WILDSPARK

帝国最大の工業都市メドロックでは、死者の魂が出す信号
“ワイルドスパーク”をつなぎとめた機械、“人格動物(パーソニフェイト)”が市民として暮らしていた。1年前に兄フランシスをなくしたプルーは、その魂をこの世に呼びもどすべく、人格動物ギルドに弟子入りする。

作者:Vashti Hardy(ヴァシュティ・ハーディ)
出版社:Scholastic Ltd.(イギリス)
出版年:2019年
ページ数:430ページ(日本語版は~450ページ程度の見込み)


おもな文学賞

・ブルー・ピーター文学賞受賞 (2020)
・チルドレンズ・ブック賞ショートリスト (2020)

作者について

イギリスのブライトン近郊在住の児童文学作家・コピーライター。元小学校教員。児童文学作家を支援する出版社と作家の組織ゴールデン・エッグ・アカデミーの創設者でもある。2018年のデビュー作『BRIGHTSTORM』はウォーターストーンズ児童文学賞はじめ数々の児童文学賞にノミネートされた。2作目である本書も高い評価を受けている。

おもな登場人物

●プルーデンス・ヘイウッド(プルー):ヘイウッド牧場に暮らす11歳の少女。ひとつ年上の兄フランシスとともに機械に強く、発明した機械を牧場で使っている。1年前に死んだ兄のふりをしてギルドの見習工となり、フランセスと名乗る。
●アガパンサ・ヤング:プルーと同期の見習工。物静かで優しく、数学が得意な少女。高所恐怖症。
●コラ・デュヴァル:プルーと同期の見習工。メドロックの裕福な家庭出身の少女で、兄とともに成績優秀。田舎育ちのプルーや人格動物のエドウィンをばかにし、ことあるごとにいじわるする。実は歌が得意で、本当は歌の道に進みたいと思っている。
●エドウィン・スノウムーン:人格動物のオコジョで、人格動物初の見習工に抜擢される。
●工匠プリムローズ:帝国立メドロック人格動物ギルド(通称ゴースト・ギルド)の職人。北部の牧場に腕のいい技術者がいるといううわさを聞き、ヘイウッド牧場を訪れる。プルーとエドウィンの師匠。
●名匠ウールズテンブリー:ゴースト・ギルドの創設者で、人格動物を発明した。
●名匠ホワイト:ゴースト・ギルドの親方。アガパンサの師匠。
●名匠ソレンチュード:ゴースト・ギルドの親方。コラと兄の師匠。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 帝国一の工業都市メドロックのはるか北の村に、プルーの住むヘイウッド牧場があった。この牧場では、プルーと兄フランシスが発明した機械の馬や犬が畑仕事や家畜の世話を手伝っていた。
 ある日、立派な身なりをした紳士が訪ねてきた。メドロックにある人格動物ギルドの工匠プリムローズで、フランシスという優秀な技術者がいると聞き、見習工にしたいと申し出に来たのだ。人格動物は死者の魂をつなぎとめた機械動物だ。しかし母はフランシスという子はいないと言い、プリムローズは引き返す。話を聞いていたプルーは、このチャンスは逃せないと、両親に置き手紙を残してプリムローズを追った。じつはフランシスは1年前に亡くなり、家族は現実を受け入れられないでいた。プルーは、死者の魂を呼びもどせるのなら、その知識と技術を身につけ、フランシスを蘇らせたいと思ったのだ。プルーはフランシスではなくフランセスだと名乗り、見習工として採用された。

 プルーは高度に機械化された大都市メドロックに目をみはった。人格動物も初めて見た。ハトやウサギの姿をした人格動物は、生きている動物と見かけは変わらず、自由に話し、技術者や店員として働いていた。なにより、人間にそっくりな声にプルーは驚いた。人間だったときの声をほぼ正確に再現しているという。なお、人間だったときの記憶は完全に失われる。また、寿命は10年ほどだった。プルーは早速、人格動物のハヤブサに頼んで、両親への謝罪の手紙を届けてもらった。
 制服の仕立屋で、プルーは同期の見習工のコラとアパガンサと知り合い、一緒にギルドの寮に向かう。ギルド自体は隔離された場所にあり、寮内の秘密の通路をつかって行く。ギルドは広大な森に囲まれ、研究実験棟、図書館、人格動物の慰霊堂があった。
 集会で新しい見習工が紹介され、プルーたち3人のほかに、人格動物初の見習工としてエドウィンが紹介された。エドウィンはもともと技術者としてギルドで働いていて、設計が得意で想像力も豊かだった。プルーとエドウィンはプリムローズの見習工となる。メドロックの市長がスピーチし、秋の収穫祭のあとの満月ブラッド・ムーンの晩に100体の人格動物を目覚めさせる計画を発表した。
 見習工の4人は、さまざまな講義を受けた。田舎育ちのプルーは知らないことばかりでコラによくばかにされたが、フランシスを取りもどしたい一心で励んだ。本名のことはひた隠しにした。

