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都道府県がフォレスターを養成する

第1章 都道府県フォレスターのはじまり
第1節 「20140637」
今から既に10年以上前の2012(H26)年。「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げた民主党政権が「森林・林業再生プラン」を推進する一環として、日本型フォレスターを養成する「准フォレスター研修」を全国7つのブロックで開始した。
准フォレスター研修は、欧米のフォレスターをモデルにしつつ、日本の森林・林業を牽引する人材を養成しようとする新たな試みであった。ちょうどこの当時、筆者は本庁で林業普及業務を担当しており、同僚たちを研修会へと送り出す側であった。加えて准フォレスター研修を主催する関係者たちとは、これまでの仕事を通じて懇意であったことなどから、噂話も含めて各所より伝えられる研修当初の混乱ぶりに驚くとともに、その後も徐々に漏れ伝わってくる内幕を聞くにつけ、感心したり呆れたりしたことを今でもよく覚えている。
特に、全てが手探りで始まった准フォレスター研修の初年度は、研修運営側の林野庁、多士済々な講師陣や研修検討委員会の面々、そしてこれら事務局側の関係者に加えて研修生として参加した当人たちもが研修会のあり方について昼夜を問わず侃侃諤諤の議論を交わすという、PDCAサイクルが常に何処かで回転しているかのような前例のない研修会だったと記憶している。
中部ブロックの准フォレスター研修は岐阜県下呂市で開催され、筆者も研修開始2年目に参加することとなった。研修の詳細やその評価については別の機会に譲るが、研修に参加した当事者として一言だけ感想を述べるのなら、 「荒削りな研修会ではあったけれど、地域の林務行政を担う仲間たちと過ごした時間はまさにプライスレス」だった。
振り返ってみれば、この准フォレスター研修はフォレスターとして活動するために必要な知識や技術の研鑽を図るのみならず、フォレスターとしてのマインドを錬成するためにも、参加する価値は十分にあったと考えている。
そしてこれを機に、近隣県とはいえ、これまで林野庁の担当者会議程度でしか顔を合わせることの無かった仲間たちとの交流が始まり、有難いことにそれは今もなお続いている。
筆者は2006(H18)年度を最後に、それ以降、一度も林業普及指導員としての辞令を拝命していないが、それにもかかわらず仕事においてフォレスターとしての立ち居振る舞いを強く意識するようになったのは、筆者のフォレスターとしての原点がきっとこの准フォレスター研修にあるからだろう。
そして冒頭8桁の数字は、筆者の森林総合監理士(通称、日本型フォレスター)の登録番号である。

第2節 都道府県庁にみる「森林総合監理士」の理想と現実
かつて日本中の林業関係者が「森林総合監理士」の誕生に心惹かれた。筆者もその一人であり、これからの日本の林業は、欧米のように環境と経済を高度にバランスさせながら発展していくのだろうという、全く根拠のない薔薇色のイメージを抱いていた。
2024(R6)年3月末現在、約1,700人の有資格者が林野庁のホームページで公開されているが、森林総合監理士の太宗を占めるのは全国都道府県庁の林務職員であり、このうち岐阜県を活動エリアとする者(全国を活動可能地域とする者を含む)は、現在、全国のおよそ1割を占める125人(うち岐阜県職員は49人。県職OBを含めると県関係者は63人)となっている。
なお、森林総合監理士とは、林業普及指導員資格試験の試験区分「地域森林総合監理」に合格した者を指すが、都道府県職員の場合、林業普及指導員(地域総合監理)の有資格者が「林業普及指導員を命ずる」という辞令を各都道府県知事より拝命すると、晴れてフォレスターの立場で活動することになる。
従って、全ての有資格者が必ずしもフォレスターのポジションで日々業務に従事しているわけではなく、むしろ補助事業の執行管理など、全くの分野外を担当業務とする「隠れフォレスター」の方が多い。
また、森林総合監理士の配置人数の多寡は都道府県別の森林面積とは比例せず、最も森林面積が多い北海道庁がホームページで公開している2023(R5)年4月現在の林業普及指導員(主任普及指導員を含む)は合計120人であるのに対し、森林面積が国内第5位の岐阜県では28人、同第25位の和歌山県では37人(林業革新支援専門員を含む)が林業普及指導員として活動している。
ちなみに岐阜県の林政部関係職員数(2023(R5)年4月現在の森林科学・林業職。事務職を含まない)はおよそ260人であるから、フォレスターとしての活動実態は組織の僅か1割程度に過ぎず、有資格者の大多数は圧倒的に潜在的なものであることが容易にご理解いただけると思う。
余談ではあるが、岐阜県における林業普及指導員の年齢層は20代から50代に至るまで幅広い。少数精鋭とはいえベテラン勢もいることから守備範囲の広さを好ましく感じる向きもあるが、ここでも日本の森林資源に似て齢級構成は徐々に高齢化してきており(図1)、平均年齢は50歳に少し足りないくらいである。そして稀な事例ではあるが、過去には50代になって初めて林業普及指導員の辞令を拝命した職員もいる。残念ながら、そこには長期的展望に基づいた人事戦略は感じ取れそうにない。

なお、林業普及指導員の主な仕事は、林業関係者や一般県民等からの多様なニーズに応じて行う地域の森づくりに必要な知識や技術の普及であるが、2004(H16)年の「三位一体の改革」によって普及指導事業に関する交付金は激減し、普及担当職員数も半数近くに削減されたことで普及対象との乖離が進展するという悪循環が生じ※1、かつてのような地域に密着した普及活動を展開することが難しくなった。
そして今や同じ事務所で机を並べる林業普及指導員同士ですら、日々の普及外業務に追われ、現場で求められる様々な技術について議論するという光景はほとんどお目にかかれなくなった。※2
繰り返しとなるが、多くの時間と費用を投じで養成された森林総合監理士の太宗を占めるのは都道府県庁の職員である。これから日本の森林がさらに豊かさと魅力を増していくためには、都道府県フォレスターたちが今、何をなすべきか真摯に考える必要があるだろう。

