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No.169 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(7)クレラー・ミュラー美術館・木々の中の至福のとき

No.169 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(7)クレラー・ミュラー美術館・木々の中の至福のとき

(昨年の4月に書いた記事No.038 クレラー・ミュラー美術館を大幅に書き直したものです)

オランダ滞在3日目、この日は首都アムステルダムの街歩きを少ししてから、電車に乗って約30分、ユトレヒトに到着する。アムステルダムの賑やかさに比べると、静かな落ち着いた雰囲気が満ちている駅だった。ユトレヒトにあるナインチェ博物館(通称・ミッフィー・ミュージアム / あのウサギのミッフィーちゃんです)を訪れるのが主な目的だった。

地図を見ながら、閑静な道を進むと、ミッフィーちゃんの絵が小さく描かれた案内板が歩道に置かれていた。この案内板が無ければ通り過ぎてしまうほどの、外観は普通の家だった。見上げると「nijntje museum」の文字版があったが、入り口の白い扉は閉められていた。案内板を見ると、いくつかの言語が書かれていた。英語の箇所を見て、この日が閉館日だと知った。気ままに行動するのが好きではあるが、開館日時くらいはチェックすべきだった。

ユトレヒトの街歩きに変更して、早めにアムステルダムに戻ることも考えたが、ホテルオークラのスタッフのひとり斉藤さんのアドバイス「ユトレヒトからクレラー・ミュラー美術館へは行けます」を思い出した。まだ午後の2時を回ったところだったし、クレラー・ミュラー美術館でゴッホの「夜のカフェ」と再会できることを思うと、足を伸ばさない選択はなかった。

駅に戻り駅員さんに尋ねると、駅前のバス停留所から行けるという。時間を確かめると。あと10分ほどでクレラー・ミュラー美術館方面に向かうバスが来ることが分かった。駅前にいくつかあるベンチの一つに座る。時々顔を覗かせる太陽の光は穏やかで、風も優しく吹く。

クレラー・ミュラー美術館のついての知識は多くなかった。ゴッホの収集が有名で「夜のカフェ」が展示されている。それと現代美術の収集が豊富ということくらいだった。ネットで何でも調べられる時代だが、敢えてあまり知識を持たずに現地を訪れることがほとんどだ。

訪れたあとで、ネットなり本なりで確かめる。訪れる所の知識をどの程度得ておくかの話に過ぎないのだが、できるだけ知らないで訪れる方が好みなのだ。勝手にどんな所なのか、想像して訪れる。罪のない偏見が、裏切られれば裏切られるほど嬉しくなる。「こんなだったんだ!」そんな感触にゾクゾクする。

あまり調べずに訪れた後にネットや本を見ると、後悔することもしばしばある。えっ、ここ行けば良かった〜、あの角を曲がったら、素敵なお店があったんだ〜、である。海外だとそうそう訪れる機会にも恵まれないので、その気持ちは強くなる。だが、その後悔もまた楽しやと、やせ我慢している。

バスが閑静な駅前のロータリーをぐるりと回りやってくる。乗客は五人だけだった。車内に入る前にドライバーに「クレラー・ミュラーミュージアム?」と聞くと「Yeah イェ!」と返ってきた。「着いたら教えてくれ」と英語で伝えると、再び「Yeah イェ!」と頼もしげにうなづいてくれた。

バスは両側に並木が植えられた道を進む。だんだんと木々が目立つ道に入っていくのだが、窓外に続く田舎道にポツンポツンと幹の細い木々が立つ様子は、日本の鬱蒼とした木立ちに慣れた僕の目には、何処か寂しげに映る。

平地で形成され山のないオランダゆえの景色なのかとも思うが、印象派の巨匠クロード・モネの絵でみたような、イタリア映画エルマンノ・オルミ監督「木靴の樹」の一場面に似ているような、そんな既視感を抱くのはヨーロッパの田舎道にありがちな風景なのかもしれない。

1時間以上は車内で過ごした頃に、窓の外の木々がいつの間にか密集していき、どうにか林と呼んでよさそうな程の木々の中にバスが停車して、バスのドライバーが僕に「Here we are 着いたよ」と伝えてくれた。ここで降りたのは僕だけで、やはりこのルートは、アムステルダムからクレラー・ミュラー美術館へのベストとは言い難かったようだ。オランダの、ヨーロッパの田舎道を堪能できたのは良しとしよう。