 初期の人格動物は、人間の形をしたロボットが使われたが、なぜかうまくいかず、動物型の機械が使われるようになった。実在する動物の形とは限らない。立派な翼をもつライオンも開発中だった。人格動物を目覚めさせるには、“ワイルドスパーク”と呼ばれる魂の信号を、機械の胸に埋め込んだ鉱石クォーツタイトで受信し、つなぎとめる。この作業を“ハーネス”という。プルーは記憶を失わずにハーネスする方法を探そうとひそかに決意した。図書館ではワイルドスパークやハーネスについての本を読みあさり、空き部屋に古い型のハーネス装置GODARを持ち込んで記憶研究室と名づけた。
 ギルドの創設者であるウールズテンブリーとホワイトが初めてハーネスの手順を見せてくれたとき、プルーは失神した。目を覚ましたとき、最近大切な人を亡くしたんじゃないかとウールズテンブリーに聞かれ、プルーはうなずく。喪失の記憶が生々しい場合、失神することはよくあるとのことだった。ウールズテンブリーは、プルーが記憶とハーネスについて調べていることも知っていた。そして、記憶が失われるのは自然なことで、むしろそうでなくてはならない、やがて納得できることだから勉学に集中するようにと諭した。
 ある日、人格動物のウサギが襲われ、埋め込まれていたクォーツタイトが盗まれた。プルーとアパガンサとエドウィンは森にわなをしかけ、犯人を捕まえようとしたが、巡回中のソレンチュードがわなにかかってしまい、怒られる。また、プルーたちは角の生えた獣を見かけて怪しんでいたが、人格動物の警備員だと言われた。

 週末はギルドを出ることが許されていて、家に帰る見習工も多かったが、プルーは勝手に家を飛び出したこともあり、帰りにくかった。かわりに、アパガンサやエドウィンとメドロックで買い物したり、メドロックを訪れたアパガンサの両親と会ったりした。発明家パレードのお祭りでは人格動物の華々しいパレードが見られたが、人格動物の権利を主張する団体の抗議活動もあった。見世物にされ、人間とのあいだに不公平があることへの抗議だ。
 その後、しばらくぶりにヘイウッド牧場に帰ったプルーは、あらためて両親にあやまる。ふたりともプルーの気持ちはわかっていた。ただ、母は、生は生、死は死と考えていて、フランシスがほかの動物の形で蘇ることは望んでいなかった。でも、プルーがこうと決めたらひたすら突き進むこともわかっていた。わだかまりを残しながらも、母に納得してもらえる結果を出すべく、プルーはギルドに帰った。

 プルーはひとりで記憶研究室にこもりがちになった。プルーの行動をあやしんでいたエドウィンに見つかり、プルーは本名と、兄を失ったことを話す。エドウィンは自分を実験台にしてもいいと申し出た。エドウィンも、自分の記憶を知りたくてしかたがなかったのだ。プルーはGODARで検出される信号のなかから、記憶に関すると思われる信号を見つけ出した。そこに刺激を与えると、小さいながらも大きな発見があった。人間だったときの名前だけ思い出せたのだ。メッセンジャーのハト、ルエラも協力してくれたが、ルエラも思い出せたのは自分の名前だけだった。アパガンサにも秘密を打ち明けた。ところが、隠しておいたGODARとノートが盗まれ、ほどなくして寿命をむかえたルエラも死んでしまった。
 10月31日の収穫祭の日、プルーの部屋にノートが返されていたが、犯人は分からずじまいだった。お祭りの舞台では、コラが歌を披露した。柔らかな表情でのびのびと歌う姿に、コラがほんとうにやりたいことはこれなんだ、とプルーは思った。
 プルーとエドウィンはプリムローズに呼び出され、思いがけない話を聞かされる。記憶研究室からノートを盗んだのはプリムローズだったのだ。プルーの本名もばれていた。プリムローズはブラッド・ムーンの晩に、自分が用意した機械動物――森で見かけた角の生えた獣――100体をハーネスしようとしていた。そのためにクォーツタイトを盗んでいた。人格動物の軍隊をつくってギルドを占領し、人格動物を自由にしようとしていたのだ。プルーとエドウィンは協力を強いられた。
 ブラッド・ムーンは数日後に迫っている。プルーとエドワードはアパガンサの知恵を借り、妨害信号を発してハーネスを解く装置を準備した。プリムローズの人格動物があらわれたら、アパガンサが装置を操作し、人格動物の動きを止める手はずだ。

