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小説「15歳の傷痕」-6

- 夏色片思い -

江田島での2泊3日の合宿は、本当にあっという間に終わった。

クラスのレクリエーションも、笹木さんのお陰でなんとかなったし、先輩に脅されていた元自衛官による脅しも特になく、厳しいといわれていたカッター訓練も、担当教官が面白い先生だったので、最後は充実感に溢れるものとなった。

俺が合宿後に気になっていることは、ただ一つ。

大村は神戸に告白したのかどうか?だった。

江田島から宮島口へと向かう帰りのフェリーの中で、俺はデッキに1人で佇み、ボーッと海を眺めていた。

村山は同じクラスの男子と仲良くなったのか、ずっとクラスの友達と喋っている。
俺はこういう時に不器用で、誰かの輪に入っていくことが出来ない。

ちなみに俺は結局2晩とも、誰からも呼び出されることは全くなく、レクリエーションの後は指定された部屋のベッドで、こっそり持ち込んだ推理小説を11時の完全消灯まで読んでいた。
同室の男子は殆ど出払っていたので、もしかするとみんな告白するかされるか、何かあったんだろうけど。

しかし噂は本当のようで、2晩で沢山のカップルが出来たようだ。
帰りのフェリーでは、行きの時には見られなかった男子と女子の組み合わせが、多数見受けられた。

俺は羨ましいな…と思う一方で、どうせ自分なんか誰からも好きになってもらえるわけがないんだから…と自虐的に考えながら、早く家に帰りたいとだけ思いつつ、1人でデッキにいたのだった。

そんな時だ。不意に背後から声を掛けられた。

「上井、ちょっといい?」

大村だった。上井は警戒しつつも、なに?と返事をした。

「上井には、今のクラスや吹奏楽部、学年全部も含めて、好きな女の子っている?」

どういう意図でそのように話し掛けてきたのか、大村の心中を探りながら、上井は答えを探していた。

「うーん…。いない。いないけど、1人いる」

自分でも答えが支離滅裂なのは分かっていたが、大村はまるで織り込み済みかのように続けた。

「それって、上井には悪いけど、失恋しちゃった相手で、未練が残ってるからって考えでもいい?」

なんでこの男は核心を突いてくるかなぁ。そのまんま神戸千賀子のことじゃないか。

「まあお察しの通りだよ。俺の心の整理が付かない女の子が1人いるんだ。いつ整理が付くのかって言ったら、そりゃあ分からない。時間の経過を待つしかないのかなと思ってる。でも、今の時点では、誰にもその子には触れてほしくないとも思ってる」

大村はしばらく考えていたが、

「男と女って、難しいよね。特に俺たちの世代だとさ。でも好きになる、嫌いになるって、本能に近いものがあるから、一度火が着いたら止められない。上井も誰かに対して早く火が着くようになればいいね」

物凄く深い意味を仄めかして、大村は去っていった。

上井は大村の言葉を反芻していた。

恐らく大村は、合宿中の夜に神戸を呼び出して、告白したのだろう。その際神戸は、真崎という現在の彼氏の存在と、元カレになる俺の存在を告げたに違いない。

真崎は別の高校だから横に置いといて、まず先に身近な存在の俺について、今どんな心境なのか確認しないと付き合えない、とでも答えたのだろう。それで大村はデッキの上にいる俺を見付けて、俺の心中を聞き出そうとしていたのだろう。

さっきのような俺の答えから、大村と神戸がどう動くのかは、俺は悔しいが見守るしかなかった。


江田島合宿も終わり、部活からの帰宅時は、最初の4月は俺と村山の2人だけだったが、途中から松下と伊野という2人の女子が加わり、更に神戸も加わって、5人の同じ中学出身組で帰宅するようになっていた。

