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蒼色の月 #90 「依頼①」

翌日の夕方、私は一人隣市にある結城弁護士事務所に向かった。
裁判所から届いた離婚調停呼び出し状と、夫から届いた大学進学費用についての手紙を持って。

「先生、実は先日、子供達と夫が話し合いまして」

「そうなんですか?旦那様、麗子さんの家に?」

「はい。来ました。私が無理やり来させた感じですが」

「悪意の遺棄」を持ち出して、半ば脅したようになったことは先生にはさすがに言わない。

「そうでしたか。それで話し合いはうまくいったんですか?」

「はい。夫は初め長男の進学には、気乗りしないようなこと言っていたんですが。最後には長男に、希望の大学を受験してもいいと言いました。子供たちに説き伏せられた、とでも言いましょうか。でもはっきりと、大学に行ってもいいと言ったんです」

「なるほど」

「でもその直後、お金は入学金しか出さないあとは知らないという手紙が届きました。どうしたらいいでしょうか。あんなにはっきり子供たちの前で約束したのに。長男はもうその気ではりきっているんです。受験まであと4か月なのに」

私は、手紙を先生の方へ差し出した。

「この手紙、ずいぶん勝手な言い分ですね」

「そうですよね。それで動揺していたら昨日離婚調停を起こされたって通知が届いて、ちょっと私、パニックになってもうどうしていいのかわからなくて…」

「まずは裁判所の書類拝見します」

私は昨日裁判所から届いた封筒をそのまま先生に渡した。

「お子さんと旦那さんが、話し合われたのはいつですか?」

「2週間ちょっと前になります」

「だとすると、旦那さんはお子さんと話し合われてすぐに調停を申し立てたことになりますね」

「どういうことですか?」

「呼出状は、申立てが行われてから2週間くらいで相手方に届くんです。昨日麗子さんのところに届いたということは、2週間くらい前に申し立てたことになりますから」

「夫が家を出てから9か月経つんですが、なぜ今急に調停なのかと思ってたんです。今までだって起こそうと思えば、いつでも起こせただろうに。受験ももうすぐなのに、どうして今なのって」

「旦那様はお子さんと話し合った時点では、お金を出すつもりだったんでしょう。でも帰って誰かにその事を話して、反対されてたんじゃないですか。それで進学費用を払わないために今、慌てて調停起こしたんじゃないでしょうか」

「不倫相手の女に反対されたからですか?」

「不倫相手なのか、そこはわかりませんが」

「そんな…」

「たまに、いらっしゃるんですよね。離婚して奥さんに親権を渡してしまえば、自分は子供にお金を出す義務はなくなるって勘違いされている方。知らない振りできると思うんですよね。めったにいませんけどね。きっと旦那様はそうかと…」

そういうことか。

「調停期日通知書は俗に言う、調停呼出状というものですが、絶対にこの日に行かなくてはならないというものではありません。基本この日に行くのがいいんですが、体調とかやむを得ない事情があれば、裁判所に申し出て日時は変えてもらえますが、どうしますか?」

「行かないということは、許されないんですよね」

「それは後々不利になるので、行かないといけません。そして、行くことが麗子さんのためになります」

「はい…」

「麗子さん、麗子さんは今調停を起こされたことで大変ショックを受けていると思います。もちろん人生ではじめてのことでしょうしね」

頷く。

「だけど、ものは考えようです。家族で大学費用について話合いはしたものの、旦那さんはその約束をすぐに平気で破るようなことを言ってきたでしょう?」

「はい…」

「それは、家族だけでいくら話し合って約束させたところで、旦那さんはその約束を守る人ではないってことです。だったら、きちんと調停で間に私や裁判所に入ってもらって、大学費用を払うことを旦那さんに約束させればいいんです」

「はい…」

「そういう風に考えると、この調停騒ぎはむしろ麗子さんサイドにとって良いこともあるんですよ。長男さんの大学費用や生活費が、調停で決まれば気まぐれに旦那さんが額を減らしたり、払うのを止めたり出来なくなるわけですから」

と結城弁護士。

「…なるほど」

「だから、悪い方に考えるのではなく、今の状況から良い方へ一歩前進するための調停だと考えてください。来月から調停が始まります。センター試験まであと4ヶ月。間に合うようにしっかり頑張りましょう」


先生はいつも、私が見ている角度とは別角度でこの出来事を見て、私にアドバイスしてくれる。
そうすると、魔法にでもかかったように、私の目の前の霧が晴れ前を向けるようになるのだ。

今の悪い状況から良い方へ前進するための調停…。
それならきっと頑張れる。

「先生、進学費用のことは大丈夫ということでしょうか…」

「まだ断言は出来ませんが。大丈夫になるように麗子さん、頑張りましょう」

「はい、はい。どんなことしても私、頑張ります」

私はそう答えた。



mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!