バス停から道を横切ると、そこにはステンレスだろうか「Kröller Müller Museum」と書かれた金属板が芝生の中に建てられていて、この金属板もまた現代彫刻の一つと思われる。広大な敷地にある林の中の美術館だった。入り口に向かうまでに幾つかの現代彫刻が芝生の上に展示されている。

美術館内に入るとすぐのところにショップがあり、その先に階段のついた広めの解放された空間が隣接してジャコメッティやエミリオ・グレコなど沢山の彫刻家の作品が展示されている。再び所々に彫刻が置かれた広い通路に戻り、新旧さまざまな作家の作品を鑑賞する。

通路からそれぞれに別れた部屋に入ると、壁は明るい白色に統一されている。壁から垂直に数メートルの長さの仕切り板がいくつも設(しつら)えられている。表面積、すなわち壁を増やし沢山の絵画を見せる工夫がされている。

部屋の作りも独特だが、今まで経験したことのない展示にも驚かされた。彫刻群を見た時にも感じたのだが、美術家たちの作品が、年代別やジャンル別に展示されているわけではなさそうだ。印象派の作家の作品のすぐそばに、現代美術の作家の作品が、当たり前であると言わんばかりに壁にかけられているのだ。

他の美術館で見る印象派やそれ以前の絵画作品の額縁は装飾の施された物で、現代美術の額縁はシンプルなものがほとんどだ。クレラー・ミュラー美術館の額縁が、印象派のものでもシンプルな木枠の額縁であるのは、日本でのゴッホやゴーギャンの回顧展を見たときに気づいたが、謎が解けた。現代美術とのバランスを考えたときの選択だったのだ。

美術館に到着したのが、閉館2時間30分前と言うこともあったのかもしれない。お目当てのゴッホ 作「夜のカフェ」の前は誰もいなかった。この2年前、東京近代美術館での「ゴッホ展」で展示された「夜のカフェ」は、超混雑の中、背を伸ばすようにしてようやく見えたカフェだった。ここでは、カフェの中に足を踏み入れ、コーヒーを一杯いただきたくなった。

近くにいた男性にお願いして「夜のカフェ」をバックに写真も撮ってもらった。フラッシュ無しの撮影は許されるのだ。話は少しずれるが「夜のカフェ」の右側に少しだけ描かれている建物はフランスアルルにあるホテルで、偶然にも宿泊した。連れ合いの由理くんと行った南フランスへの旅のときに、前日にたまたま予約したのだった。小ぶりながら趣味の良い素敵なホテルだった。ピカソが常宿にしていたことを、ホテルのコンシェルジュが教えてくれた。

ゴッホの作品は他にも「ジャガイモを食べる人々」「糸杉と星の見える道」「アルルの跳ね橋」「黄色い家」「種蒔く人」そして僕の仕事場である塾内に飾ってあるプリント画「レストランの内部」の原画を見ることが出来たのは予期せぬ喜びとなった。

ゴッホを始めとするポスト印象派のみならず、印象派の画家たちの収集も凄かった。英語でこんな表現がある「You name it, they have it. 名前をあげて見て、みんなあるよ」。モネ、ルノアール、マネ、ドガ、シスレー、コロー、ロートレック、ゴーギャン・・・。

現代美術の収集も想像を超えたものだった。僕の浅薄な知識では、沢山の作家名を挙げることが出来ないのが残念だ。気に入った彫刻の作家を見ると、イサム・ノグチの名前が記されていた。近い将来、草間彌生、村上隆や奈良美智の作品がこの芝生の上に置かれるのだろうか。日本の漫画やアニメを題材とした作品が、クレラー・ミュラー美術館の白い壁を飾る日が来るのだろうか。そんな日が訪れた時は、いや訪れなくとも近い将来に是非とも再訪したい美術館の一つとなった。

箱根の「彫刻の森美術館」の元になったと言う敷地内に点在する彫刻を取り囲むようにベンチが置かれている。その一つに腰を下ろし、ひと息ついた。美術館内を巡るのは、結構歩くものだ。クレラー・ミュラー美術館は広かった。心地よい疲れを癒すように、風が柔らかく顔を撫でてくれた。風に尋ねられた「どうでしたか?あなたが思っていたとおりでしたか?」微笑んでつぶやく「いい意味で裏切られたよ」。

・・・続く

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