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小説「15歳の傷痕」60

<前回はコチラ>

<第43回までのまとめ>

- C-Girl -

「電話で話すなんて、何年ぶりだろうね?」

「本当にね。もしかしたら付き合ってた時の、コンクールの後以来じゃない?」

俺は甲子園の予選第3試合中の、球場内の公衆電話から、神戸家へ電話していた。
テレホンカードが沢山あったので、しばらく持つだろうと思ったのだ。

だが中3の時より少しは成長したとは言え、やはり異性の家へ電話するのは緊張する。

ましてや今日は土曜日だ。
お父様がおられるかもしれない。他のご家族もおられるかもしれない。
太田さんが女同士で気楽に電話するのとは訳が違うのだ。

だから神戸家へ電話し、一発でお目当ての神戸千賀子が出てくれたことは、宝くじに当たったようなもので嬉しかった。

突如電話してみようと思ったのは、ナイタープールに大村抜きで行っても大丈夫なのかとか、俺がいるのは承知で行くことにOKしたのか等々、事前に確認しておこうと思ったからだった。

「太田さんは、俺のことをどう言ってた?」

「もし良かったら、せっかくなんじゃけぇ、アタシと仲直りさせたいんよって。実はもう仲直り済じゃけどね。ねぇ、上井くん」

「凄いご好意じゃね。じゃあ、最初はワザとよそよそしく振る舞う?」

「アハハッ、どうだろう、上手くいくと思う?」

「…無理かも…」

「でしょ?上井くんは隠し事出来ない性格だもん」

「み、見抜かれてる…」

「でしょ?だから、山中くんや太田ちゃんが作る流れに適当に乗って話してればいいんじゃないかな?」

「そうしようか。あっ、そうそう、あと神戸さんにこれを聞かなきゃいけないんだった」

「ん?なになに?」

「あっ、あのさぁ…、あの…、アレだよ、アレ」

俺は肝心の、大村抜きでプールに行っても大丈夫?という、一番聞きたいことを、なかなか切り出せなかった。長年連れ添った夫婦でもないのに、アレで話が通じる訳がないが…。

「どしたん?上井くんがなかなか言いにくいこと?もしかしたら、大村くん絡み?」

通じた。神戸千賀子には全て読まれているみたいだ。

「流石だね、俺の頭の中が全てお見通しのようで…」

「だって上井くんと仲直りしたのに、まだアタシに対して聞きたいことがあるのに、すぐに言えずに言い淀む事柄なんて、大村くん絡みのこととしか思えないよ」

「バレたか~。実はそうなんよ。今夜プールに行くことについて、大村は…」

「言ってないよ」

「へっ?」

俺はあまりの驚きに、変な声が出た。

「凄い声だね。大村くんには言ってないよ。さっき太田ちゃんから電話もらった時に、自分の中ですぐ行くって決めたから、彼には言ってないし、この先も言うつもりはないよ」

「その…他人事ではあるけど、それで大丈夫なん?アイツ、嫉妬深いからさ…」

「大丈夫よ。彼は今日と明日、一泊二日で予備校の夏期合宿に行ってるの」

「予備校の夏期合宿?そんなのあるの?」

「うん、彼は元々K塾に通ってるのね。アタシも誘われたんだけど、妹も弟もいるじゃない?」

「そうだよね。サッちゃんとコウくん…」

「あ、2人の名前、覚えててくれた?なんだか嬉しいな。まあ、だから家計の事情でお断りしたの。それでも、夏期合宿はそれだけで単独で受講可能だから、一緒に受けようって言われたんだけど、お母さんが予備校の合宿とは言え、外泊はダメって言って、これもお断りしたんだ」

「そうなんだ…。でもさ、竹吉先生の家に泊まりに行ったじゃん?アレは大丈夫だったの?」

「そこは竹吉先生のブランドだよ。凄い信頼されてるもん、竹吉先生は。逆に喜んで行っておいで、って言ってくれたよ。あとね、一緒のメンバーに、上井くんがいたのも大きいんだ、実は…」

「俺がいたことが?」

そう言えば遙か昔の入学式の日、神戸千賀子の母に、ウチの娘が貴方みたいな素敵な男の子をフッタりしてごめんなさいと、代わりに謝られてしまったことを思い出した。

(俺、神戸家のお母さんに気に入られてるのかな?)

