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大正時代から木江に佇む なかたストアーのおはなし|大崎上島

春から取材させていただいていた、なかたストアーの映像が大崎上島町観光協会のYouTubeで公開されました。

話し手
中田玉枝さん(取材時 95歳)
中田恵子さん(取材時 75歳)


私が玉枝さん、恵子さんと出会ったのは2023年の3月。
銀行でたまたま会った案内所の常連さんに今から90過ぎのおばあちゃんに編み物を教わりに行くとお聞きし、軽い気持ちで気になるな〜とか言っていたら取材していいか電話で聞いてあげる!と言われ、あれよあれよという間に取材することになったのだ。

なかたストアーは大正時代から続くお店で、元々は木造船の船大工のノミや鉋を売る金物店だったらしい。

幕末頃の木江は帆船の風待ち潮待ちの港として大変栄えたと聞く。木江には造船所も多かったが同じように遊郭も多く存在した。
又聞きではあるが、玉枝さん、恵子さんからも遊郭のお話をお聞きした。



他所から子供の時に売られてくるんよ。じゃけ、7歳か8歳、小学校ぐらいになったら売られてくるんよ。で親子みたいにしよっても親子じゃないわけよの。
その子がその家の掃除したり、なんかするんよ。学校もたまにぐらいしか行かしてもらえんかったんかね。
(玉枝さんの同級生が)昔豆腐屋しよったんだって、家がね。だったらその7歳ぐらいで売られてきた子がね、冬に寒い時に雑巾掛けとかせにゃいけん。手が冷たいけん「豆腐つくった時に出るお湯をちょうだい」いうてバケツ持って来て、よううちのお母さんが湯入れてあげよったんで、いう話も聞いとるけど ー



他にもここには載せられそうにない生々しいお話を聞かせていただいた。
木江には遊郭の話をすることをよく思っていない方もいらっしゃる中でお話ししていただけたことは大変貴重に思う。

が、実はこのデータは一度全てが消えた。しかも玉枝さん、恵子さんに出来上がった映像を確認してもらおうとパソコンを開いた時に発覚した。
Macの謎のとんでもない不具合により、映像、音声、写真などのデータが全て消えたのだ。復元もできなかった。
そんな中、唯一文字起こししたテロップのデータだけが残っており、映像の中のお2人のお話しだけは残すことができた。
内容が気になる方はお声がけください。

データが消えたショックで丸々1ヶ月取材に行く気になれなかった。最初に取材した日から数えると3ヶ月も経っていた。実は玉枝さんは認知症を患っており、その間に玉枝さんの認知症はどんどん進んでいた。
公開された映像は2回目の撮影時のもの。1回目の撮影時と比べると、玉枝さんの口数はかなり減っている。
2回目の撮影も終わり、公開前に映像を確認してもらった際、一緒に映像を観てくれた恵子さんの旦那さんが
「えらいしっかり喋りよるのぉ」
とおっしゃっていた。
聞くと、1・2・3と説明していると3を説明し終わった頃には1を忘れているような状態らしい。
1回目の映像をお見せできないことを心苦しく思った。

昔のなかたストアーのお話、木江の町並みのお話、遊郭があったお話。どれも大切で貴重なお話である。
だが、その前に話し手の生きた証を私は残したい。
無くなっていく物、忘れられていく思い出、旅立つ人。1回1回の取材で全てに丁寧に向き合っていきたい。

今回はどれだけ向き合うことができただろうかと、映像が出来上がる度に自分に問う。


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