マガジンのカバー画像

生き抜くための雑記帳

72
自己肯定感や生きづらさ、メンタルヘルス、思考のとらえ方などについて、生き抜くための問いや考え方を書いたり、学びになるnoteをまとめたりしたマガジンです。
運営しているクリエイター

#日記

note開始前からずっと寄り添ってくれた、目標の2020年推しnote

私は今年たくさんのnoteの記事を読んで、いろいろな人に勇気づけられてきました。本当にたくさんの人に感謝でいっぱいなのですが、noteを書く原点となった方がもりやみほ さん。 noteをやってみようか迷っていたときに、たまたま読んだ人。 それから、毎日何となくもりやさんの文章を読んでいて、いつの間にか「今日は何を書いたのかな?」という感じですっと日常に溶け込んでいました。 そんな感じなので、いい意味で「これが推し!」というのは難しいのですが・・・1本上げるとしたら、こちら

「相手の課題」にはあまり関与しなくていい

会社で上長と面談をしたとき、最近課題に思っていることを話した。 内容としては、会社でインターンをしてくれている子が、もっと積極的に動ける環境にするのってどうしたらいいんだろうかということ。碇さんとジュンヤさんが共同代表をしているIDENTITYのメディア「IDENTITY名古屋」インターン生のnoteを見ていると、うちの子はちゃんと学びを持って帰れてるかな…と心配になる。 自分が採用したんだから、ここで働けて良かったって思ってもらいたいし、それにはこちらからも何か働きかけ

「聞くこと」で解消する怒りと悲しみ

誰かに対して怒ってしまうとき、相手の思いを「聞く」が足りてないことが多い。 なんでこんなこと言うの、どうしてそんなことするの、なんて怒っていても結局「なんで・どうして」は聞く気がなくて、自分が怒っていること、思い通りにならないことをぶつけている。自分の中で、相手が「なんで・どうして」自分に対してひどいことをしてきたのか、自分なりの考えが出来上がっているから聞く気がないこともあるし、単純に感情が高ぶって発散しないと済まない状況もあるだろう。 もちろん聞いたからと言って相手の

"何もできない"を細分化する悩み解決法

ネガティブが最高潮に達すると、「自分は何もできない」とわんわん嘆きだす。特技もないし、仕事もできない、人に迷惑かけてばかりだとベッドに横たわりながら力なく友達に電話をかけていたとき、友達が一呼吸してこんなことを言ってきた。 「"何もできない"じゃなくて、できることとできないことをはっきりさせよう?」 そこから、友達のヒアリングが始まった。 その時私が悩んでいたのは、仕事のこと。編集も、ライティングもうまくいかず「何もできることがない」といじけていた。友達は業界が全く違う

SNSでの実績報告が気になってしまう時

「やっておいたほうがいいこと」は星の数ほどある。 毎日書かないより書いたほうがいいし、仕事は少ないより多いほうがいい。何事も経験、色々チャンスが巡ってくるなら、とりあえずやっておいたほうがいい。自分には何が合うか合わないか、やってみなくちゃわからない。 「やるべきこと」を見つけるのは、意外と難しい。 自分に足りないものを挙げるときりがない。あれもこれもやらなくちゃ、今よりもっと良くなるために、今よりもっと幸せになるために、このままじゃだめだ。もっと行動しなくちゃ。け

休むことは怠けることとイコールじゃない

複業が減ってから、本業でよく残業するようになった。帰ってからしなければいけない仕事が無いのと、"ならばあれもやっときたい"と気になる仕事が増えたことで、「絶対定時で帰る」の意気込みが無くなっているのだと思う。仕事を減らしても何かしらの形で増やす性格なのだろう。 * noteを毎日から平日のみにしたことについて、「これは怠けているのか、それとも"無理をしないこと"に入るのかがわからない」と同居人に話したことがあった。頑張りすぎると身体を壊してしまうし、無理をしても良いことは

理解できない人と向き合うメリット

海外によく出ていた頃は、これまでの考え方では理解できないようなことが起こり、「そもそも自分はどういう考えで過ごしてきたのか」を再認識することがあった。 各国で違うジェスチャー、「神様」の言葉に込められた意味、「めんどくさい」「どっちでもいい」を始めとした、英語に置き換えられない日本語の細かなニュアンス。自分の「当たり前」が違っていたとき、気持ちが大きく揺らぎ、決して自分が「正しい」わけでは無いことを知った。 とは言っても大きなことではない。「日本は八百万の神だけど、特に欧