だが俺は神戸とは頑として喋らなかった。

神戸も俺を意識してか、俺が喋っている時は黙っているし、俺も神戸が喋っている時は黙っている。

その内、その不自然さに気が付いたのが、元テニス部の伊野沙織だった。
ある日5人で部活後に帰宅している時、

「ねーねー、なんで上井君と神戸ちゃんは話さんの?」

と、首を傾げながら、何気なく言った。

しかしその場の空気は一瞬にして固まり、誰もその問いに対して答えようとはしなかった。

「あっ、あれ?アタシ、変なこと聞いた?」

「いや~、明日も晴れるとええね!」

村山がでかい声でそう言い、無理やり話題を変えようとしてくれた。
松下弓子は中3の時、俺と神戸と同じクラスだったため、俺と神戸が別れたことは知っていた。

だが伊野沙織は中3の時、他のクラスだった。
その上吹奏楽部ではなくテニス部だったから、俺と神戸の関係については何も知らず、素直に疑問を挟むのは当たり前といえば当たり前なのだ。

「さおりちゃん、その件については、アタシがあとでゆーっくり解説してあげるわ」

松下弓子が更に助け舟を出してくれ、その日は何とか切り抜けた。


だが翌日の部活の時、伊野沙織が物凄く申し訳なさそうに俺に話し掛けてくれた。

「上井君、昨日はごめんね。アタシ、上井君と神戸ちゃんが付き合ってたこと知らなくて、だから別れたのも知らなくて。あんなこと聞いたら、固まるよね、ごめんね」

と、手を合わせて、本当に申し訳なさそうに謝ってくれるので、

「そんな、伊野さんは知らずに聞いただけなんだから、全然悪くないよ。知ってて聞いたら、確信犯だけどさっ」

と、俺は努めて明るく返した。

「じゃあ、怒ってない?」

伊野沙織は、又も首を傾げながら聞いてきた。女の子ならではの、このスタイルが、俺の心に焼き付く。

「怒る?とんでもない!却って気を使わせちゃって、こっちこそごめんね」

「良かった~。じゃあこれからも一緒に帰れるよね。ありがとう、上井君。じゃ、また帰りにね」

伊野沙織は、照れた顔をしながら、夏服を翻し、クラリネットパートの練習に戻っていった。

その後ろ姿を眺めながら、俺はキュン💖ときた。

来た来た、俺が忘れていた感覚はこれだ!

やっと俺は前へ進めるんじゃないか?

やっと俺は神戸の影から脱却出来るんじゃないか?

半年前の傷が治る時が来たんじゃないか?

