見出し画像

身体の限界を知る大人であれ



「ソフトボールしませんか?」




すべてその一言から始まった。



私は知ることになる。



自分がいかに、運動不足だったのかを。







新入社員達が、職場に少しずつ馴染み始めた4月の後半。
同僚から提案があった。



GW前日の仕事終わりに、ソフトボールをしよう。



新入社員や、他部署の仲間と親睦を深めようという話のようだ。

幸いにも、周りには野球好きや、私のような野球経験者が多い。
そのため突破的な提案ではあったが、男女含め【18人】も集まった。




(これは楽しいことになるぞ)



と、その頃は思っていた。


自分の身体の衰えを知らぬが故に。





当日。





私は思い知らされた。




ソフトボールはこの年になると、
ハードボールという別の競技になることを。








走れない。

打てない。

投げられない。






経験者という肩書に調子を乗っていた私を待っていたのは、
この三文字だった。





身体に、野球少年はもういない。
ボールを追いかけていた頃の感覚は消えていた。


子供の頃やってました。


過去形だ。


やっていました。はもうすでに過去。
やっていたという思い出に甘えていたのかもしれない。





しかし、それは私だけではなかった。





スイングの度に、腰を抑える上司バッター。


下投げ故に、肩が悲鳴を上げる同僚ピッチャー


あまりにも足が遅すぎて、
ヒットでも出られない他部署の先輩ランナー





そうか・・・。


この人たちも運動不足なんだ!!!!!!!!





地獄のような光景に、
いつの間にか仲間意識が芽生えていた。


親睦を深めようする狙いは、大成功だったようだ。


出来ないもの同士が集まって行うスポーツが、
こんなに盛り上がるとは思っていなかった。




盛り上がった。




とても盛り上がった。






そう。

盛り上がりすぎた。





身体のSOSが聞こえないほど。



本当の大変なのは、これからだというのに。







翌日。




全身の激痛アラームによって目を覚ます。



なんだ。なんだこれは。

なぞの痛みに悶えるが、この痛みには覚えがある。




そうか。
奴が帰ってきたんだ。




久しぶりの運動で、全身の筋肉がズタボロにされた時に君臨する痛み。





 

筋 肉 痛






いつぶりだろうか。
その電流が駆け抜けるような痛みは。

まだまだ翌日に出るってことは若い証拠・・・。

などと冗談を言ってられないぐらい、
ベッドで悶えるいい年をした大人にはなりたくなかった。


少年たちよ。知れ。
これが大人の筋肉痛だ。


あまりの痛みに、まともに歩くことが出来ない。
股関節と太ももが悲鳴を上げる。

ファッションショーなぞしているつもりはないのに、
左右の揺れながら道行く人達に自分を魅せていた。

そんな目で見ないでくれ。
私はただ、自分の太ももが言う事を聞かないだけなんだ。




問題はこれだけではない。





本当に大変なのは【トイレ】である。






座れない。




もう一度言おう。




便座に座れない。




股関節の激痛により、屈伸運動がまともに出来ない。
トイレについてから、便座に座るまでの距離がとんでもなく遠く感じる。




便座に座ることすら許されない。




次第に、便座に座ることを諦めていた。



正面の壁に手を付き、
全体重を乗せ、中腰で用を足す。


その姿はまるで、
盗塁を許さないキャッチャーの構え。




一歩でも動けばアウト、セーフなど認めない。



もはや私の格好がアウトなのだが、
誰も見ていないのでセーフにならないだろうか。

そもそも何故トイレでキャッチャー練習なぞせにゃならんのだ。

その答えは私の運動不足が原因だということを、
この時は思い出さなかった。





あの頃ボールを追いかけていた少年は、
ボールを追いかけて筋肉痛に苦しめられる大人になっていた。

使わないと衰えるとはこの事か。

しかし、筋肉痛は成長するサインとも言う。
まだまだ私の身体は成長出来る。




「普段から運動しよう」



『いつから?』



「もちろん」



「明日から」

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?