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誰にも言えなかった、結婚して父になることへの不安。ひとりの男性が「父親業」を楽しめるようになるまで

「いつかは子どもが欲しい……かも?」という方に向けて、体のこと、キャリアのことなどを考えながら妊活・不妊治療に向き合ってきた方の歩みをご紹介するこの企画。今回は、初となる男性へのインタビューを行いました。

どう生きたいか、何を幸せと感じるかは人によって大きく異なるため、決して「こうすべき」という模範解答があるわけではありません。悩みながらご自身で出した答えこそが、あなたにとっての正解です。今日もあなたが選んだ一歩を誇りに思い、大切にしてほしいのです

答えが出ないぼんやりとした不安の中にいる方にとって、この体験談がご自身の人生のヒントを見つけるきっかけになれば――。そう願いながら、さまざまな方のエピソードをお届けしていきます。

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今回お話を聞いたのは、30代半ばの会社員 祐也さん(仮名)。周囲と協力しながら、2歳のお子さんの子育てに日々奮闘しています。今ではお子さんと過ごす毎日を楽しんでいますが、かつては結婚して父になることに自信が持てず、誰にも打ち明けられない不安を抱えていたそう。

「結婚や子育てに対する男性の不安については、世間でもあまり語られませんよね。本当はみんな心細いし、プレッシャーを感じているのに、それを口にできない空気があると思います」。そう語る祐也さんが、不安を乗り越えてひとりの「父親」になるまでの道のりを描きます。

「この子を失うくらいなら……」結婚願望ゼロの男性が、女友達の声で結婚を決意

―――祐也さんが結婚した経緯について聞かせてください。

付き合い始めて半年ほど経った頃、デートの帰りに突然「結婚しないなら別れる!」とブチ切れられたのがきっかけです(笑)。当時は僕が29歳、彼女は30歳でした。楽しい一日の終わりにいきなり爆発して、何事かと思いましたね。

よく話を聞いてみたら、彼女は出産の年齢的なリミットを見据えて、「早く結婚したい」と焦っていたそう。普段はあまり意見を言わない人なので、全然気が付きませんでした。

当時、僕は会社を創業したばかり。正直なところ「なんで今なの?」「こっちの立場を全然考えてくれていない」と感じましたね。でも、彼女と別れたくはなかったので、1か月半ほど本気で悩みました。

もともと僕には結婚願望がなかったんです。彼女とはずっと一緒にいたかったけど、その時点では結婚するって形には特にこだわりがなくて。子どもも欲しくないわけではなかったけど「40歳くらいにつくればいいか」と、のんきに構えていました。男性は出産の年齢的なリミットをあまり意識しないので、逆算して考える発想がなかったんですよね……。

―――悩んでいる間に、周囲には相談しましたか?

男性女性、いろんな友人に相談しました。その中で、女友達に「結婚っていう契約があれば、これから二人の間にどんなピンチが訪れても簡単には離れられない。彼女にとってはそれが心の拠り所なんじゃないの?」と指摘されたのが響きましたね。男性陣には「お前の気持ちわかるよ、まだ早いよな」って共感されましたけど。

―――途中で彼女と直接話し合うことはなかったのでしょうか?

気持ちが固まらないうちに話し合うと、かえってこじれる気がして、あえて避けていました。結婚ってかなり覚悟がいることだし、じっくり考えたかったんです。

最終的には「結婚してもしなくても同じなら、別にしてもいいんじゃないか」と思うようになって「この子を失うくらいなら結婚しよう」と腹を括りました。彼女に結婚したい旨を伝えて、数か月後には正式にプロポーズしました。

その後は翌年に入籍、さらに1年経ってから結婚式とゆっくりしたペースで進んだのですが、結婚が決まった後の彼女からは、焦っている様子が全然感じられなくなって。女友達が言っていた通り、「結婚という形で、ある程度未来を約束し合うこと」で安心したかったのかもしれません。


結婚や子育てに係わる男女のすれ違いは「情報量の格差」によって生じる

―――祐也さんは、創業した会社を結婚と同時に離れたんですよね。その背景には、どんな気持ちがあったのでしょうか?

自分の中に「結婚するからには一人前にならないと」というプレッシャーがあって、翌年の売上が読めない仕事を続けながら家庭を築くことに、強い不安を感じていたんです。やはり将来の見通しが立ちやすいサラリーマンの方が安心できると感じ、そのときに声をかけてもらった会社に就職しました。

仲間たちと起業した会社を離れるのは複雑でしたが、「来年は売上が立つかどうかわからない」という状況から解放され、安定した収入が見込める安心感から、気持ちはかなり楽になったかな。お金や人、物などのリソースが豊富な会社で好きなことをやらせてもらえるのも悪くないな、と思いましたし。

