見出し画像

甘い声につられて手にした、パリのスナップ 〜ドアノーと音楽、パリ〜

「聴こえる。」
モノクロの写真集の帯に、そのシンプルなキャッチコピーを見つけたとたん、ひと昔前のパリの音が聴こえてきました。
通りを走る自動車。
フランス語の会話。
誰かが奏でる、アコーデオンの音色。

1947年、写真家ロベール・ドアノーは、サン=ジェルマン=デ=プレで、当時その界隈で有名だった犬ビデの撮影をしていました。そこに、偶然、若く美しい女性が通りがかり、ドアノーは彼女の姿をカメラに納めます。

犬はあくびをした後、垂れた耳をパタパタと鳴らしながら頭を振り、女性の顔を見上げます。
「ありがとう。おかげで、いい写真が撮れたよ。またどこかで!」
ドアノーが話しかけると、女性は犬の頭を軽く撫で、すっと立ち上がり、
「どういたしまして。またね。」
手を振り、歩いていく。

今回のnoteは、彼女の物語を想像してしまうようなカバーの写真集、「ドアノーと音楽、パリ」のブックレビューです。

◇   ◇   ◇

♪展覧会「写真家ドアノー/音楽/パリ」と、ラジオ番組について


東京都渋谷区にある Bunkamura ザ・ミュージアムにて、2021年2月5日から3月31日の期間、「写真家ドアノー/音楽/パリ」という展覧会が開催されました。
フランスの国民的写真家ロベール・ドアノーが撮った作品の中から、音楽とパリをテーマに集められたモノクロ写真約200点が展示された模様です。


今回紹介する写真集は、その展覧会の図録として販売されているものです。

開催前に、藤井フミヤさんが、展覧会を企画された佐藤正子さん(株式会社コンタクト)とともに、ドアノーの魅力を語るラジオ番組が放送されました。
(J-WAVE  1月24日 22:00〜 O.A.
「J-WAVE SELECTION FUMIYA FUJII MEETS ROBERT DOISNEAU」)
東京の局の電波は届かない場所に住んでいますが、フミヤファンの私はもちろんradikoで聴きました。

ご自身の絵の個展を何度もされているフミヤさんは、アートに詳しく、佐藤さんとドアノーの話をするのがすごく楽しそうでした。こちらまで嬉しくなるくらいに!
いつもよりトーンの高い甘い声に、私はメロメロになり、正直なところ、ドアノーの名前をはじめて知りましたが、展覧会にも興味が湧きました。

番組を聴いた頃は、開催期間が終了する3月末までにはコロナも落ちついてくるだろうと考えていました。
しかし、その後東京や私が住む地域でも緊急事態宣言が出され、解除されても間もなく、また感染者が増えはじめました。新幹線で東京まで行くのは、再びためらう事態となってしまいました。

状況は良くならないまま展覧会が終わってしまい、ラジオ番組で図録が発売されるとの情報を得ていたので、図録だけでもとAmazonでポチり、先日写真集が届きました。

♪「ドアノーと音楽、パリ」の基本情報


「ドアノーと音楽、パリ」は、かわいらしい装丁の写真作品集です。

まず、サイズがかわいい。
単行本とほぼ同じ、手にちょうど乗るくらいの大きさです。
私はネットで購入しましたが、もし本屋さんで平積みにされているのを見かけたら、中に明朝体がびっしり並んだ、海外の作家の小説とも思えそうなデザインです。

本を開くと、光沢は控えめの、白黒の写真が優しく美しくのるような上質な紙が使われているように感じました。
図録として販売されているからか、ドアノーの作品約170点が詰まって、税込2,400円はお得だと言えるでしょう!

展覧会の構成と同様に、写真集も8章に分かれています。

※"Bunkamura ザ・ミュージアム 「写真家ドアノー/音楽/パリ」 見どころ紹介スペシャル映像 Vol.2"のYouTube動画で、ミュージアム 上学芸員の宮澤さんと、フミヤさんのラジオにも出演された佐藤さんが、それぞれの章を詳しく説明されています。
ドアノーの写真にまつわる興味深いエピソードもいろいろ聞けます。


私のお気に入りの章は、先の展覧会のテーマを色濃く感じられるような気がする、第1章 街角、第2章 歌手です。

第1章の流しのアコーデオン弾き、ピエレット・ドリオンを追った一連の写真は、その時代の雰囲気と彼女の佇まいに、どうしても心惹かれるものがあります。

私は詳しくはないのですが、音楽がテーマの展覧会だったので、第2章に限らず、イヴ・モンタンやマリア・カラスら有名なシャンソン歌手やオペラ歌手のポートレートも数多く載っています。

私はまだ彼女たちの文章を読んだことがない、教養のない人間ですが、マルグリット・デュラス、ボーヴォワールなどフランスの文学界の有名人の姿や、バレエの衣装合わせをする、若き日のかっこいいイヴ・サン=ローランも、ドアノーは写真に納めていて、この作品集に掲載されています。

♪物語を感じる写真集


上にリンクを貼ったBunkamura ザ・ミュージアムのYouTubeによると、あくびをする犬と一緒に写る表紙の女性は、ドアノーが偶然出会った、デビュー前のジュリエット・グレコだそうです。
グレコは、「枯葉」を歌った、偉大なシャンソン歌手です。
表紙の写真を撮った3年後に、ドアノーは、歌手として舞台の袖に立つグレコを再び撮影していて、その写真は第2章で見つけることができます。