と思っていたら一枚目のテレホンカードがなくなりそうだったので、追加のテレホンカードを投入しながら、電話を続けた。ただ電話ボックスの中にいると、サウナのようで汗が噴き出してくる。

「むしろ、竹吉先生のお宅にお邪魔する時に、大村くんはアレコレ横槍入れてきたけどね」

「そう言えばそれらしいこと、言うとったよね」

「うん…。ちょっと最近、束縛がキツイな、と思い始めてるの。アタシの水瓶座は、束縛を嫌う性格なんだよ…」

1月24日は水瓶座か、と星座に疎い俺は忘れないように、何度も頭の中で反復させた。

「今度、水瓶座について調べてみるよ」

「いいよ、そんなの。恥ずかしいから…」

「ところで、電車とか待ち合わせて一緒に行く?」

俺はガンガン減るテレホンカードの度数が気になり、最後の確認をしようとした。

「そうだね…。山中くんと太田ちゃんの計画に乗っかるんなら、特に一緒の電車にする必要はないんじゃけど、アタシ、1人でナタリーに行ける自信がないんよね、アハハッ」

ナタリーに行くには、JR宮島口駅から広電宮島口駅へ移動し、その広電で田尻という駅まで一駅だけ乗らねばならなかった。

「確かにちょっと面倒くさいもんね。まあそういうことなら、待ち合わせようよ。6時にナタリー前に集まる予定じゃけぇ…。神戸さん、JRの宮島口駅までは1人で大丈夫じゃろ?」

「あ、上井くん、アタシのこと、舐めてるでしょ。何年間通ってる道程だと思って?」

「舐めてない、舐めてない、舐めたりしたら大村に殺される〜」

「ハハッ、じゃあ、JR宮島口駅で待ち合わせようね。5時半位でいいかな?」

「そうだね。それに合わせた電車で行くよ。もしJRの電車で一緒になったら、それはその時ってことで」

「うん、そうしよう。じゃあ、夕方にJR宮島口駅で会おうね。楽しみにしてるよ。バイバイ」

「うん、バイバイ」

俺は受話器を置き、電話ボックスから出た。テレホンカードがまだ残ってるよ〜と、ピピーッ、ピピーッと音を上げて取り出し口にいるのを摘み、財布に戻すと、噴き出してくる汗をタオルで拭った。

(ふぅーっ、色んな汗でダクダクだ…)

俺は絞ったら水滴が零れるんじゃないかと思うほど、既にタオルとしての役割を為していないタオルで何度も顔を拭き、一旦帰宅することにした。

球場周辺は夏の到来を告げる蝉の鳴き声で溢れていた。


2時半頃に帰宅したが、5時までは休息出来る。
俺はベッドに横になったが、色々な事が次々と頭に浮かんで、昼寝等とても出来なかった。

何か動いていないと落ち着かなかったので、早々にプールに行く準備を始めた。

昔吹奏楽部の同期でナタリーのプールに行った時、小学生時代の海パンを穿いて行って、良くも悪くも笑いのネタを提供してしまったので、俺はその後直ぐに最近の海パンを買ったのだが、これまた良くも悪くも出番が来ることは無かった。

その改めて買った海パンの、2年越しのデビューとなる。

(先ずは穿いてみるか)

試しに穿いてみたら、丁度だった。俺はホッとしたが、この2年間で成長したのかしてないのか、裏を返すと不安になってしまった。

その他、帰りの着替えやタオル等を準備して、時間が来るまでボーッとテレビを観ていた。

(5時過ぎに出ればいいだろ)

すると丁度いい所に、4時からプロレス中継が始まった。新日本プロレスのワールドプロレスリングだ。

(そうか、今年の4月からゴールデンタイムを外れて、土曜の夕方に変わったんだ)

そのせいで全く見れなくなり、新日本プロレスのことは週刊誌で読むネタしか分からなくなっていた。
また対抗の全日本プロレス中継もゴールデンタイムを外れ、日曜日の深夜に入るようになってしまい、同じく週刊誌で情報を知る程度だった。

久々にプロレスの試合をテレビで見たら、疲れていた俺もテンションが上がり、そのテンションのまま、プールの待ち合わせに出掛けることが出来た。
ワールドプロレスリングも終わったので、

「じゃあプールに行って来るよ!」

俺は威勢良く出掛けた。

「忘れ物はないの?何時に帰るの?……」

という母親からの声にも返事を疎かに、玖波駅へと向かった。丁度やって来た広島行き電車に乗り、宮島口へ向かう。

俺は自分自身でも、こんなに気分が高揚しているのが不思議だった。

家を出る前にプロレスを久々に見たからか?