―――男性には、祐也さんのように「結婚するなら一人前になってから」と気負う人が多い気がします。

そうですね。そのわりには “一人前” がどんな状態なのかよくわかっていないし、自分が納得できるレベルに到達するのは、一生かかっても無理なんですけどね(笑)。

正直なところ、結婚前の男性って、結婚や子育ての実態について全然理解できていないんですよ。とにかく周りに情報が少ないし、女性のように出産の年齢的なリミットについて考える機会がないから、自力で情報を集める必要性も感じていない。男性同士でライフプランについて真面目に話すことなんてないし、あったとしても仕事の話しか出てこない。

結婚や子育てについての当事者意識が足りない一方で、「一人前にならないと……」という漠然とした不安だけを抱えているのは、結局は実態がよくわからないからだと思います。

―――それが男女の結婚・子育てに対する意識の差、すれ違いの原因になっていそうですね。

そう思います。将来の結婚や子育てについての話をしなかったり、結婚するつもりはあるのか訊いたときにすぐに明確な返事がなかったりすると、「私を大切にしていない」と誤解してしまう女性も少なくないかもしれませんが、決してそうではないんです。いろんな覚悟が必要で決断に時間がかかるし、そもそも女性が何に悩んでいるのか理解できていない場合も多いとわかってもらえたら

もし結婚・子育てについての認識や心構えがパートナーとズレていると感じたら、二人の間に大きな情報格差があることを踏まえたうえで、少しずつ情報を共有してあげてほしいですね。

父になることへの不安は、妻にも友人にも打ち明けられなかった

―――お子さんができたときは、どんな気持ちでしたか?

もちろん嬉しかったのですが、不安もいっぱいでした。どんな生活になるのか、お金はいくらぐらいかかるのか、自分はどうやって父親になるのか、どのくらい自由がなくなるのか。いろんなことが頭をよぎりました。

当時は大きなチームのマネージャーに昇格したばかりで、仕事がすごく忙しくて。さらに、子どもが産まれる少し前から、MBA取得のために夜間の大学院に通うことも決まっていたんです。時間がなくなるのが明らかな中で、本当にやっていけるのかと。

それでも、当然ながら奥さんの方がもっと不安だし、もっと大変じゃないですか。だから弱音なんて吐けなくて……。奥さんの不安をひたすら受け止めて、余計なアドバイスはしないように気を付けて、自分の感情はなんとか自分の中で消化しようとしていましたね。

―――本音を打ち明けられる相手はいなかったのでしょうか?

男友達に話しても「お前みたいなやつがまともな父親になれるわけないじゃん!」と茶化されてしまうので、真剣な相談はしませんでした。男ってすぐふざけるんですよ(笑)。

唯一の心の支えは、プレパパ向けのアプリでした。ほっとするメッセージをくれるので、毎日チェックしていて。あとは、自治体が運営している講座で、先輩パパにいろいろ相談できたのも助かりました。

―――プレパパ向けのアプリや講座があるのは、それだけ奥さんの妊娠中に不安を抱える男性が多いということですよね。

全員そうだと思いますよ。でも、男性の不安については世間でもあまり語られませんよね。本当はみんな心細いし、プレッシャーを感じているのに、それを口にできない空気があると思います。

少しでも安心したくて、奥さんの検診にはほとんど毎回付き添いました。そういう機会がないと、お腹の中に自分の子どもがいることも、ちゃんと育っていることも、男性はなかなか実感できないので。少しずつ育っていく様子を見られるのは楽しかったですね。

妊娠期間中は、奥さんが子育てについて本や漫画で勉強していたので、僕も勧められたものを読むようにしていました。ただ、本気で勉強し始めたのは、奥さんが里帰りしてからですね。出産直前になって、いよいよ「次に奥さんが帰ってくるときは、赤ちゃんを抱っこしてるんだ……。全然想像がつかない。どうしよう」って焦りだして。迎え入れるための心の準備をしておきたくて、必死で勉強していました。

友人夫婦との ”共同子育て” のおかげで、なんとか危機を乗り越えられた

―――お子さんが産まれてから、生活はどう変わりましたか?

実は、子どもが産まれてすぐ、友人一家との共同生活をスタートさせたんです。元々知り合いだったんですが、お互いの妊娠期間中に意気投合して、「同じ家に住んで協力しながら子育てをしたいね」という話になって。今も一緒に暮らしていて、もう2年になるかな。

表向きの理由は「共同子育てという社会実験をしてみたい」ですが、実際は、奥さんの話し相手が必要だと思ったのが一番大きな理由ですね。僕が仕事と大学院の授業や課題で忙殺され、奥さんのワンオペになる時間が多くなってしまうのは目に見えていたので、すぐそばに相談できる相手がいてくれたらいいなと。奥さんはつらくてもひとりで抱え込んでしまうタイプなので、心配だったんです。

子どもが産まれてからの日々は、想像以上に大変でした。「夜寝れなくなるって、ここまでなのか!」と。毎日寝不足だったけど、仕事中はもちろん昼寝なんてできない。子育ても仕事も大変な時期が重なってしまったけど、チームのトップという立場があるし、弱音は吐けない。強いフリをしながら心も体もボロボロで、かなり過酷な生活でしたね。

そんな中で自分も奥さんもなんとかやれたのは、100%友人夫婦のおかげです。協力しながら子育てしたり、時にはお互いに相手の子どもの面倒を見ることで、フリーの時間をつくれるようにしたり。

―――珍しいスタイルでの子育てですが、メリットはとても大きそうですね。相手のご家族とは、どの程度空間を共有しているのでしょうか?