サン=ジェルマン=デ=プレ教会を背景に、カメラのシャッターを切った後のドアノーと若いジュリエットの会話を勝手に想像してしまいましたが、この写真集の一枚一枚に物語を感じます。小説とも思えそうな装丁だと書きましたが、物語を読むように、夢中でページをめくってしまいました。

ドアノーは、特別な場合を除いて、モデルに何かを命じたりすることはなかったそうです。
(「ドアノーと音楽、パリ」の286ページの堀江敏幸さんが書かれた文章の中に、そんな記述がありました。)

写真を撮るために狩りはしない。
ひたすら待ち伏せをするだけだ。

これは、写真集の第1章に載っているドアノーの言葉ですが、ドアノーの写真は、ありのままが切り取られ、生き生きしています。

シャッターボタンが押された瞬間の前にも後にも、絶え間なく、飾らないその人の生活が続いていて、写真のために作られた場所で、そのポーズを取らせた訳ではない。
そう信じられる写真なのです。
ドアノーの誠実さが生むリアリティが、ここまで被写体の暮らしや、その人自身に想像を巡らせるように思います。

♪ロベール・ドアノーという人


この写真集の最後の一枚は、ロベール・ドアノーのセルフポートレートです。
(※展覧会の特集ページのウェブサイトを下にスクロールしていくと、その写真が見れますよ。)

私がはじめて彼自身の写真を見たときの印象は、
「えっ?東大阪のおっちゃん?!」笑
東大阪は、日本のものづくり産業を支えてきた町工場がたくさんある地域です。

ドアノーは、華々しいパリのアーティストというより、下町の職人という風貌に感じました。日々精巧な製品を作る、技術工のように見えます。

誰でもスマホで写真が撮れる現代とは違って、レンズから入る光の量を調整しながら撮影し、暗室で現像、プリントする写真家は、まさに技術職だったんだろうと思います。

この本を眺めていると、ドアノーの好感の持てる人間性がくっきりと浮かんできます。

まず、嫌な気分になる写真が一枚もないことに気づきます。
ショッキングだったり、哀しくなるような写真ではなく、なんかいいな、これちょっと面白いな、と思ったり、なんとなく気になるようなショットばかり。
これは、本を作るにあたって、写真を選定された方の考えによるところも大きいと思います。

でも、ドアノーは、ささやかでも幸せな気持ちになる写真を届けたいと願う、優しい性格だったのではないかと感じます。
J-WAVEのラジオ番組で、「人生はもともと哀しいものだから、楽しい瞬間をカメラに残したい」とドアノーは考えていたと佐藤さんが言われていて、そんな印象を抱きました。

彼は、その瞬間がくるまで、ぐっと待つことのできる、かなりの忍耐力と、何かを探してどこまでも歩くアクティブさの両方を、写真家として最高のバランスで持っていたと思わざるを得ません。

この写真集にも、どうやったら、こんなに素敵な写真を偶然に撮れるの!?と、びっくりするスナップがたくさん載っています。ドアノーの性格と行動力、そして写真に対する謙虚な気持ちが、彼に良い写真を撮らせる場面を多く与えたのではないかと思えます。

◇   ◇   ◇

"Bunkamura ザ・ミュージアム 「写真家ドアノー/音楽/パリ」 見どころ紹介スペシャル映像"は、全部で3部作になっていて、Vol.3の後半で、佐藤正子さんはこんなお話をされていました。

第二次世界大戦が終わった、パリが解放された直後からの写真も多くありますが、それまですごく抑圧されていたパリ市民が「やっと自由が味わえる!」って、街に溢れて、みんなで踊ったり、歌ったりっていうところもあるんですね。

今、我慢を強いられる、辛い日々が続いていますが、佐藤さんは、展覧会の準備をしていた時にプリントを見ながら、「いつかこういう日が来るに違いない!必ずくる!」と思われたそうです。

この本から、少しでも明るい気持ちになってほしいという佐藤さんの思いが伝わってきました。

既にチェック済の方もいらっしゃるかと思いますが、ここで、関西のフミヤファンに朗報です。
(もちろん、ドアノーファン、写真好きの方、フランスの文化に興味を持たれている方にも。)

作品集の背面の帯の上に、展覧会の巡回情報を見つけました。
2021年10月23日~12月22日 美術館「えき」KYOTO(京都)

わぁ!京都で開催予定があるんだ!
と、一瞬でワクワクした気持ちになりました。

展覧会の見どころとして、佐藤さんが、「ゼラチン・シルバー・プリント」という、ドアノーたちの時代の技法のプリントを、動画の中で挙げられていました。
「黒とかも独特で、ただの白黒じゃないんですよ、ほんとに。これは、展覧会に来て、見て頂きたいです。」と、力を込めて仰っていました。

学生時代に、白黒写真のプリントを授業で体験したこともあり、実物のプリントがとても気になります。
京都で無事開催されたら、今度はぜひ行ってみたい!

3度目の緊急事態宣言の発令が迫って、不安が募ります。
でも、今年の秋頃には、写真展に気兼ねなく出かけられるような、もう少しのびのびとした暮らしが叶うことを願って、今はできることをやっていきたいですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?