 ブラッド・ムーンの日、プリムローズとプルーとエドワードは100体のハーネスを手伝った。ハーネス後の人格動物は目覚めて最初に見たものを主人と認識する。普段は人間を見ないよう細心の注意を払うが、今回プリムローズはわざと自分の顔を見せた。作業をつづけている途中、プルーは大声をあげそうになった。人格動物がフランシスの声で答えたのだ。その人格動物を見失わないようにしながら、プルーは冷静に作業を続けたが、心の中では激しく葛藤していた。これからやろうとしているのは、100体のハーネスを一気に解くことだ。フランシスがハーネスされる奇跡はもう起きないかもしれない。つまり、フランシスの魂を近くに引き留めておきたかったら、ハーネスを解かないほうがいい。いよいよプリムローズがギルドを襲おうとした瞬間、プルーは自分の気持ちを抑え、妨害信号を放つよう指示を出す。100体の人格動物とともに、プリムローズも動かなくなった。プリムローズもまた、人格動物だったのだ。
 しかしこれで危険が去ったわけではない。プリムローズはプルーを従わせるため、勝手なことをしたらヘイウッド牧場を襲う、と脅していた。エドウィンはいったん、翼をもつ機械ライオンにハーネスしてもらい、プルーを乗せてヘイウッド牧場に向かう。プルーは農場を襲おうとしていた人格動物のハーネスを断ち切った。ギルドに帰ると、エドウィンは元の姿にもどしてもらった。

 記憶に影響のある信号のことはギルドの親方たちも知っていたが、あえて封じていた。大切な人を失った人は、どんな姿でも呼びもどしたいと願うが、呼びもどされるほうは必ずしもそうとは限らないからだ。プルーは退学になると思っていたが、あらためて本名のプルーデンス・ヘイウッドとして、エドウィンとともにウールズテンブリーのもとで修行を続けることになった。
 フランシスをこの世に呼びもどす、という当初の目的は果たせなかった。でもプルーは、人間のため、人格動物のため、未来のため、これからも仲間とともに最善を模索し続けようと心に誓うのだった。

 死者の魂を呼びもどす――太古の昔から人類が模索し続けたことである。ヴァシュティ・ハーディが描くのは、死者の魂が出す信号“ワイルドスパーク”を機械の体につなぐ技術が発明されたという世界だ。声だけは生前の特徴を引き継ぐが、記憶はすべて失われる。記憶が残っていると、機械として生き返った事実を受け入れられないからだ。しかしそのことを知らないプルーは、死んだ兄を呼びもどそうと研究に没頭する。
 産業革命の頃のイギリスを彷彿させる舞台設定で、レトロなメカニカートや超特急のギガントラック、一瞬で長距離を移動する空圧電車など、独特の機械が次から次へと出てくる。同時に、満月や新月が特別な意味をもつ幻想的な世界が描かれているのも魅力的だ。そこへ、人格動物の権利を主張する人権保護団体が出てくるなど、社会的な側面もうまく盛り込まれ、物語がリアルに、立体的に感じられる。ひたむきなプルーをはじめ、個性豊かなキャラクターが生き生きと描かれ、躍動感あふれている。本書は作者の2冊目の作品だが、1作目の続編ではなく、がらりと違うストーリーをもってきたところに、作者の底知れない力を感じた。
 結局、プルーは兄を取りもどすことはできないのだが、その過程で学んだこと、築いた友情は何事にも代えがたい。プルーはSTEM教育のロールモデルでもあり、新たな決意で人間と人格動物の未来を見据える。プルーの言葉は、AIとの共存が実現し始めている、まさに今を生きる子どもたちの決意でもある。前向きですがすがしい読後感だ。
 高度な技術を追究しながらも、広大な夜空に思いをはせ、森の匂いをかぎたくなるような、そんな作品。過去も未来も感じられるスケールの大きい本作を、ぜひ未来を担う日本の子どもたちにも楽しんでほしい。

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