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「聞くこと」で解消する怒りと悲しみ

誰かに対して怒ってしまうとき、相手の思いを「聞く」が足りてないことが多い。

なんでこんなこと言うの、どうしてそんなことするの、なんて怒っていても結局「なんで・どうして」は聞く気がなくて、自分が怒っていること、思い通りにならないことをぶつけている。自分の中で、相手が「なんで・どうして」自分に対してひどいことをしてきたのか、自分なりの考えが出来上がっているから聞く気がないこともあるし、単純に感情が高ぶって発散しないと済まない状況もあるだろう。

もちろん聞いたからと言って相手のことをしっかり理解することは難しい。育ってきた環境が違えば、どうしてもその人の思考回路が想像できないことだって起こるものだ。

最近、価値観の違う人とじっくり会話する機会が増えた。もともと、自分と全く違う相手を知るのは好きな方で、だからこそ一人旅をよくしていたし、旅先の出会いを大事にしてきた。けれど最近は、海外で知り合う人よりも理解が難しい、本当に真逆の価値観の人と向き合っている。

それによって起こることがいくつかある。それは、こんな感じ。

・理解できないことに対する苛立ち
・"あの人は間違っている"と、自分の考えが正しいという押し付け
・自分の意見に共感してもらえないことに対する悲しみ

会話のなかでこれが積もってくると、「どうしてそんなこと言うの」と、聞くことを諦めて怒り始めてしまうのだ。

世の中、価値観の全く違う人はたくさんいる。自分の考えは"正しい"わけではなく、考え方の一つである。これまでたくさん見て、聞いて、読んできた、当たり前に考えてきたことが「全く理解できない」ことによって閉ざされてしまった。それに気づくために、お互い傷つけあって、頭を冷やして、相手のを考えて。そして「もしかしてこういうことだった?」と聞いてようやく、「価値観が違うってこういうこと」と納得した。

「怒り」には、相手のことが理解できない「悲しみ」も潜んでいるのだと思う。相手のことが考えられず、自分が傷つけられた悲しみにフォーカスがあたり、どうかもう傷つかないように反撃したり、とじこもったりしてしまう。

感情が大きく動いている時はいったん時間をおいて考えて、「私は相手のことを、ちゃんと聞けただろうか」を問いたい。

去年の毎日note


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