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小説「15歳の傷痕」-10

ー  ONE DAY ー

1

高校に入って初めての吹奏楽コンクールが終わった。
俺達の高校は銀賞で、あれだけ頑張って練習したのに…という虚無感が、部員を襲っていた。

直前には、場所は高校ではあるものの、強化合宿まで行っていたのに…という虚しさが、特に先輩達の間に漂っている。

俺は去年中3の時のコンクールで銀賞を取ったことを思い出していた。

金賞じゃなかった残念感はあったが、それでも参加賞である銅賞よりは良い結果だったので、部の雰囲気が悪くなることは無く、部のみんなで盛り上がっていたものだ。

俺自身も神戸という彼女がいた上、コンクールの後に学校一のアイドル山神恵子から、実は好きだったと告白され、公私共に最高だったのがわずか1年前のことだ。

その一年後、同じ銀賞でもこんなに受け取り方が違うのかと、高校での吹奏楽コンクールが占める重みに、戸惑ってしまった。

そのまま2学期に入り、吹奏楽部は次の演奏披露となる体育祭に向けて、主にマーチを中心とした練習に変わったのだが、やはり空気がコンクール疲れというか、2年生の先輩方の間に不協和音が響いているような感じだった。

サックスパートも、沖村先輩、前田先輩はどちらかというと須藤部長のやり方に批判的で、パート練習の時にも俺ら1年生に聞こえないように…しかし聞こえてしまっているが、暗に須藤部長の批判をしているような会話を交わしていた。

俺が誘って入部し、テナーサックスを吹いている伊東は、

「銀賞って銀メダルじゃろ?凄いことじゃん。なのになんで先輩らの空気はこんなに重たいんかのぉ?」

と、率直な感想を述べていた。同時に体育祭では開会式や閉会式で演奏するため、テントの中にいることができることを知って、ラッキー!と言っていた。

(みんなが伊東みたいに、なんとなくでもいいから前向きな感覚ならいいのになぁ)

そう思った俺はというと、夏休み中の部活の行き帰りで、伊野さんとかなり親しくなれた、と思っている。

高校へ向かう際は、たまに2人だけという場面もあり、そんな時は冗談を言い合いながら登校し、部活後も俺と村山、松下さんと伊野さんという4人組で帰ることが多かった。

たまに神戸と大村が2人で登下校しているのを見ることもあり、なんとなく神戸からの視線を感じることもあったが、完全に俺は無視していた。

そんな2学期初めの頃、部活に行ってバリサクの準備をしていたら、不意に村山が声を掛けてきた。

「上井、ちょっと大切な話があるんじゃが、今、ええか?」

「ん?ダメーって言ったら?」

「…殴る」

「冗談だっつーの。何?」

村山は他の部員に聞こえないよう、一旦俺を廊下に連れ出した。

「ここなら大丈夫じゃろ」

「何々、他人に聞かれたらマズイこと?」

「まあ聞いてや。次の日曜、空いとるか?」

「空いとるよ。部活がないから」

「じゃあ、俺と船木さんのデートに付いて来てくれんか?」

「はあっ?何で俺が初デートでもないお2人に、グリコのオマケみたいにして付いていかなきゃいけないの?」

「やっぱり嫌か?」

「そうやね、気が進まんね」

「…そうかぁ。せっかく伊野さんも一緒なのに、嫌か、そうか…じゃあこの話は無かったことに…ウッ」

俺は村山の口を思わず塞いでしまった。

「ゲホッ、男に口を塞がれるとは思わんかったぞ、ゲホッ」

「あっ、悪かったよ、ゴメンゴメン。あの、そういう重要なことはしっかりと伝えてくれないと、せっかく空いとる日曜が無駄になってしまうじゃないか、村山君」

「やっぱり、行く気になった?」

「当たり前じゃん!何だか、ダブルデートみたいでテンション上がっちゃうよ!」

俺は本当にテンションが上がって、村山の体をバシバシと叩いてしまった。

「痛いっつーの。お前が喜ぶのも分かるけど、他人の肉体を痛めつけるのはやめてくれ」

「あっ、調子に乗ってしもうて、悪かったよ、ごめんな。でも、伊野さんはOKしとるん?4人でデートというか、出掛けることに」

「勿論、伊野さんのOKが出たけぇ、お前に話を持ってきたんよ」

「いつの間に伊野さんのOK取ったん?」

「船木さんが電話してくれてさ。ここはやっぱり俺から話すより、女子同士で話してもらった方がええと思って」

「船木さんって、去年俺を助けてくれた、副部長の、船木さんだよな?」

「そうじゃけど?何を今更…」

「いや、俺が部長をして、一番迷惑掛けたのが副部長の船木さんじゃけぇ、俺に対していいイメージとか持ってないと思っててさ。それなのに電話までして俺と伊野さんをくっ付けようとしてくれとるんじゃ?なんとありがたい…。でもなんでそんな経緯になったん?」

