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たばこを吸わなくなったことを、ふと思い出す

禁煙っていくつか種類があると思うし、私も何度もした。何度もしている時点で禁煙できているのか今も怪しいところもあるけど、今、やめれてるといい切れるのは、というか、今までの禁煙と違うところは、タバコをすうのを忘れてるといった感覚だ。

やめるぞ!と思って大晦日に禁煙してみた時もあったけど、たいていうまくいかなかった。

喫煙の害に関する記事をめちゃくちゃ読んで、辞めようとしても、いい喫煙スポットを見つけるとフラフラ近づいてしまう。

いい喫煙スポットについてはまた、別に語りたい。


禁煙について、私の場合、やめると覚悟したことがダメだったときに『自分はダメだ、、クズだ、、。』と思いすぎることがよくなかったと思う。そしてダークサイドに戻りたくなり、タバコを吸ってしまう。

いや、タバコ文化自体は今でもとても好きで、それが悪だとは言いたくない。喫茶店のマッチで吸う喫茶店で吸うタバコ、旅館の入り口にある、大きな椅子の近くのゴージャスなまだ誰も使ってない灰皿を最初に使う素晴らしさ、慣れないクラブハウスで居場所がない私の向かう先の喫煙所は、今でも忘れられない。

また逸れた、

ええと

禁煙についていいたいのは

まあ、いいじゃん、そんなときもあるさ、を許すことが、私の場合禁煙へ向ける道だったし、

ああ、いつでも吸えるじゃん、なら今じゃなくてもいいや、という「帰ってこれる感覚」があった。

悪だと捉えすぎると、自分がそちらの方向を向くと、自分を責めすぎる

そんな自分の中の心の議論から遠ざかったことを思い出した。

から、ちょっとかきとめたかった。





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