書き残しさえすれば、何でもかんでもストーリーに変わるんで。
「停滞しているな」と感じることが増えた。
停滞とは何ぞやという感じなのだが、個人的には1年前の自分と比べてあまり前に進んでいないような心地がすることや、目にも止まらぬ速さで景色が流れるなかで、自分だけ置いていかれているような感覚がすることだと思う。
最近、2年お付き合いしていた人と別れた。
不思議なものだけど、付き合うと「初めて」のことがたくさんあって、人生が前へと進んでいるような錯覚に陥ることがある。はじめて家に行くとか、はじめて家族に会うとか、はじめて薔薇をもらうとか。
そんないろんな「はじめて」を終えて、改めて「別れ」を選択したことに後悔はないけれど、どことなく振り出しに戻ってしまった感がしてしまう。
コツコツと築き上げてきた城が実は砂で出来ていて、風が吹いたらサラサラと更地になってしまったような。
それを友人に話すと、「え、何でもできていいじゃん!」と言われた。言われてみれば、たしかに今のわたしには失うものは何もない。
2年間ともに過ごしていた人にさよならを告げて、一緒に住んでいた家を手放して、会社に所属しているわけでもなくて、「明日海外に行こうかしら」と思い立ったら飛べてしまいそうな身軽さがある。
幸い、背中には翼が生えている。
なのに、なぜわたしは飛ぼうとしないのだろう。
心を病んでしまったことから、仕事をすべて手放して、海外で選択的ネオニートのような暮らしをしている友人に相談してみる。
すべてを手放した人の表情は晴れやかで、口調はどこかあっけらかんとしていて、なるほど「吹っ切れる」というのはこういう状態を指すのだろうと、パソコンの画面越しにツヤの良い肌や以前よりふっくらとした身体つきなんかを観察しながら思った。
「何をやっても、どんな結末になっても、書き残してさえいればストーリーになるから大丈夫だよ」
一時期は絶望の最中にいた彼が綴った文章を読んでみると、たしかにちゃんとストーリーになっている。
ストーリーという言葉を使うとき、決まってわたしは「失恋」に当てはめて考える。
失恋したときは苦しみしかないし、二度と経験したくないと思う。でも、また新たな恋をしたときに、「あのときの失恋があってよかったな」と思って、その失恋経験が詰まった箱を愛しく撫でたくなるのだ。
そして今のわたしはモヤモヤしている。
やろうと思えばなんだってできるくせに、下手に失うことが怖くて、今抱えている数多の仕事も手放さずにいるし、夜中もついパソコンを開いてしまう。それが自分の望んだことじゃないのをわかりながらも。
そしてそんなモヤモヤを今、意図的にここに残している。数年後「こんなことでモヤモヤしてたな」とクスリと笑えたのなら、これは立派なストーリーの種になるのだ。
最近今村夏子さんの『星の子』を読んだのだが、巻末にあった小川洋子さんとの対談が印象的だった。
今村さんいわく、彼女は自分の幼少期の経験を切り出してストーリーを作っているから、いつかそれが枯渇したときに物語が書けなくなると言う。
たしかに、自分の幼少期からストーリーを切り出すことは多い。幼少期の経験は自分のアイデンティティを作り出すから。
では、大人になってからの経験からストーリーを切り出すことがなぜ少ないのかというと、きっとみんな「停滞」してしまうからなのだ。
わたしは現在フリーランス3年目だけど、毎日が刺激的だった1年目に対して、「おや、今も似たような仕事をしているな」と感じることが増えた。
特に、年末にかけて1年を振り返るとき、一層そう感じる。
一方で、今年の秋に行った3泊4日の旅行の記憶はとても鮮明だ。
新しい体験をして、新しい感情がたくさん生まれ、それをきちんと書き残したことで「ストーリー」になった。
今のわたしが「停滞している」と感じるのは、きっと同じような毎日を過ごすなかで、ストーリーとなるような経験が枯渇してしまっているからなのかもしれない。
新しいストーリーを描くためには、大なり小なり新しいことをしなければいけない。このぬるま湯から抜け出して。
「フリーランスになるよりも簡単だよ」と友人は言った。
喉元過ぎれば何とやらで、3年も経つとフリーランスになるときに振り絞った勇気は忘れてしまったけど、たしかにそうだなと納得した。
ずっとずっと自分なりに一生懸命にフリーランスとして、ライターとして働いてきた。でも、どこかでジャンプがしてみたい。荷物をバサバサと落としながら。
そんなわけで今はなんのストーリーにもならない文字の羅列が、いつか素晴らしいストーリーになると信じて書き残してみた。
飛ぶぞ! 以上、何も伝わらない所信表明でした。
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