ある日の午後、ケムリさんは唐突にそう言った。
 いつものようにカマンベールチーズを口に運び、
 一口食べてはフォークを天に向けて満足気に頷く。
 今日のケムリさんはなぜかいつもより三割増しお洒落だ。
 グレイのスーツに蝶ネクタイまでして、
 今直ぐにでも社交デビューできそうな恰好だが、
 たぶん意味は大してないのだろう。
「シミュレーション、とは?」
「依頼がい

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 初依頼途中語り

詩学探偵フロマージュ、事件以外 初依頼途中語り

「そんなことがありまして依頼をゲットしました」
 私はやや唐突に、そんなふうに切り出した。
「『そんなこと』?」
 探偵フロマージュこと土堀ケムリが聞き返す。
 私はあえてその問い返しをスルーする。
「どうしましょう? 引き受けますか?
 あの人の話となると少々厄介な案件ではあります」
 ケムリさんはしげしげと私の顔を覗きみる。
「あの人……」
 物問いたげな目をしている。
 が、やがて疑問を飲み

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 初尾行

詩学探偵フロマージュ、事件以外 初尾行

 カメラを向ける。
 駅という場所を撮りたいのではない。
 駅という現象を写し取りたいのだ。
 以前はそういうことに無自覚だった。
 けれども最近は少しずつ、
 自分はそうしたいのだなと
 理解できることが増えてきた。
 たとえばいま、目の前に抱き合う男女がいる。
 別れを惜しむかのように抱き合う二人の
 背景には駅の改札機があり、
 その脇には二人など存在しないかのように
 立っている駅員の姿も

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詩学探偵フロマージュ、事件以外 暇

詩学探偵フロマージュ、事件以外 暇

 暇と呼ぶにはあまりに暇すぎた。
 瑕と暇はないほうがいいらしい。
 私はこの事務所にきて、
 少しずつではあるが、暇が嫌いに
 なりつつある。
 なんて言ったら言い過ぎか。
 
 もちろん、探偵フロマージュ、こと、
 土堀ケムリさんと二人でいるというのは、
 考えようによっては、
 ロマンティックではなくもない。
 なくもないが、なくなくもない。

「電話、鳴りませんね」
「君ね。そんな顔された

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