「そんなことはええじゃん。じゃあ全員OKということで、細かいことは俺らで決めようや。まずは…」

当日は午後3時からクラシックコンサートがあり、村山のお父さんのお陰で招待券が10枚もあるそうだ。それを活用して、クラシックコンサートを鑑賞するが、それまでに時間があるので、広島市内に出てボーリングして、ファミレスでランチして、そのためには列車は何時のがいいか…と、部活そっちのけで俺と村山は協議し始めた。

「ミエハルーッ!バリサク放置したままだよ!」

という声が音楽室の方から聞こえ、振り向いたら、沖村先輩だった。

「スイマセン、今から行きます!」

「何を言うとるん、もう練習終わったよ!ミーティングだよ!」

げっ、どれだけ村山と喋り込んでいたのだろうか。
気が付けば太陽もかなり西に沈みかけていた。

村山もヤバい!という顔をしていた。
沖村先輩の横から、トランペットの高橋先輩が、小柄な体をヒョコっと覗かせて、ニコッとしながら村山においでおいでと手を振っていた。

うわー、やってもうた!と思いつつも、既に俺の心は日曜日に飛んでいた。


9月中旬とはいえ、まだまだ暑い。

汗かきな俺は、ハンカチ数枚をバッグに入れて、玖波駅に向かっていた。

「あっ、おはよ~、上井君」

俺の姿を見付けた伊野さんが、声を掛けてくれた。

「おはよう、伊野さん。早く着いてたんだね。待った?」

「ううん、そんなに待たされたとは思ってないから大丈夫」

と、伊野さんがVサインをしてくれる。

ここまで、気軽に話せるようになったなんて、嬉しいなぁ。

日曜なので俺も私服だが、伊野さんも私服だ。初めて伊野さんの私服姿を見た。暑いので、上はTシャツ、下はジーンズの短パンという服装だった。中学の時にテニス部だったこともあって、似合っている。

俺も悲しい男の性で、ついTシャツに透けて見える白いブラジャーのラインに目が行ってしまったが、そんな神聖な領域、見ちゃいけない!と、慌てて見ないようにした。

「どうしたの?」

伊野さんが、ちょっと首を傾げるポーズで、何やら落ち着きのない俺を見る。俺はこのポーズにやられて、伊野さんのことを好きになっていったのだった。

「な、なんでもないよ!そろそろ駅の中に入ろうか」

「うん。何駅までの切符を買えば良かったっけ?」

「確か、横川駅だよ。最初にボーリングするんだって」

「ボーリングか~。アタシ、上手く投げれるかな」

「大丈夫!村山は船木さんとペアだから、俺が伊野さんをサポートするから」

「本当?お願いね、上井君」

伊野さんが切符を買いながら、俺の方を向いて言った。

(か、可愛いなぁ…♪今日、告白までいけるかな)

駅のホームで列車を待っていると、まだまだ暑いのだが、時折涼しい風が吹き抜ける。

「伊野さん、足とか寒くない?」

「今の風ぐらい大丈夫だよ!まだ9月だし、今月一杯は女子はブルマで体育受けなきゃいけないもん。一応テニスで鍛えたつもりの足だから、大丈夫だけど、もしかして上井君、アタシの足、ジーッと見てたの…?」

俺は思わぬ伊野さんの突っ込みと、ブルマという単語に思わず動揺してしまった。

「いやっ、ジーッとなんて見てないよ!ただ、もし涼しいとか寒いとかいうことがあっちゃいけんからさ、あの、その…」

「上井君、面白いね!アタシがちょっと突っ込むと照れちゃうから」

と言って伊野さんは笑ってくれた。良かった、変態と思われなくて。

そうこうしている内に列車がやって来た。村山と話して、分かりやすいように、一番前の車両の一番前のボックスシートを待ち合わせる場所にしておいた。
一つ前の大竹駅で、村山と船木さんが無事にその位置がゲット出来ていたら良いのだが…。

