ラブコメ好きのための「地獄先生ぬ~べ~」・まとめ

 るーみっくファンのラブコメ好きが、ラブコメ的観点から90年代に大ヒットした学園ホラー漫画「地獄先生ぬ~べ~」を再読してみました。

 自分の好みを形成したいくつかの作品の中で、ぬ~べ~が妖怪ものの原点だと思ったらラブコメの原点だったことを発見した、今年の6月(その1)。
 noteでは主人公ぬ~べ~と雪女ゆきめの恋に焦点を当てて、お気に入りのエピソードを紹介し、ラブコメ的観点から深読みしてきたところです。

(前回まで)

0.本題に入る前に、ゆきめってかわいいよね
1.雪女は冷たい心の妖怪(文庫版3巻、#30)
2.本当の恋のはじまり(文庫版4巻、#49)
3.恋のライバル登場(文庫版6巻、#69)
4.三角関係の妙(文庫版6巻、#79)

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 というわけで、今回はついに二人の思いが通じ合うエピソード、そして物語の最後に二人が迎えた顛末を紹介します。

 最後には、ラブコメ好きから見てこの二人の恋愛は何が面白いのか、考えてみたいと思います。

5.恋の自覚(文庫版8巻、#110)

 ぬ~べ~に5年間も片想いしてきたゆきめ。人間の町に住んでアプローチするも、ぬ~べ~は「人間と妖怪は結ばれない」の一点張りで、全然受け入れてくれません。

 やっぱり人間じゃないと、幸せにはなれないの?

 そう思い悩むゆきめに、故郷の雪山からやってきた妖怪が言います。「人間を殺せば人間になれる」。これはもちろん嘘。そそのかされたゆきめは、ぬ~べ~同僚リツコ先生をさらって、あわや手にかけようとします。

 寸前で思いとどまるゆきめ。人を殺せない雪女はもはや、雪女として山に帰る資格はない。ゆきめをそそのかした妖怪は、ゆきめの雪女の心を試していたのでした。そしてこれ以上生かしておくことはできないと判断されたゆきめは、リツコ先生を辛くも逃がしますが、自分は妖力を奪われ瀕死の大ピンチ!

 さらわれたリツコ先生を追ってきたぬ~べ~は、なんとか逃げ延びたリツコ先生から事の顛末を聞きます。

 ゆきめがそこまで真剣に悩んでいたことに、ぬ~べ~はやっと気が付くのです。そして、どんなに撥ねつけても諦めなかった彼女のことを、いつしか自分も好きになっていたことに。

 ぬ~べ~が恋を自覚し、気持ちがやっと通じ合いますが、ゆきめにはもう妖力が残されていません。
 ぬ~べ~の腕の中で、彼女は雪の結晶に戻ってしまったのでした。

 その後、人気が出てアニメ化にこぎつけたこの漫画。大人の事情でヒロインゆきめは復活を果たします(笑)(文庫版10巻、#126)

 しかし、復活したゆきめは冷たい雪女の人格を吹き込まれた別人。はじめはぬ~べ~を襲おうとします。そこから少しずつ元の人格を取り戻して、二人はデートを重ねていきます。ぬ~べ~の優柔不断さからリツコ先生との三角関係が再燃したり(文庫版16巻)、ゆきめを山に連れ戻そうとする山の神の刺客が現れたり(文庫版12巻)、この後も数々の障害が立ちはだかりますが、最終巻でふたりは結婚して大団円。

 ゆきめ復活以降のエピソードはほとんどアニメにはなっていません。二人の行く末を見届けたい!という思いから、今回原作を手に取ることになりました。

 連載終了が決まった状況で、結末に向けて丁寧に描かれた最終巻。
 プロポーズから結婚までの一連のエピソードは、それまでのゆきめに報いるようなお話になっています。ぬ~べ~が悩み、戦い、覚悟を見せつけてくれます。

 結婚式の直前に、ゆきめを連れ戻しに来た妖怪と、ぬ~べ~がひとりで戦うエピソードがあるのですが、その回のタイトルがじんと来ます。ゆきめにこたえる彼の思いがぎゅっと詰まっているようで。

“君が流した涙のために”


6.「こんな俺を好きになってくれた女の子」こそ男のリアルな理想?

