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No.170 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(8)クラシック音楽の殿堂「Het Concert Gebow コンセルトヘボウ」へ

No.170 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(8)クラシック音楽の殿堂「Het Concert Gebow コンセルトヘボウ」へ

No.169 の続きです)

クレラー・ミュラー美術館をたっぷりと楽しみ、アムステルダムに戻ると19時近かったが「夜の」7時とは言えない明るさが辺りを支配している。日本に比べると高緯度に位置するヨーロッパの夏は、夜の訪れが遅く、夕食の時間を初め、劇場などの開始時間もレストランのラストオーダーの時間も遅い「大人の香り」に溢れていて、宵っ張りの僕には嬉しい限りだ。

この日の朝、ホテルオークラのスタッフ斉藤さんから嬉しい知らせが来ていた。前日にお願いしたアムステルダムが誇るオーケストラ劇場「Het Concert Gebow コンセルトヘボウ」のチケットが入手できたと、電話の向こうから、こちらが勝手に任命した「私設秘書」の明るい声が届いたのだ。

8時15分から開演、日本だとライブハウスあたりで何とか見かける開始時間か。席はステージ左手最前列、音響の良さを求めるより好奇心で訪れるミーハー的な僕にはお似合いの場所か。演目については尋ねなかったし「私設秘書」も伝えてこなかったのは、こちらが「クラシックオタク」ではないことを悟られていた証(あかし)か。

開場まで時間の余裕があるとは言えなかったので、ルームサービスで野菜サンドイッチとりんごジュースを頼んだ。程なく運ばれてきた軽食はすこぶる美味しく、準備をしながら部屋で行儀悪く頬張るのも、気ままな一人旅の特権の一つだ。

ホテルの部屋では気ままに振る舞う一方で、ジャッケットを羽織りネクタイを締めてお洒落さんに変身しつつあった。主にクラシック音楽が演奏される「Het Concert Gebow コンセルトヘボウ」は、厳然たる階級社会が残るヨーロッパの社交場の一面を持ち、ドレスコードを考慮するのは「アジアからの他所者」の礼節であろうし、何よりも自分の居心地がよくなるものだ。

連れ合いの由理くん亡き後、お洒落をしてフレンチレストランやイタリアンレストランに「おひとり様」で行くようになったし、「高級店」に冷やかしで入り、店員とおしゃべりを楽しむ悪い遊びもいつの間にか覚えてしまった。東京でのこんな行動も「ひとり旅」の訓練の一部かもと意識したこともあった。

アムステルダムの中心地ダム広場にある「Het Concert Gebow コンセルトヘボウ」までは徒歩で行ける距離で、前日の昼の散歩でも一度訪れているので、問題なく開演時間の10分前に到着した。ホールでジャケット姿のジェントルマンたちと、ドレスに身を包んだレディたち数人が、社交場の香りを放っていた。

ステージ左最前列の席に座ると、目の前に十数段はあろうか、ステージに続く階段がまず目に止まった。ステージが異様に高く感じた。天井に目を移すと割合に質素でモダンな作りであった。聴衆のほとんどは席についていたが、クラシックの会場としては「巨大な」印象さえ受け、国土面積からは小国のオランダのイメージが覆された。

それまでに東京のサントリーホール、東京文化会館大ホール、パリのオペラガルニエ、ウイーン国立歌劇場、学友協会などを経験していたが、それらの会場のどことも似ていない最大の要因は、やはり目の前の階段とそれに続くステージの高さだなと思っていると、その一段高いステージにオーケストラの楽団員たちが入ってきて、広い会場を埋め尽くしていた聴衆のざわめきが少しずつ収まっていった。

指揮者の名前などの記憶はないが、演目は「交響曲の父」ハイドンの94番「驚愕」、「神童」モーツァルトの交響曲40番と41番「ジュピター」、僕にも馴染みの選曲で大いに楽しめた。アンコール曲の曲名は残念ながら分からなかった。

帰りの会場内はかなりの混雑だったので、建物の内装などの鑑賞は諦めて、真っ直ぐにホテルオークラへの道を進んだ。アムステルダムの夜も、ヨーロッパの他の都市と同じように、落ち着いた薄暗さで、僕の好みだ。そんなアムステルダムの道にも大分慣れてきた。ホテルに着いた時には11時近かった。

若き友人たちに「ヨーロッパを訪れたら、夜の散歩はお勧めするよ。昼にはない『成熟した街の雰囲気』を味わって欲しいな。もちろん危険な箇所は避けてね」とアドバイスする。そんな街歩きをここアムステルダムでは機会を逃している。「夜はこれからだ」と、自分の信条を果たすべく、シャワーを浴びることもなく、気軽な格好に着替えてホテルのロビーへと向かった。

すっかり顔馴染みになったフロントに立つ奥田さんに「ちょっと散歩してきますね」と挨拶をすると、ほんの少し驚いたようにも見えたが「お気をつけて」との言葉だけだった。内心では「お元気ですね」とでも思っていそうだなと、独りごちた。

長い「ちょっとの散歩」の始まりだった。

・・・続く

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