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展示室を独り掃除する。2020年、仕事納め。

年明け1月5日開幕の企画展「器と絵筆―魯山人、ルソー、ボーシャンほか」、12月26日に展示が仕上がった。

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12月27日、年内最後の出勤日は会場撮影。カメラマンが到着し、会場の扉を開けてから気づく。

・・・仕上がってない。

掃除が。できてない。

展示作業終了の翌日に内覧会&開幕、という通常パターンだと、清掃チームがオープンの朝から念入りに会場を掃除してくれる。が、今回はコロナ非常時パターンなのだった。年内はとにかく展示を済ませて、ついでに会場撮影も終われば万全、というところで思考停止。

展示の最終作業は会場チェックだ。目を皿のようにして見るのは壁である。真っ白な壁に汚れがないか。前の展覧会でできた釘跡はちゃんと埋めてあるか。壁に打ってあるキャプションや解説パネルや額は水平になっているか。作品と壁面に照明がバランス良く当たっているか。などなどなど。つまり床は視界にほぼ入っていない。

そして入っていなくてもまあ大丈夫なのだ。床は清掃チームの領域だからである。作品のかかっている壁は、学芸員と施工業者と展示業者の領域。清掃チームは手を出さない。(床に作品をじかに置くような展示の場合、どこまで掃除で近づいてよいか確認が入る。)

さて、一夜明けて展示室に入って、眼に入ったものは。

陶磁器の固定に使ったテグス。壁紙や巾木を固定するための特殊ホチキス。展示台の位置を決めたときのマスキングテープ。その他、展示台からはがれた塗装部分の破片とか曲がった釘とか養生のビニールシートの切れ端とか埃とか髪の毛とかいろいろいろいろ。落ちまくり。

開幕しようがしまいが、展示終了の翌日に清掃を頼んでおくべきだったのだ。自分の見通しの甘さにチッと舌打ちしつつ、ほうきとちりとりを取りに裏口に走る。とにかくざっとでも掃いておかねば。午前10時前、作業開始。

そしてすぐに悟った。これは・・・きつい。


世田谷美術館の1階展示室は1,000㎡


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みなさんどれくらいの広さの家に住んでますか。単身者だと30㎡くらい?それ以上だと50㎡~100㎡くらい?とすると、その10~30倍。つまり自分の家を10~30回掃除するのに相当するわけですよ。

とか考えるヒマもなく、とにかく掃く。掃く。掃く。掃く掃く掃く掃く。

そして掃くほどアラが見えてくる。こんなところにペンキ垂れちゃってる。あっちにもこっちにも。なんかよくわからないシミもある。削り取るしかない、けど、今はさすがに無理だ。仮設壁と床の隙間は埃だらけ。うわー。


1時間後。髪ぼさぼさ、汗だくだくで、むりやり掃除終了。当館のプロ集団の仕上げが「ピカピカ」だとすると、私のは「ピ」、いや「ヒ」くらいか・・・。

幸い、カメラマンは最初のあまり汚れていなかった展示室の撮影にゆっくり時間をかけていたので、大きな迷惑をかけずにすんだ(いや、こっちの掃除のペースに合わせてくれてただけですね)。

冬の光の入る展示室。セタビは何度も撮ってきたけど、こんな撮影は初めてだよという。まあそうだろう。楽しそうに撮ってくださった。

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ひたすら下を向いて汗を垂らした私の1時間。まったく想定外の、けれども得がたい時間だった。掃除はいい。特に心身がざわざわと揺れているようなときには、何はともあれ掃除である。

今回の展示作業の現場ではいろいろあった。

たぶん、館のコレクションを、それも開館以来30数年、目玉としてウリにしてきた北大路魯山人&アンリ・ルソーなどの「素朴派」、という特別すぎるコレクションを、久々に、しかもいっぺんに見せる、などという超特別な企画を、(私の希望でも何でもないのだがコロナゆえ)目玉に不慣れな私が担当する、という超非常事態ゆえにプチ珍事が起こった。と理解している。ひとことでいえば、曲がりなりにも企画のチーフであったはずの私は、現場ではいてもいなくてもよいような存在になった。

まあ、どのみち最初から私の企画ではなかったのだ。「みんな」のコレクションなのだ。海外の知人からは、なんと日本的な、と言われた。当たっているかどうかはわからない。私としては、ともかく公開して、「みんな」の範囲が広がるならそれでいい。

汗だくでほうきを動かしながらふと顔を上げると、窓の向こうに冬景色が見える。そう、今回は作品を展示しつつ、再び窓を全開にしている。「作品のない展示室」をやった真夏の緑したたる風景とは違うけれども、眼は作品を越えて、堂々たる大木と、その光と影に吸い寄せられる。

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なんだかんだで昭和の色濃い美術館で起こるあれやこれやは、どれも取るに足らないちっぽけな営みだ。いい人もそうでもない人も、いずれみんないなくなる。もちろん私もいなくなる。みんないなくなっても、窓外のクヌギやヒマラヤ杉はそこに立ち続ける。

再び床に眼を落として、別のことを思う。この床を毎日毎日、黙ってきれいにしてくれる清掃チーム。その古株メンバーがひとり、先日他界された。突然のことだった。そして訃報とともに初めて知ったのだが、その方のお母様も、開館時から長く清掃チームで働いてくださっていたのだという。


いろんな悲喜こもごもがある。いろんな人がやってきては去ってゆく。ほうきを動かしながら、改めてご冥福をお祈りする。このほうき、亡くなられたその方も使っていただろうな。

また顔を上げる。やっとこさ30数年続いてきたこの小さな美術館は、あと何年存続するだろう。200年近く生きてきたあの大木を、追い越すことはあるだろうか。かなり心許ない。そして自然はすごい。

展示室の窓を開けると謙虚になれる。コロナまみれの2020年の仕事が終わった。

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