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愛が動かす人と筆

はて、と頭をかしげた。そしてもう1度、今度はもっとゆっくり読んだ。

それでもギモンは残ったままだったけれど、読書会の時間になってしまった。


inqureで開催している読書会では、「高校生のための文章読本」を一編ずつ読んでいる。参加者が各段落を順番に音読し、その感想を伝え合う。今回の範囲は、森茉莉さん著「9  猛獣が飼いたい」だ。

"犬を抱えながら新聞を読んだり、黒山羊にミルクを飲ませたり、豹に髪の毛をかまれて首をすくめている十六歳のシャアリイさんの幸福さに私は羨望のよだれを流した"

書いてあることは、その文章通り見ればわからなくもない。だけれど何かがひっかかる。

"私は犬と猫しか飼ったことがないが(犬はポンコ、メフィ、黒チビ、茶ちび、ポア、キャピ、クマ。猫は部屋を借りていた女主人に捨てさせられた黒猫イチと、霊のように賢い、これも真黒のジュリエット)理想を言うとライオンや豹が飼いたい"

カッコが長くて音読でつっかかる。なんでこんなに、カッコで説明しているんだろう。

そういえばこの文章、"理想を言うとライオンや豹が飼いたい"と言っておきながら、カッコの中ではこれまで飼ってきた犬と猫の名前が丁寧に書かれている。とくに猫は、"女主人に捨てさせられた"とか、"霊のように賢い"とか、特別な思いまで入っているようだ。

無くても意味が通る文章なのに、著者はあえていれたかった。カッコの中は、ペットに対する著者の愛がぎゅうぎゅうに詰まった場所だったのだ。


「オタク感のある文章ですよね」と、会の中で話があがった。それを意識して読み返してみると、確かに著者の突っ走り具合が見えてくる。

とある一家の写真を見て"うらやましさにどうにかなりそうであった"と語ったあとは、その写真の描写が勢いよく続いている。「猛獣が飼いたい」のタイトル通り、動物の描写にガンガン偏ってうっとりする著者。一読しただけではついていけない文章だったけれど、「偏愛を語っている」と思うとだんだん愛しく見えてくるから不思議だ。


この文章はきっと、この著者にしか書けないものだろう。カッコの長さや独特の描写も含めて、愛がないと到底たどりつけない表現だ。自分が見たものを自分の言葉で切り取るからこそ、この文章が名文として残っているのかもしれない。

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