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ケベックが英語を規制する目的



前回の投稿で、モントリオールに住む若者は英仏のバイリンガルな環境に対して良く思ってるのに対し、ケベック州政府は仏語のモノリンガリズムを目指そうとしている、という話をした。


グローバル化が進んでいる、進んでいるどころかもうグローバル化した世界で、2ヶ国語話せるのは有利、なんならもう当たり前なぐらいなのに、

なんで今更"モノリンガル"を目指すの?

日本に住む私からするとここが一番の謎やったんよね。

レポート課題のテーマに掲げて調べてみたら、州政府のこの動きにはケベックの 歴史 が深く関わっていたことがわかったので、その内容を簡単にまとめてみる。

ケベックの歴史
1604:Colonization by France
1756-1763:Seven year war
1774:Quebec Act of 1774
1867:The British North America Act
1960s:Quiet Revolution
1963:Royal Commission on Bilingualism and Biculturalism
1970:October Crisis
1977:Loi 101 (Bill 101)
1982:the Constitution Act, 1867
1988:Canadian Multiculturalism Act
2022:Loi 96 (Bill 96)

THE CANADIAN ENCYCLOPEDIAを基に筆者作成



1604年、Samuel de Champlainにより、フランスのケベック植民地化が始まる。フランス語話者がケベックに住み着いた。

1756年から始まったSeven year war は、イギリスとフランスの戦争。勝ったイギリスが、ケベックを植民地とした。
この時イギリスは、ケベックのフランス語話者を同化しようと同化政策を試みたけど、失敗。イギリスは「Quebec Act of 1774」で、フランス語話者たちが譲れないとしたフランス語とローマ・カトリックの二つを受け入れることにした。

イギリスによるこの統治は、ケベックのフランス語話者にとって、彼らのフランス語とローマ・カトリックの存在を脅かすものだった。その恐怖が、彼らのフランス語・文化を保護しようとするイデオロギーを形成した。

ようするに、イギリスが無理やり英語で統治しようとするのに対して、「僕たちはイギリス人じゃないぞ。フランス語で生きていくぞ。ローマ・カトリック教徒だぞ。」というイデオロギーを守ろうとした。その保護の手段として、「フランス語」を使っていた。フランス語話者たちは、フランス語で自ら新聞を配ったりして、英語での統治を拒んだらしい。

これが、今でもケベックにフランス語が残る理由の一つ。それから、この頃に形成されたフランス語を守るイデオロギーが、今のフランス語保護運動に繋がっているのだと思う。



時は流れ、連邦カナダが設立された。ケベックに残るフランス語やフランス文化を脅かす存在は、統治されていたイギリスから連邦政府へと変化。

Quiet Revolution と呼ばれてる1960年代は、ケベックの人たちの「フランス文化を発展させるぞ!フランス系カナダ人の地位を上げていくぞ!」というケベックナショナリズムを形成した時代。ほぼ独立運動状態。

これを受け、州の分立を恐れた連邦政府は1963年のRoyal Commission on Bilingualism and Biculturalism を設立。「英語もフランス語もカナダの公用語です、どっちも対等です。」ってしたの。

ピエール・トルドー率いる自由党政権になってからは、ケベックのフランス系カナダ人も、イヌイットを含む先住民族も、新しくカナダに来る移民も、みーんな受け入れていこう!という「多文化主義」が進められる。(1988年 Canadian Multiculturalism Act)

ところが、この多文化主義を公式の政策としていない唯一の州が、これまたケベック。

ケベック州が目指すのは「文化間主義(Interculturalism)」。他の言語や文化を、フランス語を話す社会に統合していこう、という考え方。

社会が少数派集団を受け入れる際は、各言語・文化集団ができるだけ固有の言語や文化を保持するべきだ、という連邦政府の「多文化主義 (Multiculturalism)」とは別の考え方なんよね。

カナダ国内でフランス語の力が英語よりも弱い現状で、連邦政府の多文化主義政策ではケベックのフランス語を衰退させる恐れがある。だから、ケベックはフランス語・フランス文化の維持・発展を目指すのに必死。

1977年に制定した「フランス語憲章 (La Charte de la langue française: Loi 101)」で、フランス語がケベック州唯一の公用語となり、ケベック州内におけるフランス語の優位性が明確に規定。「看板は広告の文字は絶対フランス語ですよー、英語書くならフラ語の2分の1のサイズで!」とやら事細かく決められた。*1


①イギリス統治下時代に、フランス語とローマ・カトリックの存在が脅かされた経験と、②カナダ国内でフランス語の力が英語よりも弱い現状、これが今のケベックの人たちにフランス語保護運動をもたらしいているのだと思う。




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*1:実は、1969年の「フランス語推進法(Loi pour promouvoir la langue francaise au Quebec: Loi 64)」や1974年の「公用語法(Loi sur la langue officielle: Loi 22)」などフランス語保護を目的とした法は過去に制定されていたんだけど、どちらも法的拘束力がなく、実際にフランス語が地位向上につながることがなかったみたい。
前回の投稿でもお話した通り、2022年に「Loi sur la langue officielle et commune du Québec, le français: Loi 96」が制定されて、Loi 101 よりも英語の規制が強化された。※ Loi (仏)= Bill (英)

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