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小説「15歳の傷痕」54

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― 話しかけたかった ―

1

今日は昭和63年7月14日(木)、いよいよクラスマッチの本番が始まる日だ。まだ梅雨が明けてないので天気が心配だったが、天気予報はこの2日間、何とか持ちそうだった。

俺は生徒会役員としての担当競技は女子ソフトボールだが、自分が出る競技はサッカーだった。
なので、同じグランドで開催されるのはラッキーだった。

生徒会の相方になる2年生の山田綾子さんは、バレーボールに出るそうで、試合の時は体育館に行かねばならず、そのことを申し訳ないです、と俺に言ってくれたが、お互い様だから気にしないで、と返しておいた。

さて俺と山田さんは、前日の昼休みのクジ引きで決まった組み合わせに従って、女子のソフトボールをグランド2面を使って始めることにした。最初は1年生と2年生で、その次の組み合わせで3年生が登場する。

生徒会役員としては、公平に対戦するクラスを扱わないといけないが、やはり吹奏楽部の後輩がいるクラスは、応援したくなってしまう。

「ミエハル先輩!ソフトボール担当ですか?」

早速声を掛けてくれたのは、1年生の打楽器の藤田恵美さんだった。
1年生はまだ制服姿しか見ていないから、体操服姿は新鮮で、またエンジ色のブルマに慣れていない、なんとなく感じる初々しさ、恥ずかしさが伝わってくる。

「うん。藤田さん、第1試合なの?」

「そうなんです〜。バレーボールに行きたかったのに、人数の都合でソフトボールになっちゃって。でもミエハル先輩が担当なら、ちょっと点数とかサービスしてくれないかなぁ」

「いやいや、ちゃんと公平に試合を見届けるよ!ま、内心は応援しとるけどね」

「本当に応援して下さいね、頑張りますから」

そう言って藤田さんは1年生に割り当てられたグランドへ走っていった。

続けて2年生の宮田さんが、俺の所にやって来た。

「ミエハル先輩、女子ソフトの担当なんですか?」

「う、うん。そうだよ」

「アタシ、ソフトボールなんですよ。先輩、アタシのクラスにこっそり点数オマケして下さいよ」

「えー、ダメだよ〜。内心で応援はしてあげるけど」

「やっぱりダメかぁ。クラスの友達に、文化祭でドラム叩いたあの人に頼んできてよって言われたけど…」

「ドラムのあの人にって…」

俺は苦笑いしながら、まだ2年生の女子に文化祭のドラムの人と言ってもらえたのが、何となく嬉しかった。

「じゃあ先輩、アタシらのクラス、応援しとってね!アタシ、頑張るけぇね」

宮田さんはそう言って、これまた2年生に割り当てられたグランドへと走っていった。

1年生、2年生のブルマ姿は普段目にしないので、近くで会話をすると妙にドキドキする。
ましてや何故か吹奏楽部の後輩達は、なぜか結構ブルマをグッと上に引き上げて穿いている女子が多いから、なんとなく目のやり場に困る時もある。

「ふぅ…」

一息ついた後、とりあえず次々と1年生、2年生の女子ソフトボール第1試合にでる生徒が集まってきているのを確認し、試合のないクラスから出してもらってる審判担当の生徒から、両クラス全員集まりました!という報告をもらい、俺は試合を始めて下さい、と合図を送った。

「上井先輩、吹奏楽部の後輩の女子から慕われてるんですね」

山田さんが生徒会役員用テントで、試合が始まって少し落ち着いた頃に言った。そう言えば山田さんも制服姿しか見ていなかったから、ブルマ姿は初見だ。

「慕ってくれてるのかなぁ。都合のいい男として見られてるんじゃないかなぁ」

「いいえ、アタシも女ですから。上井先輩が優しいからつい甘えたくなるってのが、分かってきましたよ」

「ありがとうね、そんな風に言ってくれて」

後は試合終了まで、特に揉め事が起きない限り、生徒会役員は特にすることがない。

女子ソフトボールの試合を、1年生側と2年生側を交互に眺めながら、去年の夏までは単に参加するだけで、体育が嫌いな俺には憂鬱なクラスマッチも、裏に回ると沢山の準備が必要なのだということが分かった。
模造紙のトーナメント表に、試合が一つ終わるごとに結果を書き入れ、校内放送で次の試合のクラスを呼び出す。
時には試合が長引いたり、逆に予定より早く終わったりするので、そんな時に混乱しないように気も配らねばならない。
楽なようで結構大変だが、試合中だけは気が休まった。

そしてふと頭に浮かんで来るのは、末永先生が大谷さんに、俺の言い訳を伝えてくれたのかどうか、だった。

月曜日の部活帰りに先生に車で送ってもらいながら、車中で懸命に説明したつもりだが…。

もっともその後の火曜、水曜とも大谷さんは、俺のことなど眼中にないとばかりに、クラスでは俺と目が合いそうになったら意識的に横を向いたり、俯いたりしていたから、まだ末永先生から俺の言い訳は聞いてないのかもしれない。
いや、聞いた上で、いくら中学校が同じだからと言ってもあんな不良に手を差し伸べるなんて…と思って、改めてこんな男とは喋らない、と決意し直したのかもしれない。

