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ビルマの休日③


観光地では物売りの女の子が同じ絵はがきを二ドルで売っていた。やっぱりまたボラれてた。
私が「五千」と言った時にあの女の子は驚いたような顔をしたが、内心「しめた!」と思ったに違いない。騙された、という気持ちは全くなかった。女の子の演技にやるなあ、とニンマリする。


列車で隣に座った女の子
顔にタナカを塗って
口紅を引いて
マニキュアをして
とっておきのワンピース
母さんに連れられて
今日はお正月だからと

欠けた歯で笑う

バゴーのパゴダで
五歳くらいの女の子が

お金をくれと手を出す
首を振ると
悲しそうな顔をした
さようならと手を振ると

顔をくしゃくしゃにして
それでも欠けた歯で笑うのか

ふと思い出す
クアラルンプールの空港で見た
着飾った白人の家族連れ
その子供たちは
貧しさというものを
死ぬまで知らないですむのだろうか

こんな光景は何度も見たはずなのに
この炎天下に
汗と一緒に涙までにじむのはなぜだ
子供たちは
たじろぐほどの真剣な面持ちで

俺から金を巻き上げようとする
学校に行きたいのか
弟や妹に食べさせてやりたいのか
父さんと母さんに楽をさせてやりたいのか

父さんと母さんは
お前たちを愛してくれてるのか
貧しくても幸せな日々なのか

誰かに愛された記憶があれば
生きていけるのか

車窓から見る黄色い大地は
嫌になるほど延々と続く
俺もいつかはこの大地の土となる
もしいつか子どもができたなら
お前たちのことを話すだろう

誰かに愛された記憶があれば
生きていけるのか
アジアの子どもらよ


ミャンマー人は温厚で親切で素朴な人が多いと思う。道を尋ねた人が英語がわからなくても、わかる人をどこかから連れてきてくれるし、何かを買ってお釣りをごまかされたということもなかった。それでも人を騙してあぶく銭を稼ごうとするよからぬやつはどこの国にもいる。ミャンマーに着いた初日の夜に街を歩いていると日本語で声をかけられた。

「こんばんわー、日本人ですか? どこ行きますか?」

歩いていて日本語で声をかけてくるのはお金を騙しとろうというやつに決まっている。話に応じると、日本が大好きだ、日本に知り合いがいる等と言い出す。そして私は学生だとか教師をしていると言って、観光案内をしてあげると持ちかけ、最後に法外な報酬を要求するという古典的な手口である。他の国なら無視するのだが、ミャンマーということで少しだけ気を許した。

「僕は日本に恋人がいますね。日本、大好きです。明日はお正月ですから、たくさんの人がチャイティヨーパゴダにお参り行きますですね。僕の知り合いが車持ってますから案内しますよ。150ドルでどうですか」

その時はそいつの知り合いが日本円をドルに両替できるというので、一万円を換金してもらった。ミャンマーでは日本円を両替するのは難しいんである。
翌日、歩いていると別の男に声をかけられた。

「あなた、ビルマ人に似てますね。日本人ですか。ビルマ人かと思った」

今度は英語である。

「私は大学生です。どこに行きますか? 私の友だちが車を持っていますから、チャイティヨーパゴダに行きませんか。特別に150ドルで行ってくれますよ」

とてもわかりやすい。「地球の歩き方」に書いてあるマニュアルそのままである。さすがに軍事政権では情報が制限されているので手口も画一化している、ということもないのだろうが、こんなんで旅ずれした個人旅行者を騙すことができるんだろうか。
その男と歩いていると、昨日の男(ミャンマー人A 。名前は秘す、っていうか忘れた)と出会った。世界は狭い、っていうかビルマは狭い。

「ちょっと、ちょっと」

Aは私を脇道に呼んで聞いた。

「あの人、誰ですか」

なんだか自分が二股かけたプレイガールのような気がしてきた。

「あの人、とても悪い人ですね。マフィアですね。気をつけてください。あなたにちょっと話あります。今晩6時にあなたのホテル行きますから待っていてください」

と言ってAは去っていった。自称大学生の男(ミャンマー人B。名前は秘す、っていうか忘れた)はすかさず、

「あの男、知ってますよ。ここら辺では誰も知らない人はいません。最近まで刑務所に入っていました」と言う。

(お前ら、二人ともあやしいんじゃ~っ)

Bと別れてから、MTT(ミャンマー国営旅行社)に行って聞いてみる。

「チャイティヨーパゴダなら往復のタクシーをチャーターして、100ドルですよ」

思わず値切るのも忘れて予約した。


Aは六時きっかりにホテルに現われた。悪人なのに時間には正確だ。

「あの人、外国人を騙してお金とりますね。騙すところ見たことあります。とても悪い人ですね。ところで、昨日の話どうしますか。150ドルって言いましたけど、友だちに相談したら130にしてくれるそうです。日本人は友だちですから特別ですね」

Bも全く同じことを言っていた。この国には騙しのテクニック講座があって、同じレッスンを同じテキストで学んでいるに違いない。

「ふ~ん、もし旅行会社に頼んだら、いくらになるの?」

「そうですねえ、日本のお金で二万円にはなると思います」

私はもちろん、その話を断った。その前にもう一万円を両替してもらった。


チャイティヨーパゴダというのは別名、ゴールデンロックといって、金箔を張りつけた巨大な岩が山頂の崖の端に落ちそうで落ちないという微妙なバランスで鎮座しているというミャンマー人が一生に一度はお詣りに行くパゴダである。行くつもりはなかったのに、何だか行くはめになってしまったのはこれも仏様の導きか。早朝6時にタクシーに乗り、五時間かかって山のふもとに到着。そこからトラックの荷台に50人ほどのミャンマー人とすし詰めにされ、どこかにしがみついていなければ振り落とされるほどの急勾配&曲がりくねった山道を40分かけて中腹に着いた。しかし、本当の苦行はここから始まるということを神ならぬ私は知る由もなかったのであった。(続く)


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