列車が停車し、ドアが開く。

「おお、こっちこっち」

と村山が手招きする。無事に予定した位置のボックスシートをゲット出来たようだ。村山と船木が向かい合う形で通路側に座っていた。

「おお、ありがとう。船木さん!久しぶりじゃね。今回は色々とありがとう」

「いえいえ。上井君こそ、この半年大変じゃったみたいね。色々とこの男から聞いたよー」

「この男って、コラ!」

村山と船木も、いい付き合いを続けてるようだ。

「サオリちゃんも久しぶりに会うね。この前電話で思わず2時間も喋っちゃったけど、会うのは久しぶりだよね」

「2時間!?」

俺と村山は声を合わせて驚いた。

「2時間ぐらい、女の子ならすぐだよ。そうだね、会うのは卒業以来だもんね」

「そうだよ。今日も色々聞きたいしね。そろそろ列車も動くし、さあさあ、お2人窓側へどうぞ」

俺と伊野さんは、窓側に向かい合うように座るよう、船木さんに誘導された。ボックスシートといっても狭いから、俺と伊野さんの膝がぶつかり合う。それだけで俺は照れていた。

車内では、男同士、女同士で会話に花が咲いた。

「ここまでどうや?上手く行っとるか?」

村山が聞いてきた。

「何とかね。伊野さんとの会話もスムーズだし。出来れば今日、一気に…なんて思ってる」

「今日、そこまで考えとるんか?うーん、焦らんでもええと思うがのぉ」

そんな会話をしていたが、女子2人には聞こえていないはずだ。逆に女子2人の会話も、何か喋っているようだな、くらいしか分からないほど、列車がぶっ飛ばす走行音は凄かったからだ。

そのうち横川駅に着き、近くのボーリング場へ向かった。アイススケートリンクもあり、総合レジャー施設といった感じである。

そこで村山が2レーン4人で申し込み、必然的に村山&船木、俺&伊野さんのペア対抗になった。

「アタシ、大丈夫かなぁ」

と伊野さんがいうので、俺は助けねば、と思ってアドバイスし始めた

「まずボール選びからだよ。重たいのから軽いのまで、色々なボールがあるから、女の子ならこの辺りのボールがいいんじゃないかな?」

「この辺り…?あ、本当だ。軽いね!アタシ、ボーリングって、重たいボールしかないと思ってた。この重さなら大丈夫そう。ありがとっ、上井君」

「いえいえ、これぐらい」

レーンに戻ると、村山と船木さんはよくボーリングに来て慣れているのか、もう準備は終わっていた。

「試合開始してもええか?」

「気が早いなぁ、伊野さんが雰囲気に慣れるまでちょっと待っててよ」

といい俺は伊野さんに、ピンを10個倒すのが目標で、1回で2度投げれること、ストライクやガーターなど、説明していた。

「うん、とにかく投げてみることよね!頑張ってみる」

「うん、頑張れー、伊野さん!」

と言ったところで、試合開始となった。

たまにスペアとかストライクが出たら、お互いにハイタッチしたりして、雰囲気は良好だ。

「あの2人、上手くいきそうじゃない?」

船木さんが村山に囁いた。

「そうじゃね。傍から見ると、カップルそのものに見えるし」

「上手くいけば、アタシも電話した甲斐があるんだけどねっ」

ボーリングは3試合したところで時間となり、終了となった。

トータルで試合には負けたが、俺は勝ち負けなんかどうでもよく、伊野さんとより親密になれたことが嬉しかった。
ストライクを出したら何気なくハイタッチしたりしたが、それだけでも嬉しかった。

その後近くのファミレスでランチを食べ、この日のメインのクラシックコンサート鑑賞となった。

その間もみんなで喋り続け、その中でも特に船木さんは、俺と神戸がどうして別れてしまったのかを聞きたがった。

「まあ、俺が不甲斐なかったんよね。フラれた理由はこれに尽きると思うよ」

「でもアタシは羨ましかったけどね。同じクラスで同じ部活で…。副部長しながら、ちょっと嫉妬したこともあるんよ」

「嫉妬って、これまた大袈裟な」

「2人を見てて、アタシも彼氏が欲しい!って熱烈に思うようになったもん。で、今はコレだけどね」

「コレとはなんじゃい~」

コンサート会場へ向かいながら、笑いあった。

この時までは幸せだった。このまま伊野さんと付き合えると信じていた。


クラシックコンサートの会場は、全席自由だった。俺達は真ん中辺りの列の端っこ4席を抑えた。

「とりあえず荷物置いたけど、どう座ろうか」

「アタシ、一番通路側にして」

伊野さんがいう。
じゃあ、という感じで、通路側から伊野さん、俺、船木さん、村山という順番に座ることになったのだが、開演直前になって伊野さんが、
「やっぱりよく見える真ん中の方にして」
と言って、俺の横から、村山の隣へと移ってしまった。

