國分功一郎『目的への抵抗』
読書会4冊目は私が選書した、哲学者・國分功一郎さんの『目的への抵抗』。コロナ禍に大学で行われた國分さんの講話を書き起こしまとめたもので、口語の読みやすい本だ。
コロナ危機下の社会における「自由」のあり方を出発点に、過去の著作『暇と退屈の倫理学』の続編にもなるような議論がなされている。
さて、この本について書くとき、私はどうしても自分自身の経験から語らずにはいられない。しばしお付き合い願いたい。
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コロナ禍真っ最中の2021年1月、私はそれまで4年間続けていたバンドを辞める決意をかためた。
そのバンドは2017年に結成され、経済的に成功する、つまり「ちゃんと売れる」ことを目指していた。メンバー間には最大15歳ほどの年齢差があり、私はそんなばらばらな人たちの集まりでもうまくやれることを世に示したかった。そこに使命感すら抱いた。ばらばらな者たちがばらばらなまま集える場所、そこで鳴る音楽にこそ自由があると信じた。当時は私も含め全員が正規雇用でなく、このメンバーで音楽をつづけるためにもお金が必要だった。
腕のあるメンバーたちのおかげで音楽活動は軌道に乗り、賞レースで優勝したりフェスのオーディションを勝ち抜いたり、自ら言うのもなんだが、すぐに売れるまで秒読み、みたいな状態になった。
しかし2018年秋、メンバーから私の価値観では許せない行動を受けた。話し合いもしたが根本的にわかりあえなかった。2、3ヶ月ものあいだ毎晩眠れず、思い出すたびに涙が流れた。冷えた心でステージに立つ日がつづいた。よっぽどもう終わりにしようとしたとき、幸か不幸か、レーベルからアルバムリリースの打診があり、私は耐えることを選んだのだった。売れるならそれでいい、アルバムを出しツアーを終えてみるまでは、きっぱりと冷静でいようと決めた。
予定通り2019年夏にアルバムは全国発売されツアーもした。予算は少なくきびしい活動だった。それでも結果を出すためにできることをやった。やり尽くしたと言ってもいい。2020年、新型コロナウイルスが流行した。
月に何本も出演していたライブはほとんどなくなり、決まっていたフェスも軒並み中止や配信に切り替わる。次のライブのセットリストを組んだり新曲の歌詞を考えたりしなくてもよい。私は家でひとりになった。考えごとをするのに充分すぎるほど、たっぷりの時間が用意された。
悲鳴をあげつづけているじぶんの心を制し、売れるための活動をする。いつウイルスで死んでもおかしくない状況のなかで、そんな我慢をしてるのってなんなんだろう。やっぱりもう、こんなの辞めようとおもった。
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本書のなかで國分さんが引用しているハンナ・アレントの言葉がある。
これはまさに私のやってきたことだ。じぶんの心が死んでいくのを感じながら、売れるため、応援してくれる人たちのためにと活動の継続を正当化してきた。
そして國分さんは例をあげて自由な行為とは何かを説明していく。「食事のために食事をする」「チェスのためにチェスをする」行為そのもののためだけに行為することこそ、ほんとうの贅沢であり、よろこびをもたらす。
私はそのバンドで、音楽のための音楽をしていなかった。いや、はじめはそうだったはずが、目的性が強まるほどにそうでなくなった。自由な音楽世界を体現するために、私の心はどんどん不自由になっていった。私はみずから進んで不自由に突っ走っていたのだった。
自由は目的を超えるところにある。私自身がそう気づけたのは、コロナ禍で読み直したマンガ『HUNTER×HUNTER』で、主人公の父・ジンの「道草を楽しめ 大いにな ほしいものより大切なものが きっとそっちに ころがってる」というセリフを、自分の心で深く深く受け止められたときだった。そのときの感動は下の記事に書き留めてある。
『目的への抵抗』のなかでは、私が上に書いたような個人的な範囲での自由にとどまらず、社会全体や人間の権利としての自由を包括する話が展開されている。自由はどこにあるのか、なにをもって人は自由/不自由といえるのか。自由の概念が広く深く議論され、そのすべてが、学生との一問一答コーナーもふくめておもしろい。
いかに自分が目的的に生きてきたか、そして目的にこれほど苦しめられる必要がなかったことを私はジンに教えてもらったけれど、國分さんからはあらためて概念的に教えてもらえた。じぶんの行為が目的に回収されてしまうことから逃れ、音楽のために音楽をするし、人生のために人生をする。そう切り替えてから、私はほんとうにほんとうに生きやすくなりました。ありがとうございます。
ちなみにこの本を読む読書会は、旅行もかねておこなわれた。『目的への抵抗』を読む目的から出発し、愉快に道を外れ、みんなでバカンスを楽しみ、最後は無意味に音読したりしながら読み終えた。ああ、贅沢で自由な時間だった!
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