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No.199 僕の本棚より(2)「バーンズコレクション展図録」 / 「門外不出」の名品80点の驚愕

No.199 僕の本棚より(2)「バーンズコレクション展図録」/「門外不出」の名品80点の驚愕

No.198 の続きとなります)

朝日新聞日曜版連載「世界名画の旅・セザンヌ『大水浴』」の記事の中で紹介されていた「バーンズ財団ギャラリー」の話は、僕にとって、あまりにも刺激的で興味深く面白く、切り抜いて何度も目を通した。

ギャラリーの創設者であるアルバート・C・バーンズ博士は、眼病の新薬を開発して巨万の富を得た。そして、当時まだ評価の定まっていなかった画家たち、「近代絵画の父」セザンヌ、ルノアール、モネら印象派の面々、ピカソ、マティスらの作品を中心に絵画を収集していった。

バーンズ博士は自らも美術研究に勤しみ、評論著作も多い。他の美術研究家や評論家とのトラブルもあったり、博士の生誕地フィラデルフィアの有力者たちとの関係も良好でなく、結果としてギャラリーの収蔵品は、一般には非公開とされた。

「世界名画の旅」を飾るカラー写真のセザンヌ「大水浴」は、フィラデルフィア美術館所蔵のもので、バーンズ財団の「大水浴」ではなかった。記事の中の「白黒写真の大水浴」がバーンズ財団所蔵のもので、故バーンズ博士の遺言「複製禁止」に抵触するも何とか許可しているとのことだった。

清水建宇氏によって書かれたこの記事の中から、僕の心を踊らせた言葉のいくつかを引用させていただく。

「…二十六の展示室を回って収蔵品の見事さに目を見張った。セザンヌが七十点を下らない。ルノアールはもっと多くて百五十点余。マティスが五十点。モディリアーニやアンリ・ルソーも十点ずつ・・・。彫刻を含めると一千点はあるだろうか。画集では見ることができない作品が二段、三段に重なって、壁という壁に無造作に並んでいるのだ。…展示は年代や地域におかまいなしだ。作品には画家の名前があるだけ。カタログもない。職員は答えてくれない…」

信じられない量のコレクションである。ルノアールやアンリ・ルソーの所蔵点数は、あのオルセー美術館より多いのではないだろうか?

「…私は三年間、バーンズ博士の秘書でした。入館許可を求めて山のように届く手紙をクズ箱に入れるのが仕事です。有力者や知識人はだめですが、誤字だらけで書く貧しそうな人は、まれに許可されました…」「…当時のフィラデルフィア美術館は、この地域の社交会や知識人の中心でした。だから、バーンズ博士は、ここを保守的な俗物たちの権化と考えて反発したのかもしれません…」

社会的地位の高さある人々に、むしろ反発するその姿勢。この記事から漂ってくるバーンズ博士の「価値観」には共感するところ多く、加えて一般の民が持つ「衆愚」にも媚びない孤高の精神性の上に成り立っている「バーンズ財団ギャラリー」の作品群の前に立つために、アメリカ合衆国フィラデルフィアの地を訪れることを夢見た。

友人キムラくんからの「季節の便り・カボチャ」を包んでいた新聞紙の中に偶然見つけた「バーンズコレクション展」開催の記事(No.198)を見て驚いたが、数分後には「期待できない可能性も高いな」と冷静に判断している自分がいた。

東京に生活の基盤を持ち20年が経っていた。それなりに数多くの美術館や展覧会に足を運んでいて、感動したものもあったし、失望とまでは言わないが期待外れのものも経験していた。海外の有名美術館の名前を冠とした展覧会では、数点の「目玉作品」はあるものの、あとは倉庫の片隅に置かれていた作品も持ち出されてきたような印象を受けたこともしばしばあった。

「門外不出」のはずの「バーンズ財団」の作品群が貸し出される理由を推し量ると「経済的な事情」と「改装の都合」を思いついた。いずれにせよフィラデルフィアの「バーンズ財団ギャラリー」で作品群に対面してこそ価値あるものに思えたし「目玉作品」の数点に会えれば良しとするかとの結論に達して、緩衝材に使われたくしゃくしゃの新聞もすぐに、展覧会の期待と共に古新聞入れへと捨てられた。

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当時、美術展の開催場所や期間の情報は、映画や演劇と同様に雑誌「ぴあ」に頼っていた。記憶の外に行きつつあった「バーンズコレクション展」開催の日が迫っていた。「旅」をする時と同様(No.180)に、美術展や映画に行く時など、前もって色々と情報を入れるよりも、できるだけ無垢な状態で訪れるのが好みである。

「バーンズコレクション展」で「門外不出」の何点に会えるのか、誰の作品が来ているのか、評判は如何程なのかまるで知らずに、1994年(平成6年)1月26日(水)開催されて5日目、連れ合いの由理くんと「取り敢えず観に行こう」となり、上野にある「国立西洋美術館」に向かった。

