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『雪桜・残恋』好きになった先生の本当の顔~前編~

 狂人の瞳と純粋な人の瞳は紙一重である。その時、、私は人間が本当はどういうものか、まだ何も知らない。ただすまし顔で大人のふりした、ほんのあどけない子供だったんだと思う。その春、桜の咲き誇る中で、1日だけ雪が降った。その相反する美しさ。

 今思えばまるでそれは先生を象徴していた。暖かい春と、氷に閉ざされた世界。

1出会い

 私は当時美大生だった。たまにアルバイトで、絵のモデルをしていた。動かないのは、確かに疲れるけど苦痛まではいかなかったから。ただ友人には言ってなかったけど、お金がいいからヌードモデルもした。一部では知られていた画家で、デッサンを中心に描いていた。体をひねるポーズが多く、いつも筋肉痛になった。

母子家庭で育った私は、田舎から抜け出したくて、必死で勉強して推薦で美大へいったけどれど田舎でちやほや絵がうまいねというレベルでは、何も通用せず、結果的に燃え尽き症候群だった。学業もやる気が起きなかった。大学では、それなりに顔の良い優しい男子がご飯食べようといってくれるのを、なぜか気乗りせずことわったり、学校生活を楽しめず、タバコを吸ってぼんやりしていることが増えた。コンビニで、バイトしてる先輩に手を出されて一度寝てみたがとくに恋をしたわけでもなかった。ただなんとなくだった。クリムトやジムダインの絵画は相変わらず好きだったが、描くことの情熱が未だもてずにいた。講堂のパイプオルガンの演奏を聴きながら、ランチをとるのが少し物悲しい気分になるが、回りの友達とわざとはしゃがなくていい時間はなぜか癒された。

その日に美術考古学の授業があり、ぼんやり授業を受けていると、少しまわりが軽くざわついていた。どうやら教授に、答えを求められていたらしい。この建造物の時代背景は、、とうっすらと聞こえたがあまりにもぼうっとしていたため、教授と見つめ会う形となった。あきらめた彼はため息をつきながら、何事もなく授業をすすめた。

 教授は、たまに食堂で見かけたがいつも一人だ、授業でも笑わないし、遅れてレポートを出して、少し世間話をしてもにこりともしない、本当に生真面目な人だなという印象をうけていた。見た目は黒縁の目がねをかけ多分30代?ごく地味な目立たない顔の人だった。

2はじまり

 ある日、友達と絵の具を買いに町に出た。カフェでジャンボパフェをわけあい食べたあと、彼女が用事があるというので一人で本屋に入った。何か文庫を買おうと本を物色したら、どこかで見かけた顔。一瞬私服でわからなかったが、考古学の教授だった。声をかけるような仲でもないしスルーして本を探していたが、教授が移動した時、小脇に抱えていた封筒がペラリと落ちた。

「先生!」教授の脇を掴む形となった。そんなに強くつかんだつもりはないけれど、教授の眼鏡はずり落ちて落ちてしまい。運悪く、彼は眼鏡をふんでしまい、ひろいあげると曲がっていた。お互いがお互い呆然として突っ立っていた。

そのとき、ふいに教授がなぜあまりにも笑わない理由が気になったんだと思う。「先生!先生ってなぜ笑わないんですか?」彼は、まず、封筒のお礼を言って眼鏡を直しながら、「そうかな、そんなつもりはないんだけど」と小さな早口で呟いた。授業と違い、喋る声はききとれないくらい小さく、私は教授に自然に近づくことになった、眼鏡のことを謝り、弁償すると言うと首をふった。「先生ご飯一緒にたべませんか?」

その日は、なぜか沢山話したように思う。彼は良く見ると筋肉質でスーツに隠れて普段はわからなかったが、中学の時は隣町から野球のスカウトがくるくらいだったそうだ。弟は海外へいったため、いつかは、家業の工場を次ぐ可能性もあるみたいだ。ただほとんど早口で、聞き取れないしやはり笑ったりしないし、今後の教育に対する懸念や少子化に対するモンスターペアレントの話もまったく耳に入らなかった。まず声が小さくて聞き取れない、私は彼の隣にすわることにした。この日に、私から連絡先を交換した。もともと自分からあまり連絡するタイプではなかったけれど、やはり笑わない理由も気になっていた。それから私たちは時々ご飯へいった。5回目に私たちは、フラワーカフェにいった。やはり彼の声は聞こえないから近づいた。話題はお互いの家庭の話となった私は、母子家庭で育ち、母は料理ができなかったし、家出を繰り返していたし、結局厳しい祖父の家で暮らすことになり、実家は幼少期は地獄に感じたと話した。そして、彼の側の話はこうだった。高学歴の父親をもっていたが、彼は絵にかいたような、ギャンブラーだったと、趣味がそれで高給取りなのに全てそれにきえた。そして教授と母は、苦しんだのだ。まさにドラマのような極端さだった。小学生の彼が借金取りの対応をする。彼は、父の借金を返す為に、中学からずっとバイトを掛け持ちし、友達と遊ぶこともほぼ0のまま、勉強とバイトをかけもちした。大学に至っては、数個のバイトをかけもちした。それこそ黒服、居酒屋、清掃員、テレアポ何でもやった。単位を落としそうになりながら何とか教員の単位をとった。そして、奥さんと、5年がかりで最近離婚したことも知った。なんとなく笑わない理由がわかった。「先生は、本当に大変な思いしたのね、、」

「あのね、、まゆきさん、誰だって人はその人なりの地獄をかかえているんです。僕だけが大変なわけじゃありませんよ。」といつものまるで聞こえない早口で呟いた。

その時だったのでしょうか、私はすっと下腹部の力が抜ける感覚に陥った。そして気づいたのだった。

”このひとがすきだ・・”

教授は、カフェの会計を済ませて、階段を降りた踊場で、少し回りをみたそして手招きした。いつも真面目な彼が見せた可愛仕草だった。

彼は軽く屈むと眼鏡をずらして軽くキスした。5秒もないはずだが長いキスに思えた。

私は、今までのどんなキスより面食らってしまった。その行為がいままでの彼とは結びつかなかったから。

 ただ私は、そのときは、彼の本当の姿をまだ知らなかった。これから、それを話そうと思う。それを知った今でも混乱している。10年たった今でも思い出す。雪がふるたびに。あの氷のような世界を。

人間には、ジギルとハイドがいる

魂を抜くことの意味を

後編に続く

https://note.com/mikilaby/n/n27eec4ed0465


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