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極楽時間に乾杯
この家で暮らしてほぼ1年。ようやく古い荷物の整理が終わる。約20年過ごした家とアトリエにあった物をダンボール箱にいれて運ぶ作業は、まとめてやらず数回にわけた。
車が小さいこと、いつでも行き来できる距離に以前の家とアトリエがあること、それが建前の理由。
人は急激な変化と突然の別れにうろたえる。だから意図的に荷物を少しづつ動かした。
離婚調停裁判の待機期間であっても、息子達が暮らす家で寝起きしている間はさほど日常生活のリズムは変わらない。
朝息子たちを起こして、朝食と軽食を用意。バス停に向かう2人を送り出したら私も出勤。勤務は午前中だけ。子供達の授業も午前中のみ。昼ごはんを用意して、当番の日はバス停まで長男を迎えにいく。
去年の秋はそんな暮らしをしていた。
新居に引越してきたのはちょうど2020年元旦。年越しパーティー前、日常生活には支障のない荷物を全て移動させてから家を出て、そのまま以前の集合住宅には戻らなかった。
残した荷物は主に物作りの材料。当面の生活費は針仕事で稼ぐ。急ぎの依頼製作物はなかった。やっと今年のクリスマス前に全ての素材の移動が完了。
きっと荷物を運びながら少しづつ、私達はお互いに過去の清算をしていたのだと思う。そして子供達も変化に慣れていく。
イタリアのお正月休みは短い。たいてい12月30日まで仕事をして、2日から業務再開。息子達はエピファニアと呼ばれる休日まで冬休み。
学校が始まってからは毎朝、息子達を起こすために20年暮らした家へ向かう。元旦那は早朝出勤。アラームだけでは起きない子供達がバスに乗り遅れないように、鍵を開けて朝の支度のサポートをする。
昼ごはんの支度からは開放された。以前の家に残った男達3人の誰かが順番に用意することになったから。
仕事から新居に戻ると、まずひとくちビールかワインを飲む。午後にアルバイトがあってもかまわない。へべれけに酔っ払わなければ飲酒運転で捕まることはない。いい国だ。
その日食べたいものを作って、それにぴったりの飲み物を喉に流し込む。
息子達の好き嫌いや元旦那の糖尿病を考えなくていい。作る気にならなければチーズと生ハムとクラッカーをつまみにビールを飲む。
ああ極楽。
母親や妻役を演じるのも楽しかった。全力で演じきったから悔いはない。もちろん息子達にとって私はいつまでも母親。必要に応じて役割りをまっとうする。
好きなものを食べて飲んで、好きな服を着て、好きな歌を歌って、好きな本を読む。そして心ゆくまで創作する。
我慢しているつもりはなかった。環境や状況に合わせて柔軟に行動するのは得意だから。笑って暮らしていたし、楽しいことばかりだった。それでもこんなに制限をかけていたんだなあ、と知らない自分を日々再発見する。
新しい家で私は自分と乾杯する。これからもきっと楽しい人生になる。
Grazie 🎶