第3節 我々が目指すフォレスターは「あの人」
読者も周知のとおり、2013(H25)年5月の岐阜県とドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州との「エネルギーや森林・林業に関する学術交流のための覚書」、2014年(H26)年11月の森林文化アカデミーとロッテンブルク林業大学との「教育連携に関する覚書」など、岐阜県ではドイツを中心に中欧諸国の林業関係者と親密な交流を重ねてきた。
これまでの主な交流実績としては、2011(H23)年にドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州の現場フォレスターたちを招いた将来木施業や屋根型の道づくりに関する研修会の開催(2012(H24)年・現代林業1月号ほか)などがある。 また、2012(H24)年からは、スイス・チューリッヒ州より、広葉樹施業に造詣の深い現場フォレスターを招き、育成木※3施業や広葉樹の収穫作業、豊かに暮らし続けるための森づくりの哲学などを学んでいる(2012(H24)年・現代林業11月号ほか)。
こうした背景により、岐阜県の林業関係者には、フォレスターといえば「あの人」という具体的なロールモデルがあった。筆者らは彼らとの交流を通じて、目指すべきフォレスター像や果たすべき役割がかなり明確であり、健全で豊かな森づくりのためにはフォレスターの存在は欠かせないことを確信していた。だから森林・林業再生プラン華やかなりし頃に頻りと交わされた、施業プランナーとの違いを殊更に強調してみせることや、フォレスターの立ち位置が官か民かを問うこと自体がナンセンスという意見が筆者の周りには多数あったことをよく覚えている。

第2章 民間フォレスターへの期待と課題、そして大いなる反省
第1節 岐阜県独自のフォレスター制度「岐阜県地域森林監理士」

欧州のフォレスターは自宅から程近い森林を長期にわたって管理することが一般的だが、日本の行政フォレスターは、居住地に関係なく数年単位で勤務地の異動を繰り返す。職員のキャリアパスや家庭の事情、組織としての人材育成方針等が複雑に絡み合うため、フォレスターに関する人事がかなり難しいことは既に明白だが、実は解決策も極めて明瞭で、想定される主な対策は次の3つくらいしかない。
1.人事異動を伴わない専門職員の配置
2.人事異動により活動の方針や方向性にぶれを生じないワークスタイルの
 構築
3.人事異動とは無縁の外部人材の活用
しかし、これらの対策はどれも、今の都道府県庁にとっては「言うは易く行うは難し」なのである。あくまで組織内部から眺めた感覚、しかもそれは比較論に過ぎないが、他の行政課題と比較考慮した場合、一般的に森林・林業に関する様々な課題は我々関係者が思うほどにプライオリティが高いと認識されてはいない。
そしてそれ故に後述する奈良県の取り組みが、筆者らにとっては相当にエポックメーキングな出来事であったということもご理解いただけるのではないだろうか。
岐阜県はスピードと実効性を直視し、現実と折り合いをつけながら、常に最善を目指す方式を採用することとした。それはとりもなおさず、地方分権が時々刻々と進み、権限と責任が増す一方の市町村林務行政を迅速にサポートするため、また、定期的に異動せざるを得ない行政フォレスターを補完する頼れるパートナーを地域に見出すため、そして何より、ローカライズされた専門的知識を駆使して地域の森林を長きにわたって監理しうる人材が、一刻も早く必要であるという関係者共通の理解があったからである。
そして様々に検討・議論を重ねた結果、実務経験が豊富な外部の人材を積極的に活用することが、遠回りではあるが最も確実性が高いという結論に到達した。なんとも迂遠な話に聞こえるかもしれないが、森林監理に必要な知識や技術、経験を起点に合理的に考えると、その当時はこれが自然な帰結であり行政のリアルであった。
2016(H28)年、岐阜県独自の取り組みとして「岐阜県地域森林監理士(以下、地域森林監理士)」に関する制度設計が本格的に始まった。奇しくも同じころ、国が市町村の森林・林業行政を直接支援する地域林政アドバイザー制度を開始したことは、地域森林監理士誕生の追い風となった。
地域森林監理士制度の創設・運用に関する役割分担としては、本庁所管課が予算要求を含む制度の全体設計を、具体的な人材養成の仕組みづくりに関しては森林文化アカデミーがそれぞれ担うこととなった。
そして当時、森林文化アカデミーに在籍していた筆者がチームリーダーとして任命され、カリキュラムやシラバス等の人材養成に関する具体的な内容を検討することとなった。

第2節 地域森林監理士の養成目標と登録人数
近年、市町村における森林行政の重要性は益々高まり、実務面で市町村職員をサポートする人材が強く求められるようになった。そこで岐阜県では、森林の管理及び経営に関する一定水準の知識、技術を有する者を地域森林監理士として認定・登録することで、地域が主体となった森づくりの体制を強化することとした。
第3期県森林づくり基本計画(2017(H29)~2021(R3))には、5年間で15人の地域森林監理士を養成するという数値目標が掲げられた。県林政にとってのマスタープランである基本計画に掲げる目標数値としては些か控えめに感じられるかもしれないが、目指したのは量より質。この人材には、それだけ大所高所の立場で活躍してもらうことを期待した訳である。
2024年(R6)年3月末現在、36人の地域森林監理士が誕生した。このうち6人は森林総合監理士の資格も有しており、さらにこの6人のうち3人は県職OBでもある。
この資格制度が始まって2024(R6)年で8年目を迎えたが、制度設計者側の予想以上に実績と成果を積み重ねている事例もあれば、残念ながらまったくの期待外れとなってしまった事例もあり、その評価はまさに玉石混交である。