俺は狐に摘ままれたような気分になった。

(さっきファミレス出てから、そういえば全然伊野さんは自分から言葉を発してなかった…。どうしたんだろう)

船木さんと村山も、不思議な表情をしていたが、ステージの幕が開いたので、そのままの座り方でコンサートを聴くことになった。

微妙な雰囲気のまま前半が終わり、15分の休憩になったが、船木さんがちょっとお手洗いに…と立ち上がったら、伊野さんも後を追うように通路へ出て行った。
俺と村山が残された形だ。

「お前、伊野さんに何か変なことしたんじゃないんか?隣の伊野さんから、凄いイライラモードが伝わってくるぞ」

「何にもしてないよ。むしろボーリングの時の方が、手を触ったり足がくっ付いたり…」

「なんなんじゃろうな。今トイレで船木さんと伊野さんで何か会話でもしてればいいけど」

その内、船木さんが先に戻ってきた。村山が

「伊野さんとトイレで何か喋った?」

と聞いたが

「え?サオリちゃんもトイレにいたの?全然知らなかった」

という。ますます狐に摘ままれたような気持が増してきた。

後半開演直前に伊野さんが戻ってきたのでとりあえずホッとしたが、硬い表情のままだ。勿論、俺には何も声を掛けてくれず、村山の隣へと座り、そのまま後半が始まった。

演奏は素晴らしかったが、俺は心がザワザワして、すっかり演奏に集中できなくなっていた。

コンサートはアンコールも含めて全て終わり、後は帰宅するだけとなったが、混雑する会場の出口で俺と村山、船木さんが伊野さんを待っていたものの、一向に姿を見せない。

そのうち観客もまばらになり、座席への出入り口も閉められそうになったので、村山が機転を利かせ、忘れ物したんで、ちょっと探させてくださいと言って場内へと伊野さん探しに入った。

俺と舟木さんが会場の玄関でひたすら伊野さんを待つ形になった。

「ねぇ上井君、サオリちゃんに何かしたの?」

船木さんが聞いてきた。

「さっき村山にも聞かれたんじゃけど、何もしとらんよ。しいて言えばボーリングでハイタッチしたり、スコアを見るときに足が触れたりしたけど…」

「じゃあ怒るほどでもないよね…。サオリちゃん、どうしちゃったんだろう」

しばらくしたら村山が会場から出てきた。

「アカン、誰もおらんかった」

「じゃあ、何時の間にか先に帰ったってこと?」

奇しくも俺の声と船木さんの声が重なった。

「そうとしか思えんよな…。仕方ない、俺らも帰ろうか」

「…そうじゃね」

最寄りの横川駅から、各々の下車する駅までの切符を買い、3人で列車に乗った。

朝は晴れていたのに、夕方となった今は今にも大雨が来そうなほど、暗かった。

車内でも3人で喋ることはなく、重苦しい雰囲気になってしまった。

そのうち、俺が降りる玖波駅に着いた。

「じゃあ、また。船木さん、色々ありがとう」

「上井、元気出せよ」

「ああ」

ドアが閉まり、2人が乗った列車を見送ると、雨が降り出してきた。

俺はしばらく、駅の待合室で、もしかしたら伊野さんが後の列車で帰ってくるんじゃないかと期待して、待ってみた。

だが、3本待っても、4本待っても、伊野さんの姿は無かった。

やっぱり何時の間にか先に帰ったのだろう。

俺は伊野さんを待つことを諦め、家路についた。

折しも駅の外へ出た途端に、雨が激しさを増してきた。

「…傘なんて持ってねーよ…天気予報の嘘つき…」

俺は土砂降りに打たれながら、やっと家に辿り着いた。

不幸中の幸いで、俺が駅で伊野さんを待ち続けたため夜も遅くなり、親は先に寝てしまっていた。だから無様な格好を見られずに済んだ。

俺は風呂に直行し、声を殺して泣いた。

「何が、何がダメなんだ…」

途中までとても雰囲気よく話せていたのに、ファミレスを出て以降、伊野さんの態度が急変してしまったのは何故なんだ?
いくら原因を考えても、何も思い浮かばない。

あんなに朝はウキウキしていたのに、こんな思いで夜を迎えるなんて…。


皮肉にもよく晴れた翌月曜日、いつもの通り朝練に出るべく家を出て駅に向かったら、遠目に伊野さんが見えた。

(今はダメでも、宮島口で降りたら声を掛けれる。フラれてもいいから、昨日突然態度が変わった理由を知りたい!)

