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No.103 「きくひろ」 / その4・その心意気よ、永遠に!

No.103 「きくひろ」 / その4・その心意気よ、永遠に!

(No.102 「きくひろ」 / その3・若大将、職人気質の継承の続きです)

2014年9月4日(土)「きくひろ」さん一階カウンター席に桂川新平さんと肩を並べ座った。新平さんは名古屋を拠点に、世界で活躍する日本屈指のカーディシャン(カードマジックを主に演じるマジシャン)。クラシック音楽をバックに演じる詩的なマジックの世界は素晴らしい。機会があれば、その世界を是非目の前で味わっていただきたい。名古屋に自宅を改装した「ラ・カンパネラLa Campanella」と言う素晴らしいマジックスペースがある。興味が湧いたならば、検索して欲しい。

新平さんは、思ったより小ぶりなお店だなとでも思っているかもしれない。僕に付き合ってくれたのか、お茶を飲みながら最初のお寿司を待っている。この日の白身は「タイ」だった。お寿司が置かれるやいなや、新平さんと二人、さっと少しだけ醤油をつけて口に入れる。新平さん「うん!」と一言だけ発して、次の寿司を待ち構える。さすが、無駄話などしない。「中トロ」も瞬く間に、口に入る。「うん、うん!」。新平さん、どうです、凄いでしょう。

「きくひろ握り」が済んだときだった。食べ始めてから、ここで新平さんが話しかけてきた。
「いや〜、美味い。しんやさん、実は、昨夜名古屋で一番美味しいと評判で値段の高いお寿司屋さんに行ったんです」
「え〜、新平さんもイヤらしいことするなあ〜。名古屋で一番高い寿司…一万円から二万円は取られたろう?」
「ええ、そうです。食べ比べようと思ってですね」
「まったくも〜。それでどうだい?遠慮なく言ってよ」
「もう、名古屋で寿司食べません。電車賃払って、ここに来ます」

僕が普段するように「きくひろ握り」を食べた後、この日提供できる寿司全種類、づけ・イカ・煮アワビなどを食べた。それぞれに、二人前を超えるくらい楽しんで、お吸い物で締めた。新平さんもまた、僕と同じようにお吸い物の美味しさに声を上げた。

新平さん感激して、お店の外まで来てくれた若大将にお礼を言う。
「いや〜、美味しかったです。寿司ネタも美味しいですが、ご飯とのバランスが絶妙で凄い。何か特別のご飯なのですか?」
若大将が答える。
「よくお気づきですね。銀座○○さん(…秘密にしておきます)のお米と同じものを使ってます。冷めるとマズいです。自分はいつもマズいメシを食べています」

お店を出ると秋の気配の風が吹いている。喜んでいる友人と共に浴びる風はいいものだ。
「しんやさん、ご馳走様でした。参考に教えてください。ひとりいくらですか?」
「ええと、4000円ちょっとだよ」
「ウソ言わないでくださいよ」
ホントなんだけどな〜。領収書見せないと信用しないな、こりゃ。はい、どうぞ。
「し、信じられない…。ああ、明日名古屋で仕事あるんだよなあ」
「また、来れるじゃない。冬のフグも凄いよ」
新平さんを車で池袋まで送って、今宵の宴は終わったのでした。

翌日の日曜日、9月5日、ここ中板橋で月に一度のマジックの集い「佐藤道場」が終わり、6人ほどが残ってワイワイとしていた。佐藤喜義さん(No.068 / 069参照)が講師を務めるマジックマニアの集まりだ。その時、電話が入った。新平さんからだった。

「しんやさん、昨日は本当にありがとうございました。感激しました」
「またおいでよ。電話は名古屋から?仕事は終わったの」
「実はですね。きくひろさんに行きたくなって、仕事キャンセルしました。今、中板橋の駅なんです。今日もいきましょう」

こちらの最寄り駅中板橋からだって〜。こちらの都合も考えず、強引だなあ〜。でも大好きなんだよな、こういうのって。こっちの性格読んでいるな、流石一流のマジシャンであることよ。
「オッケー、実はここに、きよしさんや他のマジシャンもいるよ。おいでよ」
「えっ、佐藤先生にも会いたいなあ〜。向かいます」

かくして、ここ中板橋にいた若きマジシャンたちは、桂川新平さんの登場に驚き、望外のマジックを見ることができて感激した。新平さんは、二日連続で「きくひろ」を味わえて、感激して名古屋に戻った。

以来、新平さんは事あるごとに「きくひろ」さんを訪れるようになった。仕事で上京、お弟子さんと二人30分でとお願いして速攻で帰った時もあったそうだ。2年ほど前だったか、こんなこともあった。新平さん、フグのひれ酒の美味しさに、ついちょっと飲み過ぎ、お水をお願いした。きくひろさんの「白湯でよろしいですか?」との問いに「是非」と新平さんが答えて、出された白湯にほんの少しの柔らかい梅干しが底に沈んでいた。酔い覚ましの心遣いである。きくひろさんの、その心意気に新平さんは僕の前で涙した。

世界的に有名なスペインのマジシャンたちとも、新平さんは交友関係を持っている。東京でレクチャーやワークショップが終わった後、僕の運転で新平さん、ゲストマジシャンを「きくひろ」さんに連れて行き、日本での「最高の一夜」を味わってもらうのが恒例になってきた。ミゲル・アンヘルヘア、ミゲル・プーガ、ウッディ・アラゴンたちの超一流のマジシャンたちの笑顔が、新平さんと僕の心を和ませた。

彼らがスペインに戻り「きくひろ」さんの素晴らしさを伝えていて、来日したマジシャンが、わざわざ板橋まで足を運んだこともある。おそらく、まだまだ「きくひろ」さんを訪れる輪は広がるだろう。料理の美味しさと心意気は、国境を超えて伝わるのだ。

僕が20歳代より、あちらこちらと食べ歩き、彷徨った末に行き着いた「きくひろ」さんの「凄い」料理と温かい心意気、その心意気よ、永遠(とわ)にあれと願う!


※後書き:No.097からNo.103までは意識的に「きくひろ」「すきやばし次郎」「きくひろ」「京都吉兆」「きくひろ」と続けた。その意図は読んでいただいた皆さんがそれぞれに感じていただきたい。長々と説明するのは野暮というものだろう。お付き合いいただきありがとうございました。


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       「きくひろ」さんの大将

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        大将とセツコさん

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        若大将と河豚

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