第3節 地域森林監理士の活動状況
本稿を執筆するにあたり、本庁所管課、森林文化アカデミー、県から業務を受託した団体に対し、地域森林監理士の有資格者がどのような分野で活躍しているのかヒヤリングを行った。
その結果、森林環境譲与税の活用本格化に伴い、主として森林経営管理制度に関連した業務、例えば意向調査後の現地調査や森林境界の明確化、それらを踏まえた整備方針の立案及び提案等、その多くは市町村にとって嬉しい、きめ細かな業務支援に従事していることが明らかとなった。
このほか幾つか特徴的な事例を挙げると、住民ニーズが高い各自治会からの里山林整備に関する要望の順位付けや市有林の管理方針を検討した事例など、森林・林業に関する専門的な知識を根拠に市職員の業務を一部代替する事例、会計年度任用職員として市役所に勤務する傍らで、県内の市町村林務職員を対象にQGISの操作実技研修を主催した事例、複数の市町村が連携する協議会が地元の森林組合に勤務する地域森林監理士を雇用し、市町村における林務行政全般について広くサポートを受けるという事例、このほか市有林の伐採に関する技術指導や森林組合の木材生産班を養成するという事例等もあった。
このように市町村林務行政の専門性を補うという趣旨はおおむね共通していたが、当然ながら各自治体によって地域森林監理士の活用方法は千差万別であった。
以上の結果を踏まえてさらに考察してみたところ、やはり活動が活発な地域森林監理士は全て活動するエリアが属地的かつ長期的であった。そもそもフォレスターは地域に密着した存在なのだから当たり前のことではあるが、この点はもっと意識すべきポイントだろう。
他方、あまり活発に活動できていない側の理由としては、地域森林監理士のほとんどはフリーランスとして活動しているわけではなく、どこかの組織に所属しているため、所属組織の管轄エリアを超えて活動することは難しいというものがあった。
また、森林組合に勤務する有資格者からは、通常業務との棲み分けが難しいという声も聞こえてきた。
このほか、自身の本業が多忙であるが故に、地域森林監理士の業務にまで手が回らず活動実績はゼロという事例もあれば、地元人材の雇用にこだわり過ぎた結果、地域森林監理士の得意分野と市町村の期待がミスマッチを起こしてしまい、期待した成果が得られなかったという事例もあった。
また、県より市町村支援業務を受託した団体の担当者にヒヤリングしたところ、NPO法人の代表を務める地域森林監理士は「この資格を取得したことにより、県単独の補助事業(岐阜県地域森林監理士活用事業)が活用できる」、「活動に対する財政的な支援が講じられたことで、自身を市町村へ売り込みやすくなった」という点を特にメリットとして感じているとのことだった。
近年では、事務手続きの煩雑さから公的補助事業の活用を敢えて敬遠する向きも増えつつある中、月並みではあるが、資格取得と紐づいた補助制度を創設したことが新たな仕事を得る機会の創出に繋がっており、これもまた示唆に富むコメントの一つと言えるだろう。

第4節 地域森林監理士養成研修
地域森林監理士となるためには岐阜県が実施する認定試験に合格する必要がある。そして、希望者には資格試験に備えるための研修機会が設けられている。
この研修で学ぶ内容は、国外情勢に始まり、国や県の政策、倫理・法令等、森林計画、林業経営、路網整備、防災、木材利用、バイオマス利用、木材流通、地域課題等々、多岐にわたっている。(表1)

表1

前述したように、カリキュラムやシラバスの作成については森林文化アカデミーを中心に県森林研究所の教職員を交えて研修検討委員会で議論したが、研修の開催方針については、筆者がスイス林業の視察で学んだ少数精鋭での開催方式を真似ることに拘った。
例えば、5人が参加する研修会で5人全員が納得するのと100人が参加する研修会で5人が納得するのでは、同じ5人であってもその後の結果は全く異なる。
厳選された人材に対して凝縮された研修機会を与える方が参加者の納得感は高く、かつ相互の親近感は増し、それ以降の連帯感の持続や学んだ知識や技術の外部への発露欲求が高まるのは自明だからである。
しかしながら、実働状況はともかく目標とした所期の養成人数を達成したこともあり、特にここ数年は研修受講者が減少傾向にある。とりもなおさず頭数の確保を目的に地域森林監理士を養成しているわけではないため特段問題視する必要はないのだが、こうした実態を踏まえ、組織内部では研修会の開催を隔年にしてはどうか、さらには県独自に資格を運用することの是非についても意見が分かれ始めている。
しかし、研修参加者が少ないのには必然の理由がある。それは地域林政アドバイザーとは異なり、地域森林監理士の研修は全16回・約90時間という長期にわたる参加を求めるため、物心両面で参加のハードルはかなり高い。そこでこれを少しでも緩和しようと、既知分野に関する研修ついては、自己申告により研修受講を免除できる配慮の仕組みが設けられている。
さりとて各分野に一家言ある魅力的な講師陣から少数精鋭でじっくりと学べる機会というのは滅多にないチャンスである。極端な場合、ほぼマンツーマンでの講義となることから、自らの疑問点などを講師と密に納得いくまで議論できるため、参加人数の多寡について賛否両論はあるものの、実は研修参加者の満足度は却って高い場合もあるようだ。
ただし、せっかくの機会を活かそうと、参加者の少ない講義を中心に林業普及指導員等の参加も認めるなど、できる限り門戸を開いて一人でも多くの関係者が知識のアップデートを図る機会の充実も検討され始めている。
なお、地域森林監理士に対しては、市町村林務行政の支援に必要な最新情報や能力向上に関するフォローアップ研修が別途設けられているほか、自己研鑽の取り組みや森林・林業に関する専門家としての活動実績を岐阜県地域森林監理士CPD制度の単位として認定する仕組みも導入されており、それらの実績を公開することで市町村等による地域森林監理士の活用を促進している。※4
ちなみに同CPD制度は、地域森林監理士の継続的な資質向上と活用促進を図るため、2021(R3)年度に創設された。単位の認定申請は年2回(9月、3月)あり、認定された単位は登録台帳や地域森林監理士ごとに作成される紹介票に記載し、一覧表としてインターネットで一般公開されている。
なお、研修内容については常に評価改善が行われるべきものであることに誰も異論はないだろう。そこで研修開始に合わせて外部有識者(学識経験者、民間有識者、地域行政)の男女2名ずつ合計4名で構成される岐阜県地域森林監理士養成研修運営委員会が研修開始に合わせて設置された。
しかし残念なことに、事務局側が人事異動を繰り返したことにより当該組織設置の必要性や意図が上手く伝わらず、研修開始3年を経過した時点で同委員会は廃止されてしまった。今から思えば、外部評価委員会の設置については研修開催とセットで恒久的なものとする仕組みにしておくべきだったが、委員会なき今、客観的な評価をどのように得ていくのかは今後の課題である。
当時は兎に角、早く制度を作って運用しろという雰囲気が支配的であったとはいえ、近年の激動する森林・林業を前にしても、養成研修のカリキュラムやシラバスが研修開始当初と然程大きく変わっていないことを鑑みれば、これは大いに反省すべきであろう。

