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2020年ブックレビュー『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美著)

芸能好きなのに、人形浄瑠璃(文楽)をよく知らない。学生時代の芸術鑑賞で、「あんまり面白くない伝統芸能」という(大変失礼な!)イメージが定着してしまった。しかし、大島真寿美さん「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」(2019年上半期の直木賞受賞)を読むと、思い込みはふっとび、人形浄瑠璃を観たくてたまらなくなった。

映画「カツベン!」でメガホンを取った周防正行監督が、取材の中で「日本の芸能は、とにかく話芸だ」としきりに話されていたのを思い出す。確かに。日本人は、もともと「語り」を聞くのが大好きなのだ。

人形浄瑠璃も三味線、人形遣いとともに太夫の語りが大きな役割を担う演芸。そう考えると、この小説の主人公で浄瑠璃作者だった近松半二(1725-83年)らの、日本の芸能への貢献度が想像できる。

舞台は江戸時代の大阪・道頓堀。
歌舞伎と人形浄瑠璃が人気を争っていた時代。

無類の芝居好きだった儒学者の父の影響を受け、半二は道頓堀が遊び場になり、幼いころから浄瑠璃小屋などに入り浸るようになる。父から近松門左衛門の硯を受け継ぎ、浄瑠璃作者としての人生を歩み始める。

親友でライバルでもある歌舞伎作者の並木正三や、人形遣いの初代吉田文三郎らの影響を受けながら、成長していく半二。

半二の代表作「妹背山婦女庭訓」を執筆する場面がヤマ場だ。歌舞伎もしのぐ大当たりを取った出し物を生み出し、半二が「渦」について考えるくだりが面白い。道頓堀の熱狂や、これまでの多くの作者が生み出してきた出し物や、その登場人物の情念などが交じり合った「渦」の中から、新たな物語が生まれるのだと半二は考える。そして、「渦」の中から「妹背山婦女庭訓」の登場人物「お三輪」も現れたのだ。

「朝から晩まで道頓堀の渦に身ぃ浸していたら、なんもかも、いっしょくたになっていくんや。オマエの頭んなかもいっしょくたに繋がってってんのかもしれへんで」


半二も正三も、いわば芸術至上主義。物語の力に魅せられた物書きたちだ。物語に耽溺していく気持ちが理解できる。それは、私が常に「物語」に魅せられ、「物語」に救われているからだろう。

大島さんが書く文体にも引き寄せられる。
いきいきとした大阪弁で、半二らのつぶやきが地の文に溶け込んでいるような独得の文章が心地よい。




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