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No.074 映画「世界の中心で愛をさけぶ」に少し関わった話

No.074 映画「世界の中心で愛をさけぶ」に少し関わった話

「しんやさ〜ん、元気〜?クニさんが話あるんだって〜」大学時代の若き友人さやかから電話が入ったのは、熱帯夜が続いていた8月初旬のことだった。長男ユーマくんを出産してからも、さやかは連れ合いを「クニさん」と呼んでいた。

僕は大学卒業2年後に酒屋商売にピリオドをうった。そのあとひょんなところから始めた学習塾が、4年目を迎えようとしていた。年齢は49歳になっていた。

電話口に出たクニくんと話をする。彼の友人が東宝映画に勤めていて、新作映画の準備を助監督の立場でしている。原作がベストセラーになりつつあり、東宝がいち早く映画化の権利を獲得した。その映画の中に、主人公の女性がマジックをする場面が、ほんの少しだけあると言う。プロマジシャンに声をかけるほどの予算もないが、アドバイスのできる人を探しているとの用件だった。

なるほど、僕がお眼鏡に適(かな)ったわけか。どうも、僕の天職は「駆け込み寺の住職」のような気がする。

「了解だよ、クニくん。ところでそのベストセラーになりつつある原作って何て言うの?」
「え〜と『世界の中心で愛をさけぶ』です」
「えらい大袈裟な題名だな〜、面白いのかな?」

一週間後に、クニくんの友人助監督のアイダくんが僕の自宅に来ることになった。一応、原作は読んでおくか。本屋さんに行くとすぐに片山恭一著「世界の中心で愛をさけぶ」が目に入った。平積みになっていて、本の帯に女優柴咲コウのコメントがあった「泣きながら一気に読みました…」。

帰宅して、感動もないまま一気に読めてしまった。全く好みでなかった。この本に感動した方達には申し訳ないが、僕の嗜好の問題なのです。そもそも、この原作のどこにマジックが必要なのだろう?

助監督のアイダくんが額に汗を浮かべ、やって来た。この日も暑かった。冷たいカルピスで一息つき「駆け込み寺の住職」のお仕事開始だ。

原作を読んだことも、読後感も言わなかった。後に一般化される「セカチュー」の監督を尋ねると、行定勲監督と言う。おお〜、窪塚洋介主演の映画「GO」は楽しめた。映画「セカチュー」は期待できるかな?

映画の脚本は、初めて見た。見開くと、ページ上部3分の1ほどは空白になっている。おそらく何かを書き込むためのスペースであろう。マジックのシーンは2箇所、本当に短かかった。

しんや住職は偉そうにのたまった。両シーンともマジックは必要ないと思われますのお。簡単にできるのがそなたの条件のようであるが、安っぽいマジック用のお花なんぞ出したら、ぶち壊しになりかねませんぞ…云々。

結論。僕が、世田谷区砧にある東宝撮影所に行く。映画クランクイン前の勉強の時間である。東宝シンデレラオーディショングランプリ期待の新人女優、長澤まさみちゃんにマジックの指導をする。アイダくんも一緒にマジックを習い、どのマジックを採用するかの判断は、アイダくん及び監督にお任せすることになった。

2003年9月9日、残暑が厳しかった。撮影所近辺は緑豊かで、セミの鳴き声も賑やかだった。撮影所内に入ると、ひやっとした空気が心地よかった。打ち合わせ予定の部屋に案内された。程なくアイダくんが入ってきた。長澤まさみちゃんは、白血病に関する講義を受けている最中とのことだった。彼女の役柄が、白血病の少女であった。へえ〜、そんな事までするんだ。女優業は面白そうだな。

背が高い、すらっとしている、大人っぽい。高校1年生の長澤まさみちゃんの第一印象だ。ちょっと緊張気味のまさみちゃんに、アイダくんが僕を紹介してくれた。緊張をほぐす意味も込めて、マジックショーを始めた。「え〜!わー!すごーい!」まさみちゃんのリアクションが良くて、調子に乗ったマジシャンしんやは20分ほどマジックを披露して、カードを一つプレゼントした。

まさみちゃん「一緒に写真撮ってもらえますか?」有名女優さんになった今だと、こちらが言うセリフだ。まさみちゃんとのツーショットの写真、今もアルバムに収まっている。

マジックのおかげか、まさみちゃんリラックスして、マジック講師しんやは楽に役割を終えることができた。

まさみちゃん、マジシャンと預言者を勘違いしたのか、僕に聞いてきた。
「わたし、女優としてやっていけると思いますか?」
「もちろん!やっていけるよ。オレと知り合うとその後、みんな活躍しているよ」
「ホントですか!何か自信もらえました!」

映画は公開されると、大ヒットとなった。原作もさらに売れ、戦後の大ベストセラーの一つとなった。
女優長澤まさみのその後の活躍は言うまでもないだろう。

僕も映画館に足を運んだ。エンドロールで、スタッフのテロップが画面下から上に向かい、流れる。最下部に「手品指導・小野信也」その他のスタッフの名前に挟まれ、上に流れる。目で自分の名前を追う。「お、出たな。あ、消えた」。映画に関わった程度が現れていた。

映画を見た人のほとんどが「マジックのシーン?ありました?」と聞き返してくる。あれはいらなかったな、僕もそう思っている。あまりお役に立てなかった。

「セカチュー」に、関わったこの話をすると、大体みんな面白がるので、話の「ネタ」にしてる。喜ぶ相手に必ず付け加える。

「でもね、オレ全然嬉しくないんだよ。原作も映画も大ヒット、売れたけど全然面白くない。好きじゃない。売れる売れないじゃない、自分が関わった作品が大好きだったら、こんな幸せはないね。フェデリコ・フェリーニかイングマル・ベルイマンの映画に関わり合いたかった〜。阪本順治監督の「顔」なんかだったら泣いちゃうな」

映画公開後「世界の中心で愛をさけぶ」豪華DVDボックスセットと時計が送られてきた。謝礼だった。
DVDボックスは、いまだ未開封だ。時計は結構高級なものらしいが、そもそも時計をする習慣もない。

映画「世界の中心で愛をさけぶ」に関われた、この事は楽しい華やかな思い出だ。人生の彩りにもなっている。いい機会を作ってくれたさやか、クニくん、アイダくんには感謝している。ありがとう。

数年後、「セカチュー」がテレビで初放映された。何の因果か、この日、この時間に、映画とは関係がないが、運命的な出会いがある。

・・・続く・・・感じです

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