第5節 認定試験と登録
地域森林監理士の資格を取得するためには、前述したカリキュラムの中から必要な単位数を満たすだけの研修を修了、若しくは一次試験(筆記:選択式)で所定の点数以上を取得したのち、二次試験(筆記:小論文、口述:面接)、岐阜県地域森林監理士認定審査会での認定審査を経る必要がある。(図2)
試験問題の難易度は研修に参加すればおおよそ回答可能なレベルと言われているが、過去、養成研修には全く参加せず、いきなり受験して合格した者はいないそうだ。

図2

出題の範囲が多岐にわたるということもあるだろうが、それなりの知識レベルを求めていることの証左と言えるだろう。
なお、地域森林監理士の受験資格は、岐阜県在住者または岐阜県在勤者に限られ、このうち養成研修修了者、認定森林施業プランナー、森林総合監理士、技術士(森林部門)などいずれかに該当する者とされている。
また、同審査会は県条例に基づく付属機関であり、男女3人ずつの合計6人で構成される。審査に関しては個人情報に該当する情報が明らかになることを理由に非公開で開催されている。

第6節 地域森林監理士の今後
今回のヒヤリング結果により、人数は少ないながらも地域林政をサポートする人材たちが誕生し、着実に実績を積み重ねていることが明らかとなった。
これは県が制度創設時に思い描いた人材像に合致するものであり、素直に喜ばしいことである。なお、県関係者へのヒヤリングによれば、今後、地域森林監理士に活躍してもらいたい方向性として、多忙な市町村の林務全般をサポートする活動はもとより、自らの専門知識を積極的に生かせる地域のニーズに合致した活動、例えば森林GISの活用方法の指南などを期待したいとのことだった。
筆者としても、個々の特徴や強みを生かした活動を通じて地域森林監理士がそれぞれの活動エリア内における人材・情報のネットワークハブとなり、やがて近隣ハブ同士が重なり合い、より広域的な地域間交流へと発展していく存在となることを期待したい。そしてその際の交流の場が現地現物主義を標榜する森林文化アカデミーであれば、尚更それを素晴らしいと思う。
他方、同じくヒヤリングの結果からは、「資格取得が給料や待遇の改善には繋がっていない」という点が課題として幾度となく指摘された。たしかに地域森林監理士の有資格者となっても、組織内での立場が変わるわけではない。自らの努力によって獲得した専門知識を活用している以上、それが報酬に反映する、あるいは何某かの待遇改善に繋がることを期待したいという欲求は極めて真っ当な指摘だろう。そして県に対しては「この現状を改善するため、県からもっと関係各所に働きかけてもらいたい」という彼ら/彼女らの切実な願いも聞こえてきた。

【コラム】 君の名は「森林経営診断士」? -名称決定までの秘話-
県関係者の中でも、この事実を知っているのはもはや極わずか。
実は当初、地域森林監理士の名称は「森林経営診断士」でほぼ決まっていた。しかし、名は体を表すのであれば、この人材は何を目標にどのような判断材料を以て森林の経営を診断するのか、当時の浅学な筆者らにとっては理解することが難しかった。そこで名称の発案者に名前に込めた意図を尋ねてみたところ、どうやら中小企業診断士のような活動を念頭に検討された名称であることは理解できた。次にその人材が診断した結果を用いてどのように市町村をサポートするのかと重ねて問いただしてみた。しかしそこから先は余り納得のいく回答はどうしても得られなかった。このため名称に関する議論は振出しに戻り、改めて名称を検討することとなった。
当時、筆者が思いつくままに無い知恵を絞って捻り出した候補名のほとんどは、今や遥か記憶の彼方である。それでも「岐阜県フォレスター」という何のひねりもない、しかし、ある意味、王道的なものを含め、捨て案を30個ほど考えたことはよく覚えている。
その後、これらの候補名をもとに組織内部で捨て案について真面目に議論した。今風に言うなら「Bullshit Jobs(クソどうでもいい仕事)」だったかもしれない。そしてひとしきり意見を述べ合い、そろそろ皆も疲れてきた頃合いを見計らって、筆者はそれまで敢えて提示していなかった「地域森林監理士」という、これまた何のひねりもない、しかし真正面からは否定することが憚られる名称を提案した。身も蓋もないことを言えば、当時は「地域森林」という言葉遣いが流行っていたのである。
すると、出口のない議論に辟易していた同席者らは、ここぞ渡りに船とばかり直ぐさま賛成の意を示した。そしてその場の最上席者からは「なるほど、これにしましょう。そして地域森林監理士がある程度の経験を積んだ暁には「総合」という文字が加わり、「地域森林総合監理士」になるということでどうでしょうか。」というまさしく大人の裁定が下され、以後、県が養成する民間フォレスターは「地域森林監理士」という名称でオーソライズされることとなったのである。
以上が名称決定にまつわる秘話であるが、信じるか信じないかはあなた次第である。

