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小説「年下の男の子」-11

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第13章「初夜」

井田は原田家の浴室の脱衣場で、雨で濡れた制服を脱ぎ、そのまま洗濯機に入れた。

次に下着を脱ぎ、洗濯機に入れたが、心の何処かに躊躇する気持ちがあった。

洗濯機の中に入れても良かったのかどうか、一度シャツとパンツを取り出そうと洗濯機の中に手を入れたら、手には井田の脱いだパンツではなく、原田家の女性陣の誰かのパンツを手にしてしまった。

「わあっ!」

井田は道理で小さかったなと思いつつ、慌てて洗濯機に放り込んだが、お母さんも妹の裕子も、まだ風呂に入った様子がなかったので、恐らく井田が手にしたのは、朝子のパンツだろう…。

(まだ早い、まだ早い…。ましてやここは原田家…)

井田は物凄いドキドキと罪悪感に悩まされつつ、自分の姉の下着なんかなんとも思わなかったのに…と、その落差に不思議さを感じながら、そのまま浴室に入ったが、まだ浴室は暖かく、さっきまで朝子が入っていた余韻が残っていて、ボディソープの香りもした。

井田は姉が嫁いでから、ガラッと女性色が無くなった我が家を思いだし、若い女性が家にいることって意外に意味があることだな、と思った。

そのままボディスポンジにボディソープを泡立て、身体を洗ったが、このスポンジもさっき朝子が使っていたのか?と思うと、井田は心が落ち着かなかった。
続けて頭を洗ったが、これは恐らくお父さんのシャンプーだろうから、それほど気にはならなかった。

頭を洗っているタイミングで、脱衣場に井田のための替え下着とパジャマが置かれたのが分かった。特に声は掛けられなかったが、おそらくお母さんが置いて下さったのだろう。

頭を洗った後、一気にシャワーでシャンプーとボディソープを流し落とす。
雨に濡れたままで体も冷え切っていたので、シャワーの温水が気持ち良かった。

一通りシャワーを終え、脱衣場へ戻ると、替えの下着とパジャマ、そして歯磨きセットが置いてあった。
ちょっと照れてしまったが、よく見ると下着類が妙に新しい。
今し方、袋から出したばかりのような感じだ。

(もしかして新品?)

と思いながら、井田はご厚意に甘えて、下着を身に着け、パジャマを着用し、歯磨きセットをポケットに入れてリビングへと戻った。

「ありがとうございました。とても体が温まりました」

「良かったわ。風邪でも引いたら大変だもんね。じゃあ、簡単で悪いけど、夕飯食べてね。私はすぐ洗濯してくるから」

とお母さんに言われ、リビングの中でも何となく上座的な場所に座らされた。お母さんは入れ替わりに脱衣場へと向かった。

「正史くん、テレビは木曜日だと何見てる?この時間だとやっぱり『ザ・ベストテン』かな?」

パジャマ姿の朝子が声を掛けてくれた。時計を見ると、もうすぐ9時だった。

「そうだね、やっぱり『ザ・ベストテン』を見てるよ。去年久米さんが辞めた時はもう見るの止めようかなとか思ったけど、結局見続けてる」

「じゃ、一緒に見よ!」

朝子がテレビのスイッチを入れてくれた。
今日は4月最後の木曜日だった。

井田は1ヶ月前、N高校に入ることだけは決まっていたが、その後吹奏楽部に入り、中学時代の女子バレー部の2年先輩であり主将かつN高吹奏楽部の部長を務めている原田朝子と恋人関係になり、大雨から避難するように原田家に上がり込み、一泊するほどになっているとは、全く予想すら出来なかった。

(高校生の内に一度は彼女を作ってみたい)