いや、事実上初めての神戸千賀子とのデートに舞い上がっているからなのは、間違いない。
色々悩ましいことはあるが、今からの数時間だけは、何もかも忘れて楽しみたいと思った。

約10分で宮島口駅に着き、改札口を抜けると、なんと先に神戸千賀子が到着していた。

「あっ、上井くーん!」

俺が声を掛ける先に、神戸さんから声を掛けてくれた。

「神戸さん、早いね!いつから待ってたの?」

今は5時15分だった。俺自身、一本早い電車になったかな、と思っていたほどだからだ。

「うん…。なんかね、上井くんと待ち合わせて出掛けるって事が、とても新鮮でね。上井くんより一本前の電車に乗ったことになるのかな?なんか、ワクワクしちゃって」

そう言うと神戸さんは、少し照れて顔を俯き加減にしてから、俺のことを見た。

(なんて可愛いんだ…。3年前の今頃は両思いだったのにな…)

同時に神戸千賀子も、同じようなことを思っていた。

(3年前…告白し合ったのを思い出すね、上井くん…)

上井も照れながら、言葉を返した。

「俺も嬉しいよ。なんか不思議だね。中3の付き合ってた時にはデートすら、俺が勇気がなくて出来なかったんだけど…」

「お互い、青かったよね」

「うん、青かった…」

と、俺達は見つめ合い、照れていた。

「と、とりあえず田尻に行こうか」

「う、うん。アタシ、ここから先が自信無かったのよね」

俺は神戸さんをリードするように国道を横断し、広電宮島口駅へと歩き、田尻までの切符を2枚買った。

「はい、切符」

と神戸さんに渡すと、

「え、ゴメンね…。代わりにナタリーで何か買ってあげるね」

「いいんだよ、そんなの。気にしないで」

丁度広電の電車も発車メロディが鳴っていたので、2人して慌てて飛び乗った。
そして2人で笑い合った。

「慌てなくても、まだ5時半にもなってないのにね」

「そう、広電は7分に1本あるから、慌てなくてもいいんだよ」

と会話してる間に、直ぐに田尻に着いた。
ナタリーは電車から降りて直ぐに、入口がある。田尻駅自体が、ナタリー直結になっているのだ。

俺と神戸さんが入口へ向かうと、既に山中と太田さんは到着して、談笑していた。

「よ、山中!」

山中と太田さんは、まだ俺と神戸さんが来るのは早いと思っていたようで、俺の言葉に驚いていた。

「あれ?メッチャ早いやん、どしたん?あ、神戸さんも一緒になったんじゃね」

「うん、広電で一緒になったんよ」

神戸さんが答えていた。

「ミエハルとチカちゃん、2人とも気合い入りすぎ〜」

太田さんがそう言って、ケラケラと笑った。釣られて他の3人も笑い合った。

ナタリーのナイタープールは6時からなので、他にもナイタープール目当てのお客さんが、6時になるのを待っているのが見えた。

山中が俺に話し掛けてきた。

「神戸さんとは、何か話した?」

「まあ、少しはね」

「じゃ、良かった。広電で一駅っても、無言だと辛いだろうし。どんな話をしたん?」

「んー、まあ、当たり障りのない話かな。暑いね、とか」

「じゃあ、まずまずのスタートやね。もう少し何でも喋れる関係になるように、俺と太田もバックアップするけぇ、上井も頑張ってくれや」

「お、おう…。ありがとう」

同時に太田さんが、神戸さんに話し掛けていた。

「チカちゃん、広電でミエハルとは何か話したの?」

「う、うん」

(うわー、まだ太田ちゃんの前では、上井くんとは気まずそうに振る舞わないといけないよね…)

「今日は暑かったねとか、そんな話かな…」

「良かった〜。広電で一駅って言っても、無言のままだと気まずいもんね。少しでも喋れて良かったよ」

「ま、まあね」

「アタシと山中くんで、チカちゃんとミエハルの関係が良くなるように、お手伝いするからね。もっと普通に喋れるように…」

「あ、ありがとう…」

神戸千賀子は変な冷や汗をかきつつ上井を見たら、上井と丁度目が合い、互いに苦笑いで合図をした。

ナタリーは6時前に、結構ナイタープール目当ての客が増えてきたので、早目にナイタープールのチケットを売り出した。

「4人分、俺が出しとくけぇ、後で頂戴ね」

山中はそう言って、チケット売り場に並んだ。

「ああいう所、山中って男気があるよね」

と俺は呟くように言った。

「そんな所が、太田ちゃんは好きなんでしょ?このこの〜」

続けて神戸さんがそう言ったが、太田さんは意外な言葉を返してきた。

「あれ?なんだかミエハルって…」

<次回へ続く>


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