第3章 大切なのはフォレスターマインド
第1節 民間フォレスターの今

今、全国各地を見渡せば「自称、フォレスター」を名乗る人たちが新たなビジネスチャンスを求めて活躍の場を広げつつある。もし何処かの誰かに「彼ら/彼女らはフォレスターだろうか?」と尋ねられたのなら、筆者は一瞬の迷いもなく「ああそうだ。彼ら/彼女らはフォレスターマインドを持っている」と答えるだろう。
しかし、彼ら/彼女らが活躍する姿は、森林・林業再生プランが夢見たフォレスター像とは些か異なる。厳密に言えば、彼ら/彼女らはフォレスターマインドを持つフォレスター仲間ではあるものの、いわゆる新たな林業コンサルタントや、これから林業を生活の糧とすることを志向する人たちである。
あの当時、筆者らが思い描いたフォレスター像は、専門的な知識や技術の具備を前提に、地域の森林・林業が目指すべき将来像を提示して地域の関係者を牽引していくことのできる人材ではなかったか。そしてなにより、その地に暮らし長きにわたって地域の森林に関わり続けられる人材ではなかったか。
もちろん各地域が求める人材像は千差万別であり、地域林業の姿かたちも様々であるから現に各地で活躍している人たちを否定するつもりなど全くない。むしろ多様性があることこそ必然だと思う。しかし、宇沢(2000)※5が指摘したように、社会的共通資本である森林は、「それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門化集団により、専門的知見と職業的倫理観にもとづき管理、運営される」とすれば、個々人にどれほど意欲があり有益と思われる研鑽機会を積み重ねてみても、それは梯子の付け足しとなる恐れを払しょくすることが困難であるからして、理想のフォレスター像には遠く及ばない。人材育成に途方もない時間と費用を惜しげもなく投資できるのであれば話は違ってくるだろうが、果たして今の森林・林業界にその選択肢を積極的に選ぼうとする者がいるだろうか。
そして今後、ビジネスとして森林を活かす「プロフェッショナル」なフォレスターを標榜していくのであれば、経験則に恃むのではなく十分に検討を重ねた体系的な教育システムの下で、将来、フォレスターになることを志向する仲間たちと肩を並べて共に学ぶ時間は必須だろう。
官民問わず、フォレスターが目指す北極星は、それほど簡単に手が届く場所にはない。

第2節 行政フォレスターの今
それでは行政フォレスターたちは、森林総合監理士の資格を余すところなく活かした申し分のない活動をしているか?と問われたならば、残念ながらこちらもほぼNOと言わざるを得ない。もちろん人事において職員配置と資格取得がリンクしていないという議論は制度創設以前よりあり、その課題が改善されていない以上、やむを得ないともいえる。そして資格を有していることの直接的なメリットが無く、医師や弁護士のように法律に基づく業務独占資格化が極めて困難であることもそれを後押しする要因といえる。
しかし、地域森林の将来を規定する市町村森林整備計画に対し、森林総合監理士は学識経験者の立場で意見を述べることができる。
例えば筆者は、この仕組みを活用し、地場産業である養蜂業の支援を通じて林業を振興するため、ひいては経済的にも環境的にも豊かな地域づくりの実現に向けて、フォレスターとして市町村森林整備計画に蜜源樹木の積極的な保全を盛り込むよう働きかけた。

