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No.102 「きくひろ」 / その3・若大将、職人気質の継承

No.102 「きくひろ」 / その3・若大将、職人気質の継承

(No.100 「きくひろ」 / その2・職人気質、心意気の銘店の続きです)

僕にとって「きくひろ」さんは、フグ料理の「凄い」お店であり、以前は連れ合いの由理くんと冬に2、3度足を運ぶお店であった。由理くん亡き後は、友人と共に、やはり「冬のみ2、3度訪れるお店」となった。夏場にもフグ料理を提供しているのに加え、しゃぶしゃぶなどもメニューにあるのも知ってはいたが、冬のフグのイメージが強く、食した時はなかった。

4月に来るのも、一階のカウンター席で食べるのも、この日が初めてだった。入り口右手側に小ぶりのカウンターがあり4席のみ、入り口左手側に4人掛けテーブル一つと3人掛けテーブルが一つある。ちなみに二階は畳の部屋に4人がけテーブル席が5つある。

小さなアットホームな雰囲気もあるお店である。二階への急な階段も、隠れ家に入るようで個人的には大好きである。壁の両面に沢山の有名人のサインが飾られている。冬のフグの時期は、カウンターがお料理の置き場となるためにお客は入れない。そのカウンターに座り、目の前で若大将に寿司を握ってもらう。この日の客は僕ひとり、ゆっくりとお寿司を味わえる。

「今日はフグ屋さんではなく、完全にお寿司屋さんだな。フグ料理の心意気の高さを考えると不味くはないだろう。フグコースの時の先付に出た、小ぶりのフグの寿司とトロのお寿司も美味しかったな」そんな思いで、いつもの美味いお茶を飲みながら「お任せ」で頼んだ最初のお寿司を待っていた。ハンサムな若大将の真剣な眼差しが素敵だ。

初めにヒラメのお寿司が握られ差し出された。イキがいい。最高の寿司ネタだ。ただ僕にはご飯が多めだ。若大将にご飯を少なめにするように頼む。「かしこまりました」の声の中に、こちらを煩(うるさ)がる匂いはまるでなかった。

次に差し出された中トロは、ネタの良さとご飯の量も適切で唸る美味しさだった。「お任せ」で次々と出てくるお寿司のレベルは、フグ屋さんの片手間の味ではなかった。僕が20歳代より訪れた都心の美味い寿司店のレベルに達していて驚いた。

トロの巻物3貫(3個)とかっぱ巻き3貫の後、「お任せ」の最後の一品、煮切りを付けた穴子も見事な下ごしらえ、柔らかい身で見事の一言だった。若大将に告げた「いや〜、美味しかった。見事です。もう少しいただけるかなあ。大丈夫ですか?」「お任せ」は一般的に受ける寿司ネタが多かったので、他のものも食べたくなっていた。返事は「もちろん」だった。よし、まだ楽しめるぞ。

マグロの「づけ」もあると言うので頼んだ。これにはビックリした。今まで食した「づけ」のどれよりも美味い。「すきやばし次郎」の「づけ」よりも好みだった。包丁で細かく切れ目を入れた「イカ」も美味しかった。たっぷりと「お任せ」コースと同じくらいの量を食べた。そして最後に出された「お吸い物」に驚愕した。何だ、この旨さは!聞くと、このお吸い物は、若大将でなくお父さんの大将が作ったものだった。「きくひろ」さんはフグだけのお店ではなかった。

「都心で食べたら一万円から二万円は取られるな。フグの良心的値段を考えると、う〜む7000円かな」といやしくも見積もり、お勘定をお願いした。「きくひろ」さんは、支払額が書かれた小さな紙を渡してくるのだ。その紙、金額を見て「間違ってるでしょう!」と叫んでしまった。「¥3500」と書かれていたのだ。「きくひろ握り」一人前が1500円なのだ。信じられない料金設定だ。食べる方としては嬉しい限りですが。

「きくひろ」さんは、夏にも訪れるお店となった。いや、一人でも訪れやすい夏の方がよく行くお店になった。お酒の品揃えも凄いのだが「下戸」の僕は、専らお茶と共にお寿司を握ってもらう。時に「アワビのステーキ」やら「あん肝」を先付けに頂いたり、時期になると「松茸の土瓶蒸し」をお酒がわりに楽しむ。

「きくひろ」さんは夜だけの営業である。仕事の関係で、僕は土日のどちらかにしか行けないのが残念だが、そうしないと毎日行きそうなので丁度いいかとも思う。カウンターひとりのときは、「きくひろ」さんの手が空く8時前後に電話を入れてから訪れるのが、僕流の礼儀と考えている。

電話を入れる。若大将以外、電話に出たことがない。
「今からひとり、大丈夫かなあ?」
一瞬の戸惑いの沈黙があり、言葉が続く。
「すいません。今日、オノさんに出すネタありません」
「分かった〜。また行くね」
この会話は今までに7、8回はあった。
「きくひろ」流の礼儀。嬉しい返事で、また素晴らしい。客には美味しいものしか提供しない。実際、仕入れても捨てる時があると聞いた。心意気はお父さんの大将譲りだろう。

友人と共に「きくひろ」さんを楽しむ時は、冬は「ふぐコース」を頼む。夏は「夏盛りセット」を注文することが多い。時期により内容が異なる「お通し」はどの時期でも素晴らしい。「フグ刺し」は言わずと知れた美味しさ、人によってはフグは冬より夏の方が旨いとも言う。続いての「天ぷら盛り合わせ」は、天ぷら専門店顔負けの仕事ぶりである。そして「きくひろ握り」「お椀」は前述の通りの驚きの美味さである。これで、ひとりあたり約5000円である。全くもって、教えたくないお店なのである。

教えたくないお店と言いながらも、若き友人たちとも足を運び、彼らを大いに刺激している。「きくひろ」で食の楽しみに目覚めたマヤマくん、初めてのお給料で、ご両親お祖母さん妹さんを「きくひろ」に招待したマジック友人侑一郎くん、同じくお母さんお兄さん夫婦弟さんを招待した塾の卒業生ヤスシくん、すっかり「きくひろ」さんの虜になった俊二さん(面白い出会いでした。詳しくはNo.018 ダブリン・レンタカー トラブルに書いています)、今まで食べていた穴子ってゴムだったんですねとの感想で笑わせてくれたタカマサくん。

そして「きくひろ」さんの大ファンとなった友人のプロマジシャン桂川新平さん(noteでは姓名の表記は避けていますが、新平さんはプロのマジシャンという事と本人の許可を得ています)と、彼の友人、スペインのプロマジシャンたちのことにも触れてみたい。

2014年9月、名古屋在住の新平さんから電話が入った。新平さんは日本有数のカーディシャン(カードマジックを主なレパートリーとする)である。世界的なマジシャンでもあり、ミスターマリックさんにも可愛がられている。性格も素晴らしい大好きな若き友人である。

電話があった翌日、マリックさん関係の仕事で東京で一泊するという。少しばかり時間があるので、一緒に食事はどうですかとの嬉しい申し出であった。新平さんは、フレンチ料理やワインにも詳しいマジック界随一のグルメでもある。普段から外食で贅沢なものも食べている。新平さんに提案した。
「新平さん、フレンチが好みなのは知っているけど、和食、お寿司は好き?」
「もちろんです!」
「いつも美味いもの食べているんだろう〜。オレ、御馳走するから、本当にいいお店とは何か教えてやるぞ〜。上から目線だよ〜。ごめん〜」
「ははは、しんやさん。楽しみにしています」

翌日、本当に旨くて凄い店「きくひろ」さんに、新平さんと二人で訪れる。

・・・続く


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