『いなくなくならなくならないで』(向坂くじら著)|私だけじゃないなら死んでほしい
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幸せにしたい。そばで支えたい。私だけが、彼女のそれを叶えたい。きっと時子は、朝日の「唯一の人」でありたかったのかもしれない。
残暑が続くある日、朝日から突然電話がかかってきた。17歳の冬に彼女が死んだと聞かされてから、4年半ほど経った頃だ。「死んでいた」期間、彼女はどんなふうに過ごしていたのか。なぜいま、私に連絡をしてきたのか。真実を言わないまま朝日は時子の部屋に居候し、春になって時子が実家に戻るときもついてきた。両親も彼女を歓迎し、「行く場所がないなら、いつまでも家にいていいから」と優しく接する。彼女も出ていく様子はなく、リビングでのんびりiPadをながめたり、時子に教わってギターを弾いたり、時子以外の誰かと連絡を取ったりしていた。
高校生の頃から変わらず、人から注目を浴びるのはいつも朝日だった。それはいまも変わらず、時子はその光景をみてなんだか居心地が悪くなる。 「死んだ」と聞いたときの喪失感が拭えないのだろうか、目の前にいる彼女が朝日ではない気までしてくる。実際に、高校時代の交換ノートも朝日は覚えていなかった。時子だけが大切にしていた思い出だったようだ。 私がいなくても大丈夫なら、いっそ出ていってほしい。高校生の頃のように、死にたいのならかまわない。そう思うようになってしまう。
10月。ずいぶん前に出て行ってしまった時子の姉が突然実家にもどってきた。姉のお腹には子どもがいて、4月ごろには生まれるらしい。両親と言い合いになり出ていったが、それ以来、娘のために助けに行きたい母と姉に苛立ち頑固になっている父の喧嘩が家じゅうの空気を変えている。
「生まれちゃうんだよお!」
下の階で母が叫ぶ声が聞こえるなか、時子と朝日はお互いの首に手をかけていた。「しょうがないじゃんね。うまれちゃったら」朝日がつぶやく。新しい生の誕生を前に、ふたりのコンプレックスがぶつかりながら、時子と、たぶん 朝日も、お互いへの愛と死にもがいている。
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