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高知県最奥山間部には四国の京都があった!?(石鎚山と不思議③)

こんにちは。
不思議なことが大好きなみかんと申します。

終わったと見せかけて続いていた石鎚山シリーズ(笑)
石鎚山系が連なる高知県山間部のお話と、引き続き落人伝説と合わせて書いていけたらと思います。
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◆四国と落人伝説◆

四国には古くから各地で「落人伝説」が伝えられています。
石鎚山にもまた徳島県祖谷から高知県越知へ落ち伸びる為に平家一行が通ったとされている"平家平"という場所があります。

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◆幼帝"安徳天皇"と高知県最奥山間部◆

時は平安時代末期1185年平家は壇之浦の戦いで源氏に負け、平家の人々は日本各地に落人として散っていきました。
前記で書いた"平家平"を通って落ち延びた一行の中に、壇之浦の戦いで三種の神器の1つ草薙の剣と共に海に沈んだとされている幼帝"安徳天皇"がいたという話があります。
数人の従者と共に石鎚山に入り、源氏の追っ手から見付からないよう山深い石鎚山で過ごし、最後は高知県最奥山間部"仁淀川町"そして"越知町"に行き着いたと言われています。

(仁淀川町地図①)

(仁淀川町地図②)

(越知町地図①)

(越知町地図②)

愛媛県と高知県の最奥山間地域のこの一帯には石鎚山系が連なり、越知町にある石鎚山系の"横倉山"にはあの幼帝・安徳天皇陵墓が残されているのです。
そして更に驚きなのがこの陵墓が宮内庁管理の元にあるということ。
全国にある陵墓の参考地として宮内庁から指定されている5ヶ所の内の一つであり、111段の石段を登ったところにあります。

(安徳天皇陵墓・越知町HPより)

そしてこの安徳天皇の陵墓がある地域には、透き通るような青色の河川、仁淀ブルーと呼ばれる仁淀川(によどがわ)が流れています。
色々と諸説ある中でもオカルト歴史好きとして面白いなぁと思ったのが、
"仁淀川(によどがわ)"という名前は、これは京都から大阪に流れている"淀川"から取って名付けたという話です。
この他にも京都にゆかりがあるのでは?と思われる地名がいくつか残されていたりします。
"仁淀川町大崎"、"仁淀川町都地区"(みやこちく)、"八坂神社"、"都踊り"などなどです。
また"越知町"の越知は、落人の「おち」からきているのだとか…。

(画像・仁淀川町観光協会HPより)

宮内庁管轄の安徳天皇陵墓があったり、四国最奥山間部に平家繁栄の地であった京都を連想される名前が残されていたり、歴史好きとしては落人伝説にはとてもワクワクしてしまいます。

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またこの仁淀川町にはあの武田信玄の息子の武田勝頼も落ち伸びて、この地にやってきた説などもあり(看板などが出ていて観光スポットにもなっています◎)
四国の奥地は落人の聖地的な?場所になってるのかもしれません(笑)

(画像・武田勝頼土佐の会HPより)


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