 私はこのシリーズの記事で、一貫してやや辛口気味にぬ~べ~の恋愛不慣れっぷりに触れてきました。

 善良だけど奥手で、優柔不断で、鈍感な男。
 ぬ~べ~は自分でもよくわかっています。
 彼にとって、ゆきめは「こんな俺」を好きになってくれた女の子なのです。

 少年漫画だから当然かもしれませんが、これは(少なくとも表面的には)、男の子が読んで楽しいように作られた、「男性側に都合のいい」恋愛なのです。

 まず大前提として、上記のとおり「こんな俺」ぬ~べ~は、モテない男です。
 運動神経抜群でイケメンな25歳の小学校教師が、全然モテないわけもないんじゃ…と思いつつ、これは公式設定。心霊オタクだからモテないということらしいです。
 確かに、リツコ先生へのアプローチの下手さったらない。あと、女の子が好きになってくれたとしても、よっぽどわかりやすくアプローチしないと鈍感な彼は気づかなくて、一瞬仲良くなった女の子もいつの間にか離れていきそうです。

 もう少し突っ込んで考えると、彼は霊力が強いせいで学生時代にいじめられていたという設定もあるし、お母さんを早くに亡くしてお父さんとも別離、家庭環境もなかなかヘビーです。
 小学生のぬ~べ~は美少年だけど、ちょっと気が弱そうなおとなしい印象ですしね。
 また、作中、たまたまかもしれませんが、高校時代のぬ~べ~については一切の言及がないのです。そこから、学生時代はうまくいかなかった、大人になってから遅れて青春取り戻してるタイプの男の子なのかな~なんて妄想も可能です。(大学時代はそれなりに現在に近い、明るい三枚目キャラになっているようですが。)

 そんなぬ~べ~にとって、おそらく、わかりやすくアプローチしてくれた初めての女の子が、ゆきめです。妖怪だという大きなネックはありつつも、美人でかわいくて、一途で、素直な女の子。まして人の心を持つようになった彼女は、献身的で正義感があって優しい一面も備えるようになります。

 男性側に都合のいい恋愛を描いたラブコメというのはこういうこと。
 「モテない俺にけなげな美少女が言い寄ってくる」話だということです。しかも途中、もうひとりの美女が参戦して三角関係になるラブパニック状態。これを男の妄想乙と言わずして何か。

 ぬ~べ~がゆきめを好きになった動機は、まさに「こんな俺を好きになってくれた」からではないでしょうか。
 ゆきめが「鵺野先生大好き♡」じゃなかったら、ぬ~べ~はゆきめに恋することはなかった。

 男の妄想乙、なんて言いましたが、でもこれは、ある程度真実でもあると思うのです。

 自分を好きになってくれた相手のことは気になるもの。
 そして、自分のことを好きになってくれたことへの「感謝」がやがて「愛情」に変わることがある。
 それは、時代を越えて多くのフィクションが示してきたことでもあります。

 ここで、「こんな俺を好きになってくれた」例をひとつ挙げましょう。

 元祖ラブコメの泰斗、18世紀の英国女流作家ジェイン・オースティンが発表した恋愛小説『ノーサンガー・アビー』も、男性側の恋の始まりは同じです。
 この物語のヒーロー(ヘンリー)は、ぬ~べ~とは似ても似つかぬスマートな紳士ですが、恋に落ちたきっかけは、ヒロイン(キャサリン)が自分を好きになってくれたことへの感謝です。
 ヒロインの愛情を確信したからヒーローは彼女を好きになったのだと、作者の言葉で明確にされています。

 キャサリンはヘンリーの愛を確信した。そしてつぎに彼女の愛が求められた。彼女の愛が完全にヘンリーのものだということは、ふたりともすでに十分すぎるほど知っていた。というのはこういうことだ。ヘンリーは今たしかにキャサリンを心から愛し、彼女の性格のすばらしさに魅了され、彼女といつも一緒にいたいと心から願っているけれど───ここで私ははっきりと言っておくが───彼の愛情は、彼女に対する感謝の気持ちから生まれたものなのである。つまりヘンリーは、キャサリンから愛されていると確信したために、彼女のことを真剣に考えるようになったのである。これは、恋愛物語としては新しいパターンかもしれないし、ヒロインの名誉を著しく傷つけることになるかもしれない。しかし、世の中にはこういうパターンはよくあると思う。もしこれが、現実の生活においても珍しいパターンだとおっしゃるなら、私の奔放な想像力を是非称賛していただきたい。

 私はこの小説のおかげで、かわいい女の子に言い寄られる形のラブコメを読み解くことができたような気がします。もちろん、「男に都合のいい恋愛」を描くことそれ自体を目的としているジャンル・作品もあります。それはちょっと別の話ですが、多くの少年漫画に見られるように、一途で美人の女の子のアプローチによって恋が実るお話を、単なる「男に都合のいい物語」以上に見られるようになったのは、オースティンのこのお話のおかげです。

 「こんな俺を好きになってくれた」話は、決して男に都合のいい妄想ではなくて、現実によくある話なのではないでしょうか。昔も、今も。

 そう考えた時、「君が流した涙のために」愛を誓えるぬ~べ~は、本当にゆきめにとってのヒーローなんだと納得できたのです。


 ちなみに、人間の町で暮らすゆきめがぬ~べ~のために譲る分が多いんじゃないか、と思ったものですが、『地獄先生ぬ~べ~NEO』という続編を読めば、夫婦としてぬ~べ~がちゃんとゆきめに譲っているところが見えます。
 無印から12年後を舞台にしたこの続編では、まったく老けない(笑)ラブラブな二人が見られますよ。


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