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雨宿り茶会へようこそ

お茶。雨の日のお稽古が、実はけっこう好き。

お茶室の中はとても静かだから、屋根や地面を打つ水の音がよく響く。

掃き出し窓から、冷んやりした雨の匂いが入ってくる。

雨の音を聴きながら、苦くて熱いお茶をのむ。

湿気でぼうっとなった身体がめざめて、意識がはっきりする。

 *

お菓子は、杏をのせたういろう。

ああ、もう水無月なのだとはっとする。

もうすぐ1年が半分終わる。半年のけがれを清める「夏越の祓え」の季節がくる。

お茶をはじめてから、季節の移り変わりを、以前よりも色濃く感じるようになった。

 *

稽古の中で、抹茶の粉をすくうための「茶杓」の「銘」、つまり名前を聞かれることがある。

由緒正しい茶杓にはちゃんと名前があるけれど、ふだん使いのお稽古用の茶杓は、特に名前が決まっていないことも多い。

だからもし、お客さんに銘を聞かれたら、「松風」「若菜」「夏雲」なんていうふうに、季節に合った名前をその場で考える。

聞かれることがわかっているのだから、心づもりをしていればいいのだけれど、毎回うっかりして、いつもその場で少ない語彙の中からひねり出すことになる。

クリスマスイブの日に「サンタクロースでございます」なんて答えたこともあったっけ。

 *

「お茶杓の銘は?」

今日も私は、不意をつかれて口ごもる。

静まり返ったお茶室に、雨の音が響く。

「雨宿り、でございます」

気づいたら、口走っていた。

「雨宿りね。いいご銘だわ」

先生がにっこりした。

ふだん、それぞれの場所でそれぞれの暮らしをしている私たちが、今ひととき、一杯のお茶のために小さなお茶室に集まっている。

それって何だか、にわか雨が降り出した街で、偶然軒先で顔を合わせた人たちが、雨止みを待つ時間を共有しているみたいだなあと思ったのです。

 *

そんなこんなで、本日の雨宿り茶会はこれにておひらき。

また、次の雨の朝にお目にかかりましょう。

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