寝室以外はすべて共有スペースです。お風呂もトイレも、キッチンやリビングも。僕も奥さんも独身時代からシェアハウス暮らしに慣れていたので、あまり抵抗はないですね。もちろん、たまにはひとりの時間を持つようにしていますが。

生活スタイルについては厳格なルールは決めず、何か問題が起こったら、その都度意見のすり合わせをしています。不満があっても感情のぶつけ合いはせず、あくまで建設的な話し合いを重ねているので、今のところはとてもうまくいっていると思います。

共同子育ては、子どもたちの小学校入学まで続ける予定です。最近は物件情報を見たりしながら「もう一家族増やしてもいいね」とも話しているんです。今の生活にはとても満足しています。

主体性を持って子どもと関われば、子育てはもっと楽しくなる

―――お子さんが産まれた直後はとても忙しかったとのことですが、今はどうでしょうか?

大学院も無事卒業し、仕事にも慣れてだいぶ落ち着いています。子育てに割く時間もかなり増えました。最近は出勤するまで僕がひとりで面倒を見て、20時頃に帰宅したあとも、子どもが寝るまでは一緒に過ごしています。子どもも2歳になり、たくさん話せるようになってきて、ますます可愛いですね。

―――お子さんが産まれる前後は、子育てに対してかなり不安を抱いていましたよね。どのタイミングで心境が変化したのでしょうか?

一番大きな転機は、産後1か月半で育休を取ったときだと思います。里帰りから二人が帰ってきたときって、奥さんはある程度子どもを育て慣れてから登場しますよね。ゲームのキャラクターで言えばレベル3くらい(笑)。でも、自分はまだレベル0で、何をしていいのかまったくわからない。だから最初は「奥さんを助ける」「子育てのサポートをする」という意識だったんですよ。

でも、あるとき「それっておかしくない?だって俺の子じゃん!」って気付いて。「このままでは、絶対に父親の自覚がないまま父親になる」と思いました。それが怖くて、マインドを切り替えるために3週間の育児休暇を取ったんです。

当時、うちの会社では男性の育休取得の前例がありませんでしたが、わりと先進的な社風なので、快く受け入れてくれて。結局は合間に仕事をしていたけど、一日中ずっと子どもと過ごすことで「自分は父親だ」「この子は我が子だ」という実感が湧いてきました

子育てに主体的に関われるようになったのは、そこからですね。自分である程度のことをできるようになって、奥さんに「こうやって育てたいよね」と意見を言えるようになった頃には、子育てがすごく楽しくなっていて。漠然とした不安も徐々に消えていきました。

―――もし育休の期間がなければ、お子さんとの距離は今ほど縮まっていなかったかもしれませんね。

そう思います。ずっと「サポート」というスタンスで、仕事から帰ってほんの少し面倒を見るだけの生活が続いていたら、いつまで経っても父親の実感が持てないままだったかもしれない。

男性は自分で子どもを産めないので、最初はやっぱり「奥さんから産まれてきた、よく泣く小さいのがいる」としか思えない人が多いんじゃないかな。愛着を持てないどころか、睡眠を妨げる存在みたいに感じて、「明日も仕事だし、別の部屋で寝ていい?」なんて言ってしまう人もいるかもしれない。でも、その子は他の誰でもなく、自分の子なんです。

子育ても仕事と同じで、ただ言われたことをやるだけでは面白さがわからない。主体性を持って取り組まないといつまでもできるようにならないし、つまらないままです。でも、自分ごとになればすごく楽しい。

それに、一緒に過ごす時間が長くなるほど、子どもへの愛って増えるんです。たくさん関われば子どもの態度も明らかに変わってくるから、ますます一緒にいたくなる。そういう良い循環が回れば、子育ての面白さを実感できると思います。男性にはぜひ、育休を取るなり、仕事の量を調整するなりして、まとまった時間を子育てに充てる機会を持ってほしいですね。

ーー―結婚や子育てに対して不安を抱いていた過去の祐也さんとは、別人のようですね。

そうですね。今振り返れば、結婚することや父になることへの不安が強かったのは、実態がよくわからず、自分ごと化できないまま直面してしまっていたせいかもしれません。主体的に家族と関われば、結婚生活も子育てもかけがえのない体験になる。それに気付くことができて、本当によかったです。

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「いつか子どもが欲しい…かも?」という人向けに、今から意識しケアしておくと良いことをご紹介しています!
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ライター:小晴
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