人と違わなくていい、ただやるべきことをやる。

答えのない問いを追い続ける。「自分とは何か」「生きるとはどういうことか」など、考えてもわからない問いにずっと向かい続ける仏教に夢中なのは、自分の生き方と大きくリンクしていると思ったから。その考えはもちろん今でも変わっていないのだけれど、「自分」に向かう問いがちっぽけに見えてしまうほど大きく、動かしようのない思想があることをドキュメンタリー映画『うみやまあひだ』から学んだ。 伊勢神宮の森を切り口に、様々な人の言葉から自然と人との関わりを描いている。漁師、脳科学者、宮大工や建築

1回ダメでも終わりじゃない。人生のトーナメント戦から脱出する考え方

「上半身がずっと緊張状態ですね。これは相当ひどいですよ」 マッサージ店のお姉さんが驚くように言った。「こんなにこわばった筋肉見たことない」といわんばかりに、ひどい、ひどいと私の焦りを掻き立てる。マッサージ店に行ったら言われない人はいないんじゃないかというほど、決まって私は騒がれる。筋肉という筋肉がカチコチにかたまっていて、常に緊張しているらしい。 しかし、その"緊張状態"に慣れてしまっているため、正直なところ普段はあまり実感が無い。時々上を向けなくなるほど首が詰まるから、

休んだ後の心の変化について

休日が訪れる度に幸せを噛みしめている。先週のnoteでも書いたみたいに、複業分の新規案件をストップした4月は何もやる気が起きなくて、休日もぐったりしているか、ぼーっとしているかが多かった。 本を読むのも積極的になれなくて、なるべく頭を使わない恋愛コメディをひたすら見る日々。そんな充電期間を経てから、平日と同じように起きれたり、まだ行ったことのないカフェにふらりと立ち寄ったりと、"やらなくてもいいこと"をやりたいと思えるようになってきた。それが今、すごく幸せだ。 「何を食べ

きっと特技を見つけてほしいんじゃなくて

「自分の得意分野がわからない」と、編集者の先輩にこぼしたことがあった。夜な夜な電話をさせてもらった時のことだ。できないことや苦手なことは次から次へと出てくるのに、「自分の特技は?」と自問すると決まってなにも言えなくなる。 悩みに悩んで1度、友達に「自分は他人にとってどんな存在になればいいのでしょうか」と聞いたことがある。その時の答えは簡単、「いるだけでいいよ」だった。「いるだけでいい」なんて今思えば最高の言葉で、どんな自分でも受け入れてくれる友達だったのに、当時はその答えに

金曜日に感じる安全基地

帰り道のカレー屋さんがワクワクするようになった。家に帰って、晩酌している同居人がいるとホッとする。 そんな居心地のいい「安全基地」を作ることが、まずは最優先だという話をもらった。 * 「自分はこういう役回りの方がいいのかな」と、周りを見てポジションを考えたり、無理やり人の輪に入っていったりと、無意識のうちに周りを最優先に考えてきた。けれど"常に周り優先"を掲げていると、自分の安心できる場所がなくなってしまうよね、と言われてようやく気が付いた。安心できる場所が無いと、いつ

休むのが怖い

「土日は休み」と決めた人は画期的なアイデアマンだ。 本腰入れて複業を始めて1年。気が付くと私の「休み」はどこかに消えていて、とうとう限界を感じ1か月ほど複業分を休もうと思った。去年は頑張れたのに、なんで今年は頑張れないんだろう。むなしさがこみ上げる。 お世話になっている人へメッセージを送ろうとslackを開く。頭の中で文章を考える。そして「お疲れ様です!」と打った時に、恐ろしいくらいの不安が襲ってきた。 私は本当に、休んでも良いのだろうか。 バリバリ働いている編集者の

感情のラベリング

「引くわ!」と言われたら、「なんで~!」と笑いながら答える。 2人は笑顔になり、笑い声が広がる。その場はすごく楽しそうな雰囲気だ。けれど笑った顔をゆがめるかのごとく、ちくりと心にトゲが刺さった。 * 「疑問に感じたことや嫌だと思ったことは、"わからない"、"嫌だ"、"傷ついた"などでラベリングしていくのがいいらしい。その後はそれを信頼している人に話すことが一番で、それができないならノートに書いたり、"自分はこの時にこういう気持ちになるんだ"と整理しておくことが大事らしい