同じ列車の離れた位置に乗り込み、宮島口で下車すると、伊野さんの後ろ姿が見えた。

「伊野さん!」

俺は叫んだが、一顧だにせずそのまま改札へと向かっていく。声が聞こえてない訳はない。俺は走って、改札の外で伊野さんに追い付いた。

「伊野さん、昨日はどうしちゃったの、俺た…」

「私に話しかけないで下さい」

「え…」

「聞こえない?私に話しかけたり近付いたりしないで、もう二度と」

その言葉を発する迫力と圧力が物凄く、俺はその場で固まってしまった。

そんな俺を一瞥すると、伊野さんは早足で高校へと向かった。

俺はしばらく動けなかった。

(近付くな…って、なんだよ…)

時間が暫く経過すると、やっと動けるようになった。

トボトボと高校へ向かって歩き始めると、おそらく次の列車で宮島口に来る神戸を迎えに来たであろう大村とすれ違ったが、俺の憔悴っぷりに驚いたようで、何か声を掛けたいような素振りだった。
だがとても声を掛けれる状況でもないと察知したのか、無言のまま俺のことを見つめていた。

高校に着いたが、朝練に出る気力はなく、そのまま机に突っ伏していた。

後から登校してきた、同じ中学から進学した笹木さんが、前回朝練をサボった時には声を掛けてくれたが、今日は俺の様子が明らかにおかしいと察したのか、何も声を掛けてはくれなかった。だが、心配してくれているのはなんとなく雰囲気で伝わってきた。

俺はせめて次の恋は実らせなよ!と応援してくれていた、担任の末永先生に一言ダメだったと伝えたかったが、生憎この日は休みで、代理に副担任の白石先生が朝礼に来られた。

昼休みも何も食べれず、そのまま掃除の時間になったが、初めて俺は掃除をサボって、向かい側の棟の廊下へ逃げてしまった。

そこへ大村がやって来た。

「…俺がこんなこと言うのはオカシイと、俺も分かってるけど、大丈夫?何があったん?」

大村と会話するのはいつ以来だろう。合宿帰りのフェリーのデッキ以来かもしれない。俺は必死に言葉を吐き出した。

「俺は…本当に恋愛運がないよ。女性運がないよ。誰を好きになっても嫌われる、そんな運命なんだろうね」

大村は返す言葉を探していたようだ。しばらくしてから、こう言ってくれた。

「俺はこんなこと言う資格はない。ないけど、敢えて言う。上井は恋愛運も女性運もあるって。チカちゃん…いや、神戸さんに聞いたことがあるけど、中学の時、吹奏楽部で後輩の女子からモテてたんだって?」

「そんなこと、無いよ。ラブレターもバレンタインのチョコももらったことないし。ましてや告白されたことなんか…」

「そうなん?だって神戸さんは言ってたよ。『上井君と付き合ったら、しゃべってくれなくなった後輩の女子がいた』って」

「えっ?それは…初耳だよ。隠してたのかな…」

「かもね。中学で部長しとったんじゃろ?だから余計な心配させないように上井には言わんかったんじゃないかな」

「そっかぁ…」

俺はなんだか自分の性格が嫌になってきた。神戸のことを尻軽女と決め付け、大村と神戸とは絶対喋らないなどと、幼い思考回路を意固地に守っていたことが恥ずかしくなってきた。大村も神戸も、俺に気を使いながら付き合っていたのだろうか。

「だからさ、俺も今まで上井と直接話せてなかったから詳しくは分かんないけど、モテない、なんて思わずに、また新しい出会いを探しなよ。俺がそんなこと言える立場じゃないのは承知の上で、応援するから」

「ありがとう。俺って幼稚だよね。だから天の神様が、頭を冷やせとばかりに昨日の帰りに俺に土砂降りの雨を降らせたんだろうなぁ」

「昨日、何かが起きたんじゃね。しばらくは辛いと思う。俺が言うセリフじゃないけど。だけど、乗り越えてくれなきゃ。俺らブラスの同期じゃんか」

大村からの思わぬエールに、元気付けられたのは否めない。

かといって神戸とすぐ喋れるかというと、まだ心の壁があるし、伊野さんという原因不明の新たな敵まで作ってしまった。

吹奏楽部に、俺の居場所ってあるのだろうか…。

(次回へ続く)


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