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取材通訳という仕事

少し前にテレビ番組用の映像翻訳をしたときのことです。これは海外取材で、現地の通訳さんを雇って取材を行ったようでした。

まず映像翻訳という仕事を説明すると、提供された映像データをクライアントが指定した秒数で区切って、そこで話されている会話をすべて翻訳して書き起こすことです。ゆえに、言い淀んだり、言い間違ったりしていても、そのまま書き起こすのが基本。

この目的は、取材内容を理解することと、編集ポイントを見つけることなので、テレビ局によりけりですが、映像も音声も粗いデータが提供されることが多いです。

今回提供された映像データは、珍しいほどの極小サイズで、動画に埋め込まれたタイムコードすら潰れており、早口すぎて聞き取れない音声の速度を下げると音がぶつ切りになりました。つまり、音声速度を変えて唇の動きから単語単位で確認する手段は使えないケース。

さらに、背景に騒音が鳴り響く場所での撮影が多く、EQでフィルターをかけて調整するも、音量MAXでも聞きにくい状態。

そして、私にとっての最大の難関がオージー英語と超絶ユニークな日本人通訳さん。

前々回の投稿でWordのディクテーション機能の有能さを書いたのですが、背景に騒音が入っている音声データの聞き取りは無理でした。そりゃそうだよね、機械だもん。

ちなみにマイクが拾う音は人間の耳が拾う音とはまったく違います。周波数で音を拾うマイクは、例えば薄っすらとBGMが流れている喫茶店で取材した場合、近くの人間の声よりも遠くのBGMを大きく拾ったりします。人間の耳は必要な音と不要な音を自然に分類して聞いているのです。

Wordのディクテーション機能が使えない、画像が小さすぎて唇が読めない、音声がノイズに埋もれている、音声スピードを変えられない……次に頼るのは現地の通訳さん。

ところがこの通訳さん、本当にユニークな英語を話す方で、英語が文章として成立しないんです。さらに、微かに聞こえる日本語での通訳内容もなんだかトンチンカン……。

私が音楽業界で取材通訳を始めた頃、異国生活10年以上の帰国子女の通訳仲間に比べると、英語の発音や表現が下手な自分に凹むことが多く、そこは英語ネイティブじゃないと割り切って、質問と答えの内容をできるだけ正確に伝える点に重きを置きました。通訳にとって最も重要な仕事がそれですから。

取材通訳に必要な最低限の能力は以下の2つです。

(1)Aの言語を理解してBの言語に変換する能力
(2)Bの言語を理解してAの言語に変換する能力

ただし、メモを取っていると相手の発言を聞き逃すことがたまにあるので、そのときは通訳前に「さっきの〇〇のあとの□□ってなに?」と聞くとか、会話のテンポを壊さないように要点だけを確実に通訳するとか、仲介者としての敏感さも求められます。

作業に取り掛かった当初は、通訳さんが並べる単語を脳内自動補正して文章化にしていたのですが、すぐに補正不可な単語の羅列になり、そのまま単語を書き起こすほか術がなくなりました。

当然のことながら、取材クルーに対するリスペクト度が一気に下る取材相手の様子も録画されていました。相手は撮影されていると知っているので、答えるときは笑顔を作るし、リスペクトしている演技をするのですが、なんとも言えない嫌な空気が充満していました。

ロケ現場で録画する場合の取材通訳は逐次です。同時通訳より数倍ラクな通訳とは言え、現地で生活している程度の言語能力では無理な仕事です。

ここ最近、テレビ番組の現地取材で起用される通訳さんがマイナス方向でユニークなケースに遭遇することが増えました。一周回って現地で生活している=現地語が話せる=通訳できると安易に考える人がまた出現しているのでしょうかね?






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