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翻訳支援ツールで文芸翻訳

今回は翻訳支援ツールで行う文芸翻訳についてのお話です。

これは実務翻訳を始めてからの体験です。欧州の翻訳会社から女性向け官能短編小説翻訳の打診があり、トライアルに合格したのちに仕事が発注されました。最初のバッチは、翻訳作業が6作品で、もう一人の翻訳者が翻訳した分の校正作業(という名の全面リライト作業…汗)が5作品だったと思います。

作品の英語版がアップロードされた翻訳支援ツール上で翻訳作業を行い、納品後にMicrosoft Wordの校閲機能を使って訳者校正するという手順でした。

たとえ文芸翻訳であっても、言語間の距離が近い場合には翻訳支援ツールを使っての翻訳作業に大きな問題は起きません。しかし、言語間の距離が遠い場合には、英語の文法に従って分割されたツール上の文章をどう処理するのかも翻訳作業中に考える必要が出てきます。

これが本当に大変というか、面倒というか……。ツール上では全体の流れが見えないので、日本語訳を入力後に全文をWord書類で一旦エクスポートし、文章の流れを確認・調整しながら翻訳支援ツール上の翻訳文を整えなくてはいけません。

どうしてこんなことをするのかと言えば、翻訳支援ツール上にはこのプロジェクトでの翻訳文が記憶され、蓄積されます。そのあとに同じプロジェクトでの翻訳を行う場合に、このとき記憶された翻訳文が「その文章の訳ってこれですよね?」的に登場する仕組みになっています。そしてマッチ度が高ければ単語ごとの翻訳単価の割引率も高くなります。

実務翻訳をやっている人にはお馴染みでしょうが、この単語や文章の“マッチ度”によって翻訳料が決まるのが実務翻訳です。発注側にとってはコストの削減につながり、翻訳者にとっては作業効率を高めるのに便利…というシステム。

確かに定型文が多い実務翻訳の場合、これは便利な仕組みなのですが、Transcreationを求められる文芸翻訳では不便極まりない。それでも翻訳会社が翻訳支援ツールを使用するのは、作業の進捗状況を把握するためだと推測されます。

さらにこのときの翻訳作業を困難にしたのが、このプロジェクトでは多言語翻訳を同時進行していたので、書籍本体のレイアウトすら教えられないままに翻訳を進めざるを得なかったこと。さらに作業進行の都合上、作品の抜粋の翻訳を先に納品しなくてはならず、本文を読み込む前の作業となったこと。特に後者は、本文を読み込んだあとで微調整したくても納品済みゆえ不可能で、本気で泣きたくなりました。

文芸翻訳では全体の流れを把握した上で作業を進めて行く必要があります。しかし、実務翻訳に慣れた翻訳会社はその点を軽視し、無機質な翻訳文を前提に、機械的な翻訳を良しとする傾向があるように思えます。昨今の機械翻訳→ポストエディットの流れが加速するのも当然でしょう。

翻訳支援ツールで日本語の文芸翻訳を行う最大の問題点は、作業中も、確認用Word書類も横書きという点です。雑誌の記事などは横書きがほとんどなので、横書き原稿で作業することに違和感はないのですが、小説となるとやはり縦書きで作業したいと思ってしまいます。これは書籍翻訳者のわがままなのかもしれませんが(苦笑)。

翻訳支援ツールは慣れるととても便利ですが、翻訳するものによって向き不向きがあります。その点を考慮してくれる翻訳会社が増えると嬉しいですね。

女性向け官能短編小説の翻訳・校正作業に関しては、近いうちに詳しく書きます。

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