ランチを楽しんだ後、午後二時くらいだったろうか「国立西洋美術館」の前には、それなりの列が出来ていたが、平日という事もあるのだろう、15分程度待って入場できた。

・・・最初の展示作品マネ「タールを塗られるボート」から、最後の作品マティス「黄色と赤の室内にいる二人の娘」に至るまで、「仰天」の後に来る「感動」の連続だった。「こんな凄い作品あったんだ!」いずれの作品も初めて見るもので、こちらに迫ってくる存在感が凄い。まっさらな気持ちで作品に対して、溢れてくる気持ちの高揚は熱く僕の体を包んでいき、何度も心の中で「凄い!凄い!」と叫んだ。

ルノアール絵画の色彩の美しさと対象に向ける優しさ、セザンヌの硬質な美と絵の隅々にまで感じる緊張感、「世界名画の旅」での白黒写真の「大水浴」が目の前にある。モネもゴーガンもゴッホもスーラもロートレックも素晴らしい。アンリ・ルソーの3作品は異彩を放ち迫り来る。ピカソは「青の時代」「薔薇色の時代」「アフリカ彫刻の時代」作風が移り変わってもいずれも凄い。ブラック、フレネー、スーティン、モディリアーニの個性光る作品に会えたのも嬉しい。14点に及ぶマティスの色の洪水に圧倒されて会場を後にする。

「いや〜、思った以上に凄かった!展示作品全てが素晴らしい展覧会なんて滅多にないよね!」連れ合いの由理くんと二人、帰宅して「図録」を見ながら余韻に浸った。二週間後にもう一度足を運ぶ予定をたてて、今度はしっかりと図録を読んで、それぞれの作品の背景などを興味深く楽しく学んだ。

「バーンズコレクション展」英語での展覧会名は「GREAT FRENCH PAINTINGS FROM THE BARNES FOUNDATION」直訳すれば「バーンズ財団からの偉大なフランス絵画たち」。確かにフランス人とフランスを中心に活躍した画家が大半を占めていた。会期は1994年1月22日ー4月3日。主催は国立西洋美術館と読売新聞社、特別協賛に安田火災、協賛に大企業と諸団体の名前が16あり、フランス大使館など4つの後援団体の名前が上がる。

展示作品は全部で15作家80作品、内訳はマネ:1点・ルノワール:16点・モネ:2点・セザンヌ:20点・ゴーガン:2点、ゴッホ:2点・スーラ:2点・ロートレック:2点・ルソー:3点・ピカソ:7点・ブラック:2点・フレネー:1点・スーティン:2点・モディリアーニ:4点・マティス:14点。

「バーンズ財団ギャラリー」老朽化に伴う改装の資金集めのために「門外不出」の禁を破り、ワシントンの「ナショナルギャラリー」パリの「オルセー美術館」に貸し出した。両美術館での展示は記録的な動員数だったとの事で、それに続いての「国立西洋美術館」での開催であった。

バーンズ博士の存命中、何人もの有力者や知識人の入館を断ったそうだが、その中に有名建築家のル・コルビュジエの名前もある。ル・コルビュジエはセザンヌから多大な影響を受けたことでも知られる。おそらくバーンズ財団所蔵のセザンヌに触れたかったのだと思う。

世界文化遺産にも登録されている「国立西洋美術館・本館」の設計はル・コルビュジエが担当している。そこで「バーンズコレクション展」が開かれた因縁もまた面白い。ル・コルビュジエの魂は「セザンヌ」の傑作群に触れただろうか。

最初の「バーンズコレクション展」鑑賞からちょうど二週間後の水曜日、入館まで30分待たされた。明らかに入館者が増えていた。二度目だったが、感激の薄れることはなく、会期終了まであと二・三度は訪れたい気分だった。しかし、三度目の訪問は断念した。凄まじいまでの入場希望者になっていき、僕たちが観た後すぐに2時間3時間待ちが当たり前となっていた。

色々なメディアに「門外不出」「非公開」の言葉が広まったせいもあるだろう。入場者は日を追うごとに増えていき、会期終了前には5時間の入場待ち、長蛇の列はTVニュースにも取り上げられるほどだった。最終入場者数は107万人を超え、これは今も「国立西洋美術館」の記録になっている。図録販売は50万部を上回ったそうである。

早めに足を運んだので、2回の鑑賞を楽しめたとも言えた。「門外不出の名品80点」で形成された「バーンズ・コレクション展」は、僕の最も好みの展覧会の一つで、図録を見る度に無理をしてでも行列に並び「三度目」の機会を持つのだったかと思ってもみる。

いや、やはりフィラデルフィアの「バーンズ財団ギャラリー」に足を運び、国立西洋美術館で会った作品たちに挨拶をして、東京に来なかった作品たちとも向き合うことを「人生の宿題のひとつ」としておこう。


*2012年「バーンズ財団フィラデルフィア・キャンパス」が建設されてオープンし、コレクションを観覧することができるそうである。以前よりは「バーンズコレクション」鑑賞のハードルは下がったようである。何かちょっぴり残念な気もしている。

写真は全て「図録」からの写真で、僕がスマホで撮ったものです。図録にはどこにも「転載禁止」の文字が無かったので掲載させていただきました。どなたかからの適切な「掲載禁止」の指示があれば(倫理的な理由も含む)すぐに削除します。


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