とは思っていたが、怒涛の最初の1ヶ月で、恋愛に関する目標はすべて叶ってしまったようなものだった。

「ねぇ、夕飯も一緒に食べよ?」

朝子は井田の隣に場所を移して、言った。この1ヶ月を思い返していた井田は夢から覚めたように、ハッと現実に戻った。

「なぁ、朝子」

「ん?なーに?」

「今目の前で起きてることって、夢?」

「アハハッ、夢じゃないよ。ホッペ、抓ってあげる」

朝子は井田の頬をキュッと抓った。

「イテッ!本当だ、現実なんだね…」

「ウフッ、正史くんは本当に面白いんだから。前も足を踏めとか言わなかったっけ?」

「だって、高校に入って1ヶ月経ってないのに、夢みたいな出来事ばかり続くからさ…」

「それは…。アタシもだよ」

朝子は顔を赤くした。

「アタシだって、毎日、今日も夢じゃありませんようにって、祈ってるんだから」

「嬉しいな…」

「アタシも…」

と照れながら2人が見つめ合っていると、そこへ裕子が現れた。

「はいはい、お姉ちゃん達、早くご飯を食べて下さーい。イチャイチャはその後にして下さーい」

「んもう、分かってるわよ!」

「ところでお母さんは?」

「今洗濯してる」

「ゲッ。アタシがお風呂入ってからにしてって言ってたのに~。…まあ今日は来賓が来てるから仕方ないか。アッハッハ。とりあえずお風呂入ってくるから。ごゆっくり~」

朝子は苦笑いしながら、

「うるさい妹でごめんね。でも年では正史くんより一つ上なんだよね。なんか不思議だね」

「ホントに。結婚したらこういう時って、どう呼ぶのかな?」

「け、結婚…」

「あ、いや、その…」

2人はまた顔を赤らめてしまった。

「えー、業務連絡。早く夕飯を食べなさい、早く夕飯を食べなさい。アタシがお風呂から上がるまでに夕飯は食べ終わるように。以上」

裕子が脱衣場からそう叫んできた。隣でお母さんが、アンタは少し静かにしなさい、と言っている。

「楽しい原田家、だね」

「ありがとう。正史くん、じゃあ冷めないうちに食べよっ!」

お母さんが用意してくれた夕飯は、焼き肉にポテトサラダに、ご飯とみそ汁だった。

朝子がポテトサラダを箸で摘まんでくれ、井田の口元に持ってきた。

「はい、アーンして」

「えっ、いいのかな…。アーン」

美味い!どれだけでも食べられそうなポテトサラダだ。

「美味しいね。お母さんの手作り?」

「うん。ウチのお母さん、料理がとても上手なの。アタシも教えてもらって、覚えていかないと。正史くんのために…ねっ」

「うん、朝子が作ってくれたお弁当を持って、どこかに行きたいね」

「そうだね。ゴールデンウイークのどこかで、初めてのお出掛けしようよ」

「本当に?よし、その日を楽しみに頑張るぞ、俺は」

井田はそう言って、パクパクと夕飯を食べた。
お腹が空いているのもあって、完食するのに時間は掛からなかった。

「早ーい、正史くん。アタシ、まだ半分だよ」

「女の子はゆっくりでもいいじゃん。俺は中学時代のバレー部の影響で、ご飯とかあっという間に食べちゃう癖がついてるんだ」

井田はそう言い、始まった「ザ・ベストテン」を見ていた。

「あー、『My Revolution』もこれまでかなー」

「正史くんはおニャン子系が好きだったっけ」

「メインはね。でも何でも聴くよ。洋楽以外は。朝子はチェッカーズと安全地帯だったよね?確か…」

朝子は、初めて喫茶店で話した時のことを覚えている井田に、感激していた。反面自分は伊田の好みをおニャン子系としか覚えてないことに、自己嫌悪を抱いていた。

「やった、新田恵利初登場でいきなり3位だ!河合その子も残ったね。『青いスタスィオン』、好きなんだ~。チェッカーズはランク外になっちゃったね。今回のはいつもと曲調が違ったから、あまりヒットしなかったのかな?」