第3節 行政フォレスターはバウンダリー(境界線)な場所でこそ真価を発揮する
筆者はかつて東濃ひのきの産地の一角を占める岐阜県東濃農林事務所に勤務した。国内最高気温を記録したこともある陶磁器の産地として知られる岐阜県多治見市に事務所を構え、東濃3市を管轄する県現地事務所である。
東濃地域は近代養蜂発祥の地とされる岐阜県の中でも養蜂業が盛んな地域の一つであるが、これまで林業と養蜂業が連携した取り組みは皆無であった。そのような中、隣県に本社を置くN社から、同社の社有林活用について本庁に相談があり、これが切っ掛けで林業と養蜂業が連携する新たなプロジェクトを走らせることとなった。
同社の意向は「昨今のSDGsや地球環境への関心の高まりを受けて、弊社の社有林を活用して何か社会課題の解決が出来ないか。可能であれば未だ何処も取り組んでいないような、新しい森林関係の社会貢献をしたい」というものであった。
当初、N社は県庁と直接相談していたのだが、同社の期待に真摯に応えるには現場レベルでのやり取りが好ましいという判断から、社有林が位置するエリアを管轄する筆者の事務所に対し、「森のことは森で決めましょう」とバトンが渡された。
そこで筆者は行政の人事異動で繰り返される毎年の初期化を極力排除するため、これまでに培った人的ネットワークを生かし、この新たな取り組みを推進できるであろう民間コンサルタントに協力を仰ぐこととした。同時に、森林科学の分野に籍を置く者として技術的に根拠のあるプロジェクトを推進するため、学識経験者や公的試験研究機関にも協力を依頼した。
また、正直な話として、当時の筆者は各種学会への参加経験を通じて養蜂業界に様々な課題があることは承知していたが、現地の養蜂事業者に関する情報は全く持ち合わせていなかった。しかし幸いなことに筆者の勤務先は農林事務所であり、同じ職場内には畜産行政(蜜蜂は家畜扱い)を預かる担当者がいた。このため基礎的なことについて効率よく教示してもらうことができ、また地元の養蜂組合を通じて養蜂事業者を紹介してもらうことができた。このほか養蜂器具や蜂蜜、ローヤルゼリー等の製造・販売を手掛ける県内企業や実際の森づくりに協力が得られそうな管内の林業事業体を訪ね、取り組みの趣旨を説明するとともに参加協力を打診したところ、いずれからも快諾を得ることが出来た。そして最後に地元M市長とN社幹部が面談する機会を設け、林業分野から養蜂業を振興しようとする活動について理解を求めた。
プロジェクトを正式にキックオフするにあたっては、N社、地元養蜂組合、市、県の4者が名を連ねる協定を締結するとともに、関係者が情報を共有し活動方針や具体的な内容を検討し、林業や養蜂業を共に学ぶ場として円卓会議を新たに設置した。
生憎とコロナ禍の真っ最中であったため対面での協定締結式は叶わず、マスコミ等への露出は控えめであったが、一部の業界機関紙には大きく取り上げていただいた。※6
2024(R6)年9月現在、円卓会議で議論された事業計画に基づき、N社の社会貢献関連資金によってプロジェクトは着々と進んでいる。既に社有林内で採蜜された蜂蜜がN社内で販売されたほか、公道から社有林へのアクセス道の整備が進められている。さらには環境省の「自然共生サイト」にも登録され、同社有林では、今後も地域固有の生態系を保全しつつ、養蜂事業、社員と地域住民らによる森づくり活動や自然観察会等が予定されている。

第4節 フォレスターは必然性を見える化する
このプロジェクトはいわゆる「企業による森づくり活動」であり、全国の誰もが直ぐにでも取り組むことが出来る。何も特別なことではない。ただ企業側の意向により、他社の活動には見られない何かしらの新規性を前提とすることが求められたため、地域の環境と経済を豊かにすることを目指して林業が養蜂業を支援する新たなプロジェクトを提案し、企業や地場産業、そして地域行政の三方それぞれにメリットや必然性の理解を促す工夫を凝らしたのである。
そしてこのプロジェクトには三つの期待が込められている。
一つ目は、社有林に新たな環境的価値を創造(あるいは「見える化」)することである。自然に近い形で管理されてきたと言えば聞こえは良いが、要するに放置二次林だった社有林を養蜂振興法を順守したうえで地域の養蜂家に開放し、かつ地場産業である養蜂の振興に資する観点から林業関係者が地域の自然条件に合致した樹木を選び、必要な場合に限り新たに蜜源となる樹木を植栽する。なお、釈迦に説法だが、その際は既に小山(2009)※7が同趣旨のことを指摘するように、採蜜を重視するあまり種の攪乱を助長しないことが必要である。そして成長及び受光環境を確保するための樹木の抜き伐りなどを行うことで、養蜂にとって望ましい蜜源樹木の成長を促進するとともに、環境的には多種多様な森林の維持・増進を通じた生物多様性の向上を期待する。
例えば、東濃地域ではソヨゴ(モチノキ科モチノキ属の常緑広葉樹)は養蜂家にとって蜜源樹木として有用な樹種であるが、林業関係者にとっては建築・家具用材としては利用されず、むしろスギやヒノキなど植林した樹木の成長を妨げる不要な競合樹種の一つと認識されるため、林内に伐り捨てられる場合が多い。この取り組みでは、このような蜜源樹木を積極的に保護し、種の攪乱等に留意しつつ夏枯れ(夏の蜜源枯渇期)対策等の必要最低限だけを植栽する方針である。
既にお気づきのとおり、ここで行っているのは森づくり以外の何物でもないが、現状、フォレスターが一義的に活躍を期待されている林野行政の外側にある世界である。しかしこうして従前とは異なるアプローチによって地域の森林に新たな価値を見出し、自身が構想する地域の将来像の一端を実現しようと、複雑に絡み合う利害関係者の理解を促そうとする行為は、まさに行政フォレスターならではの醍醐味ではないだろうか。
また、二つ目の期待としては、異業種間でのワークシェアリングが挙げられる。業務繁忙期の都合で必ずしも適期とは言えない養蜂家による蜜源樹木の植栽を、林業関係者が業務として請け負うことにより、適期の植栽が可能になるとともに地域内に新たな雇用が創出される。さらには地元産花木の生産振興にもつながることから、林業経営が針葉樹人工林のくびきから解き放たれ、ひいては新たな広葉樹林業のビジネス化を後押しすることに繋がるのではないだろうか。
そして三つ目は、地域の実情に寄り添う再造林対策の強化である。
これを以て対策の太宗を担うことは難しいものの、収益性の低下を理由にスギやヒノキを再び植えずに放置する森林の増加が懸念される中、蜜源樹木という新たな選択肢を森林所有者に提示することができれば、木材の生産を主とする経済林の設定に固執しないゾーニングが可能となり、森林の荒廃を少しでも抑制するのみならず、新たな収入源の確保や生物多様性の向上に資することも期待できる。

