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【盗んだ原稿シリーズ】固定受話器のアルデンテ

某ノーベル賞候補作家がカフェでうたた寝している隙に、テーブルの上から盗んだ未発表の原稿を掲載しちゃいます
(゜0゜)

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電話の鳴る音を聞き流しながら、スパゲッティを茹でていた。

あと少しで茹で上がるその時間を、まるで電話が遮るように鳴ったので、スマホの電源を切った。

無事にスパゲッティがアルデンテでかろうじて出来上がった時に、ひとり食卓にそれを置いた時に、二年ほど一度も鳴らなかった固定電話が鳴り響いた。

まるで化石の貝殻がぱっくりと開いて、そこから自己主張をしているかのようだった。

ムール貝を入れたパスタに延ばした手を止めた。

受話器を上げた。

「もしもし」

「やあ」

「元気なの」

「ああ、元気だよ」

「最近ね」

「ああ」

「庭で猫の鳴き声がうるさいの」

「そうなのか」

庭で猫の鳴き声がした。

受話器をおいてサッシをきつく締めた。

静寂が訪れたあと再び電話を握りしめた。

「猫好きだったよね」

「昔はね」

「今は」

「あまりね」

「でもね、ほんとうは」

「まだ好きなんじゃないの」

「過去のことは片付けるように忘れていくことが大事だと思えるんだ」

「誰のことを言っているの」

「猫のことだよ」

「あたしのこと」

「昔、猫のようだって言ってくれたよね」

「そうだったかな」

「もう忘れたんだ」

「猫は忘れっぽいからな」

「そうだよ」

「あたしはそのとき、あなただって捨て猫みたいだ」

「こういった」

「覚えていないな」

「猫は忘れっぽいからね」

「これからパスタを食べるんだ」

「じゃああたしもパスタを茹でるよ。アルデンテが一番おいしいんだよね」

「人それぞれだ」

「茹で上がったものがいい人もいるし」

「イタリア語のアルデンテ」

「知ってるわよ」

「歯ごたえがある、でしょ」

「ああ。君は第二外国語がイタリア語だったね」

「きれいな発音で驚いたよ」

「あたしもきれいな発音だと言われて驚いたよ」

「作り直してくれないか」

「行っていいの」

「もうディスポーザーに捨てたよ」

「いつもそうね」

俺は二年ぶりに固定電話の受話器を置いた。

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嘘ですみこちゃんのオリジナルでしたー(^-^)
第十六回目は! 村上春樹でしたー


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