等と井田が朝子に解説していると、お風呂から上がった裕子がリビングに現れた。

「ごめんなさい、テレビ見させてもらってます」

井田はとりあえず挨拶した。

「あ、今日は木曜日だった!ベストテン見てから風呂入ればよかった~。でもまだ2位と1位はこれからだよね?」

裕子はそう返してきた。

「あ、そうみたいです」

「アタシ、少年隊がメッチャ好きなの!今の『デカメロン伝説』って、何言ってんのかよく分かんないけど、『仮面舞踏会』は最高に好きだなぁ」

裕子もパジャマに着替え、バスタオルを羽織って髪の毛を拭きながら、リビングに座った。

「あの、裕子さんはもう夕飯は食べたんですか?」

「うん。2人がやってくる前に、先にお母さんとね。ところで、アタシに敬語なんか使わなくっていいよ!普通に喋ってよ」

「いや、やっぱりまだそんな軽々しくは…」

「ねえお姉ちゃん、なんて礼儀正しい彼を見つけたの?やっと彼氏が出来た!って嬉しそうに報告してくれたのを覚えてるけどさ、年下ってのにビックリ、で、更にアタシよりも年下ってのにビックリ、なおかつ礼儀正しさにもビックリの、本当に素敵な彼氏じゃん!」

裕子は井田を絶賛した。朝子は顔を赤くして、微笑んでいる。

「もう、ウチの裕子の方が興奮しちゃって、ごめんなさいね、井田くん」

洗濯とその後の乾燥をセットして、お母さんもリビングに顔を出した。

「あ、お母さん、色々と本当にありがとうございます。ご飯もとてもおいしく頂きました。あとウチの母、何か言ってましたでしょうか?」

「ううん、突然でご迷惑掛けます…とは言われたけど、ほら、まだ井田くんは高校に入ったばかりじゃない?だから『同じ部活の原田の母です』と言っても、井田くんのお母様は、多分吹奏楽部で出来た親友だとでも思ってらっしゃるわよ、きっと」

「お母さん、ナイス!これでたまにウチに泊まりに来れるね!あっでも、普段はお父さんがいるからダメか…」

「なんで裕子が一番はしゃいでんのよ、本当に…。正史くん、疲れたでしょ?お母さん、正史くんにはお兄ちゃんの部屋で寝てもらえばいいよね?」

朝子が冷静に言う。お母さんもそれがいいね、と答えた。

「じゃ、アタシが先にお兄さん?をお兄ちゃん?の部屋に案内するよ」

「なんで裕子が案内するのよ!」

「だってお姉ちゃんと一緒に2階に上がってったら、何始めるやら…」

「ったく、何もしないわよ!」

「本当かなぁ…」

井田は朝子と裕子のやり取りを見ていて、笑いを堪えるのに必死だった。

「まったく、井田くん、こんな家庭でごめんなさいね。お兄ちゃんもお父さんもいないところに、井田くんがやって来たから、姉妹でハイテンションなのよ」

「いえ、賑やかなのはいいことですし、羨ましいです。俺は姉が8歳年上だったから、いつもお姉ちゃんの言うことを黙って聞きなさい!って怒られてばっかりだったんで」

「そう?そんな風に言って下さると私も嬉しいわ。じゃあ明日も学校があるから、早目に休んだほうがいいわよね。朝子と裕子!いつまでも争ってないで、井田くんをお兄ちゃんの部屋に連れてってあげなさい」

「よーし、じゃあアタシが案内するか、お姉ちゃんが案内してそのままどうにかなっちゃうか、ジャンケンで決めるよ!」

「の、望むところよ!」

2人はジャンケンを始めた。勝ったのは…

<次回へ続く>

※参考図書「別冊ザ・テレビジョン/ザ・ベストテン〜蘇る!80’s ポップスHITヒストリー〜」

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