第5節 業界を繋ぐ行政フォレスターの役割
本県及びM市では、このプロジェクトに先行して、森林管理に関する計画に養蜂振興に資する取り組みを位置づけている。(表2-1、表2-2)
蜜源樹木の多くは中低木に分類されることもあり、高木性の樹種を対象とする森林整備関連の補助事業はこれまで積極的に活用されてこなかった。しかしM市はこの取り組みにより、森林環境譲与税の活用を含め選択肢の幅を広げることが可能となった。
そして、M市を始め管内市の森林整備計画の変更に際しては、筆者は県現地事務所の管理職ではなく、学識経験者(森林総合監理士)の立場で同計画に上記内容を追加するよう各市に意見具申した。
これは東濃エリアの林務行政を統べる立場ではなく、フォレスターとして意見する方が意義がある(そもそも県と市町村は同列の立場である)と考えたからである。

表2-1
表2-2

第6節 重なり合う領域で
林業には主伐・再造林や資源の循環利用、担い手の確保等々の様々な課題があり、養蜂業にも、病害虫の増加や高齢化等による担い手不足、趣味養蜂の増加による蜂場をめぐるトラブル(蜜源の競合)等々がある。こうしてみると、日ごろは余り交わることの無い両分野は同じ森林を活動領域とするだけに、類似の課題を持っていることが良く分かるだろう。
国内には、経済性を理由に管理が行き届かず、自然推移に任されてきた森林が多いのは公知のこと。だからといって兎にも角にも森林経営管理制度でなんとかしようと頑張ってみるのも正直苦しい。
今回の取り組みは未だ緒に就いたばかりではあるが、誰もが共感可能なストーリーとすることで、業界を超えた連携を軽やかに実現し、他方で林業界は既存のルールや資金に縛られない「新たな世界」を掌中とした。
大所高所な立場から地域を牽引することが求められるフォレスターが、森林経営管理法を念頭に置きつつも、ほんの少しだけ視野を広げ、こうしたアプローチの方法にも関心を寄せることができれば、日本の森林はより魅力を増し、真の意味で林業を地域のエンジンとすることが可能になるのではないだろうか。

第4章 都道府県フォレスターのこれまで、そしてこれから
第1節 国家資格を持たない役職としてのフォレスター

実物を見たことの無い人にはイメージし辛いかもしれないが、スイスには国家資格を持たない「役職としてのフォレスター」がいる。彼ら/彼女らは州政府に雇用され、各地域の森林を管理する現場フォレスターたちをサポートすることが主な仕事である。筆者がかつてリサーチしたチューリッヒ州の場合、7つに区分けされた各地区を彼ら/彼女らは所管することから「地区フォレスター」と称されていた。※8
いわゆる森づくりや木材販売のプランニングなどに従事する市町村の現場フォレスターと同じ国家資格は持っていないため「役職としての」と称されるが、チューリッヒ工科大学等で林学を修めた人材であり、必要な知識は十分に学んでいる。
地区フォレスターの主な役割は、州政府の政策を迅速かつ丁寧に現場へ伝えるほか、担当地区に所属する現場フォレスターや森林作業員に対して、どのような再教育の場が提供可能なのか等々について、現場と対話しつつアドバイスしていくことだそうだ。
筆者のリサーチ結果によれば、7つの地区それぞれで年間5回ほど、全ての現場フォレスターを集めて旬な話題に関するミーティングを行っていた。
例えば筆者がヒヤリングした時には、最近の主な再教育のテーマとして、林業機械による土壌の踏み固めが及ぼす影響、貴重な動植物の保護、気候変動、フォレスターが採用すべき経営戦略などが例示された。
学ぶテーマについては、地区フォレスターが自らテーマを設定する場合や、現場フォレスターたちが学びたい事柄を互いに話し合い設定する。地区フォレスターはその意向に基づき最適な講師をコーディネートする。このほかにも、現場フォレスター同士で相互に現場を訪問し、新しい集材方法などを学び合う際のコーディネートも行うそうだ。
これを聞いて筆者が感じたのは、国は違えどやっていることは日本と全く同じ構図ということである。外部の専門家を招いた研修会の開催などは、都道府県職員が日常的に行っている業務そのものではないだろうか。
そうであれば、都道府県のフォレスターたちが目指す一つの姿としては、この地区フォレスターになるのではないか。地域の森林組合や林業事業体に勤務する施業プランナーやオペレーターなどを対象とする研修機会を設けるのが都道府県フォレスターの役割というのは、誰もが理解しやすい構図だろう。
筆者はスイス林業のリサーチで、このような立場で活躍する地区フォレスターに出会った。それ以降、筆者はどちらか一方に偏ること無く関係者の中間領域に立ち、かつ双方の領域を常に行き来することを心掛けてきた。筆者のことを良く知る識者諸賢は腑に落ちる方も多いのではないだろうか。