こんな可愛い、同じ中学から一緒に進学した女の子がいたなんて、ウッカリしていた。

俺は伊野沙織さんに一目惚れした。もう大村と神戸が付き合おうが、勝手にしてくれという気分にまでなっていた。

ウキウキしながら、サックスのパート練習に顔を出すと、早速前田先輩に突っ込まれた。今日も前田先輩しか、まだ来ていない。

「あっ、ミエ~。なーんかいいことあったの?その顔は…。あっ、もしかしたら江田島の合宿で彼女が出来たんでしょ?」

「先輩、残念でした〜。江田島では、俺は空振りです」

「江田島では…って言い方と、なんか嬉しそうな顔が気になるなぁ。お姉さんに白状したら、楽になるわよ?」

「先輩、追求が厳しいですよ〜。事実だけ言います!今、現時点で、俺に彼女はいません」

「変な言い方だね~。余計に気になるじゃない」

と前田先輩の追及が始まりそうな時に、

「確かにミエハルの姿は、2晩とも見掛けなかったね」

と言いながら、少し遅れて、末田がやって来た。正直、助かった。

「え?ということは、末田さんも江田島で誰かに呼び出されたとか?」

「ううん、アタシも何もないよ。ただ友達が8組の男子に告白したいからって、付き添いさせられたの。伝令役よ、ただの」

末田はアルトサックスの準備をしながら喋っていた。

「そうなると、あとは伊東君に確認しなきゃだね。あの子、モテそうな顔してるから、江田島じゃたくさん告られたんじゃないかな?」

前田先輩がそう言っていると、沖村先輩と伊東が喋りながら、サックスのパート練習の場所に現れた。

「おー、待ってたよ、伊東君!江田島で恋人ができたかどうかの査問委員会なんじゃけど、どうだった?」

と、俺が尋ねたが…

「俺?まあ100人ほど告白されたけど、全部断った」

伊東は肝心な話を、いつも巧みに逃げつつ、脱力させる。

「そ、そう…」

前田先輩は苦笑いしながら、しかし更に聞いた。

「伊東君は、要は彼女は作らなかったんだ?」

「まあ正直に言いますと、2人ほど呼び出されて告白されましたけど、俺、実は同じ高校内では彼女を作らないことにしてるんで、断ったのは本当です」

「へぇーっ!」

女性3人組が、一斉に驚きの声を上げた。さっきのは冗談にしか聞こえなかったが、今回のは本当の話に聞こえた。

モテる男は違うなぁ。俺なんか、「好き💕」と言ってくれる女子なら、よっぽどじゃない限りウェルカムだけどなぁ。江田島に行く前に、俺より先に彼女を作るって言ってたのは、カムフラージュだったのか?

そんな感じでこの日のサックスの練習は、お喋りだけで終わってしまった。

中学時代にはパート練習で楽しく話し続けるようなことは無かったので、これでいいのかな?という思いと、高校はやる時はやる、脱力するときは脱力する、という感じなのかなという思いを抱いた。


ミーティングを終え、帰宅の時間になったが、いつもと同じ中学5人組で帰ろうとしていたものの、神戸千賀子は何時まで待っても下駄箱に現れなかった。

「もう帰ろうや、遅くなるし」

村山が言い出してくれた。そうだね、と他の女子も賛同したので、4人で帰ることになった。

まず口火を切ったのは、伊野沙織だった。

「上井君、昨日は本当にごめんね」

「ううん、もう気にしないでいいよ。今日はその当事者がいないし、ハハッ」

「だから今日は、オープンに何でも話せるな。じゃあこの場を借りて一つ、報告しとくよ」

村山がそう言いながら持ち出したネタは、衝撃的だった。

「ウチの親が神戸の親とツーカーじゃけぇ、こんな話もすぐ分かるんじゃけど、まず神戸は真崎のヨウちゃんとは、GW明けに別れとる」

はあっ?

「元々、神戸と真崎のカップルってのは、無理があったんよ。真崎のヨウちゃんも中学の時は押さえてたけど、高校行ったら先輩らの影響で完全にヤンキーに逆戻りしちゃって、俺が見掛けた時はいつもタバコ吸いよったし。だから神戸の親も、そんな男とは別れろって怒ったらしいし、神戸自身も上井と別れる為に真崎に逃げたようなもんだし、長く続く訳なかったんよね」

しばらくみんな押し黙っていたが、最初に口火を切ったのは、意外にも伊野沙織だった。

「それって上井君が可哀想じゃない?昨日、ユミちゃんにも教えてもらったし、村山君にもちょっと聞いたけど、上井君のことをフルために神戸ちゃんは真崎君に逃げて、目的果たしたからGW明けにバイバイしたってことでしょ?」

「まあ…形的にはそんな感じだよな」

村山はポツリと言った。

じゃあ、江田島の合宿の時点で、神戸は真崎とはもう別れていたってことか。
神戸はその気になれば、大村が告白したなら受け入れて、カップル成立になっても良かった訳だ。

それでも帰りのフェリーのデッキで、大村が俺の心中を確認したがったのは、こうなってくると、神戸千賀子自身も大村の告白を受け入れる前に、俺に対してスッキリした思いを持っていないということになる。

その辺りの追及を避けるために、昨日の件もあるから、神戸は今日はみんなと帰るのを嫌がり、部活後にとっとと先に帰ったか、どこかで時間潰しでもしているのではないか。

「まっ、まあ、俺は吹っ切れてるしさ。もう神戸さんのことをどうだこうだいうのは止めようや。俺は高校でニューミエハルとして、新しい彼女を探すから。みんな、明るくいこうよ!」

俺は半分ほどウソを紛れ込ませながら、暗くなった帰り道を明るくしようと、カラ元気で喋った。

「うん。上井君が素敵な彼女を見付けられるよう、応援してるからね!」

と伊野沙織が言ってくれたが、俺は今は貴女に一条の光を見付けているんだよと、心の中で強く思った。

やっと4人でワイワイ言いながら、楽しく帰れる雰囲気になってきた。ずっとこんな雰囲気を保ちたい…。

その4人をちょっと遠くから見つめている2人組がいた。

大村と神戸の2人だった。

(次回へ続く)


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