第2節 奈良県フォレスターアカデミーへの期待
森林・林業再生プラン当時、全国の林業関係者たちが思い描いていたフォレスター像に合致する、あるいはそれに近しい人材は、筆者が知る限りにおいて未だ極わずかしか登場してはいないことを前述した。しかし、奈良県にフォレスターアカデミーが設立されたことで、その課題はこれから解決に向けて一気に加速していくのかもしれない。
奈良県フォレスターアカデミーの詳細な説明については別の機会に譲るが、奈良県は2015(H27)年にスイスのベルン州と友好提携に関する協定を締結し、翌2016(H28)年にはスイス・リース林業教育センターと友好提携に関する覚書を締結した。そして2020(R2)年度の採用試験において、同県は「森林管理職」枠を新設した。
採用された職員は、2021(R3)年度に開校した奈良県フォレスターアカデミーで2年間にわたる研修を経たのち、派遣を希望する県内市町村とのマッチングを経て原則定年まで勤務することになる。
そして2023(R5)年度より、奈良県フォレスターアカデミーの卒業生が、奈良県職員として7市町村(五條市、吉野町、黒滝村、野迫川村、十津川村、川上村、東吉野村)に、翌2024(R6)年4月には新たに2市村(御所市、山添村)にそれぞれ1人ずつ派遣され同地の森づくりに携わり始めた。そして2025(R7)年4月には、派遣される職員は総勢15人となる予定だ。※9
これらの職員は「奈良県フォレスター」と呼ばれ、県職員と市町村職員の身分を併任する。主な担当業務としては、伐採届に関するものや市町村森林整備計画に関するもの、このほかには施業放置林の整備に関するものなどがあり、関係者へのヒヤリングによれば、特徴的な取り組みとして、森林保護を目的とした狩猟団体の誘致準備、姉妹都市への木材利用促進活動などが挙げられる。
彼らはこれから定年を迎えるその日まで、基本的にずっとその場所に留まり続け、長期的に地域の森と向き合い続けることになる。地域森林の将来に対して責任を持ち続けられる行政フォレスターがついに誕生したといっても過言ではない。
奈良県フォレスターたちには、開拓者であるが故の苦労も多いことだろう。これから数限りない失敗を経験するかもしれない。しかし今はただ、森づくりのフロンティアへと漕ぎ出した彼らを見守りつつ、今後の活躍を大いに期待したい。
岐阜県では、公務員の宿命である人事異動による転勤を「林務行政の都合だけで差配するのは相当に困難な所与の問題」として検討が始まった。その結果、生まれたのが地域森林監理士であった。しかし奈良県は、この問題を軽々と超えてみせた。
もちろん、これで全ての問題が解決したわけではない。例えば県職員としてのキャリアパスを考えると、そこにはまた別の問題がのしかかる。フォレスターというポストで経験を積み重ね、誰しもが認める非常に優れた実績を残し続けたとしても、それを以て林務行政部門のトップに就任することは恐らく無いだろう。
フォレスターはあくまで現場の人材であり、どうしても権限が属人的かつ地域限定的になるのは自明のことである。フォレスター本人がそれを望むかどうかは別の話として、その点は同じフォレスター仲間としては少々気になるところだ。

第5章 おわりに
行政の仕事の究極は詰まるところ「利害関係の調整」であり、フォレスターの仕事の極致は「時間軸を意識したゾーニング」である。
フォレスターは地域における森林・林業の牽引者であることが期待される人材で、そのためには相応の知識や技術、経験などを有していることが必要不可欠となる。本人の意欲はともかくとして、研修修了によって誰もが気軽にフォレスターになれるのであれば、全国には落下傘的なフォレスターだらけになるだろうし、その行く先には再任用あるいは定年延長に伴う役職定年の公務員がフォレスターの太宗を占める世界が到来するかもしれない。だが少なくとも筆者にはそんな世界はあまり嬉しくはない。
転職にも等しい人事異動を数年単位で繰り返す人材に地域の森を任せても良いのか、という不変の議論はこれから先も消えはしないだろう。しかし異動した先で様々な経験を積むことで得られる経験値はきっと、地域の森をより豊かなものへと変貌させる可能性を秘めているとも言えるだろう。
いずれにせよ、当面の間、奈良県以外の都道府県フォレスターたちは、異動を所与のものとして地域の森を観る大局観を養うしかない。しかもこれからは生態系サービスの高度化を起点として、経済性や公益的機能を損なわない範囲で、日々アップデートされていく様々な現実と折り合いを付けながら森づくりに関わり続けるとともに、自らが志向した森づくりの結果について、日就月将な科学的知見に基づき評価するというサイクルの実践が強く求められる。
以上、今回、筆者に与えられたテーマが都道府県のフォレスターであったため、自らが経験し、学び、実践してきたことを中心に、県が取り組むフォレスター育成のあり方について、時折、自説や事例を交えながら縷々述べてきた。
筆者が「20140637」という固有の登録番号を付与されておよそ10年が経つ。
自身が森林・林業再生プラン当時に議論されたフォレスター像にどれほど近づけたのかは読者を始めとする識者諸賢に判断を委ねるとして、最後に筆者が理想とするフォレスター像をここに記して筆を置くこととしたい。
フォレスターは、その地域の森に誰よりも詳しく、林業に関する専門的な知識、技術、経験を有し、広く遠くまで見通す視野とオープンなマインドで、地域の人たちとともに日々歩んでいく。そんな存在である。

参考文献
(1) 関岡東生 (2013) 林業普及指導事業の今日的展開. 関東森林研究, 64(2):13-16.
(2) 中村幹広 (2019) 第5章 政策と現場を繋ぐ自治体フォレスターの可能性.『森林未来会議』 (熊崎実・速水亨・石﨑涼子 編著), 築地書館:152.
(3) 育成木(独:Zielbaum 英:Target Tree)と将来木(独:Zukunftsbaum英:Future Tree). ほぼ同義で使用したが、育成木の方がより単木に注目するイメージ。またZiel(目標)を「育成」と意訳。(いずれも筆者による関係者ヒヤリングの結果)
(4) 岐阜県地域森林監理士登録者一覧https://www.pref.gifu.lg.jp/page/247322.html
(5) 例えば、宇沢弘文 (2000) 社会的共通資本,岩波新書
(6) (株)日本林業調査会 (2022) 日本ガイシが「蜂蜜の森」づくり、社有林を活用. 林政ニュース, 686:19-20.
(7) 小山泰弘 (2009) 樹木医学研究, 13(3):166-172.
(8) 中村幹広(2013–2014)スイスで学んだ受け継がれる森づくり・人づくり.(公社)岐阜県山林協会,森林のたよりアーカイブ:No.712–No.735.
(9) 吉村正樹(2024)奈良県フォレスターの市町村派遣について.森林技術, No.989:12-15.

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