ただ、万一俺の言い訳を聞いてくれていて、その上で俺に何か話しかけてくれても、もう以前のようには気楽に喋れる間柄には戻れないだろうし、戻ろうとも思わなくなっていた。

もう恋なんてしないと決めたのだから…。


そう考えている内に、女子のソフトボールの1試合目が終わった。
宮田さんと藤田さんが喜びながら校舎の中へ戻っていったので、試合に勝ったのだろう。
審判係の女子が、点数を教えに来てくれ、山田さんが模造紙に記入し、俺は今の試合結果と次の2試合目のクラスを呼び出すべく、玄関から引っ張ったマイクで校内放送をした。

「女子のソフトボールの1試合目が終わりました。次の2試合目に当たっているクラスは、グランドに集合して下さい。3年生は5組と7組…。2年生は…」

2試合目は俺のクラスか…。
7組からソフトに出る女子は誰だろう?バレーボールに出る女子と上手く分かれたのかな?
ちなみにサッカーは、俺のクラスは3試合目が最初だったので、まだ余裕で女子ソフトの対応が出来た。

その内ぞろぞろと、女子ソフトの2試合目に出るクラスが校舎から出てきた。一斉に4クラス分の女子が入れ替わるので、なんとなく女性特有の香りがグランドにムンムンとしているように感じる。

なんとなく3年生の使用するグランドを見ていたら、5組と7組の女子が話したりしながら少しずつ集まってきていた。

『 ! 』

5組の女子には、2年半の断絶を経て和解したばかりの神戸さんがいたが、7組の女子には、大谷さんがいたのだ。

(大谷さん、ソフトだったんか…)

片や2年半越しに仲直りした女子、片や突然無視されるようになった女子…。
高校生活も3年目に入ると、因縁が生まれるものだ。

試合開始まではまだ間がある。
だからか、本部席にいる俺を神戸さんは見付けて、走ってきてくれた。

「ねぇねぇ上井くん、上井くんのクラスとの試合だけど、アタシ達に勝たせてよ」

久しぶりに間近で見る神戸さんの体操服姿は、記憶の中にある中学時代の体操服姿より、遥かにセクシーだった。

「目ざといな〜。そんなこと出来ないよ」

「やっぱりか。今のは聞かなかったことにしてね。じゃあ、生徒会の仕事、頑張ってね」

そう言って、3年生のスペースへと走っていった。
流石同級生だけあって、俺に対する言葉も宮田さん、藤田さんとは違っていた。

そのまま1年生のクラスも全員揃い、3年生側も全員揃ったので、審判担当の女子生徒が合図を送ってくれた。
それに対して、俺は試合開始の合図を送った。

「山田さんは、いつ頃バレーボールの試合になりそう?」

「そうですね、表では第4試合になってたので、上井先輩のサッカーと被らないか、ちょっと心配なんです」

「予定表だと何時頃かな?」

「えーっと、10:30です」

「俺は10:00だから、上手くいけば重ならない…かな?」

「そうですね、実際の試合時間が気になりますけど、何とか…」

と、ちょっと不安そうな山田さんを見つつも、悲しい男の性でつい体操服から透けて見えるブラジャーのラインに目が行ってしまう。
美術部で、尚且おとなしめという性格から、下着も純白だ。ブルマで見えないが、きっとパンツも純白だろう……

って、俺は何を考えて山田さんのことを見てるんだ!スケベな目で見るな、ちゃんと生徒会の仕事しろって…。

そんな余計な事を考えていたら、かなり予定より早かったが、女子バレーボールの3試合目の呼び出しのアナウンスがあった。時計を見たら、9:43だった。

「わ、上井先輩、アタシ、予定より早く試合に呼ばれそうです」

「そっ、そうだね」

上井は、山田さんのブルマ姿で妄想してしまっていたのを気付かれたかと一瞬焦ったが、そんなことは無く、純粋に不安そうに俺の事を見つめてくれていた。
ちょっと胸が痛んだ。

「確かにサッカーは時間制限があるから、予定より早くも遅くもなりにくいんよね。バレーボールは点数で決めるから、一方的な展開になったら早く終わる可能性もあるし、いつまでもジュースの状態が続くと長引く可能性もあるよね」

「そしたら、先輩のサッカーの途中で、アタシが体育館に行かなきゃいけないかもしれませんね」

「もし2人ともいない時にソフトボールの試合がチェンジになったら、俺がこっそりサッカーから抜けるから。心配しないでいいよ」

「そんな、抜けたりして大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。俺なんか戦力じゃないから、いてもいなくても影響はないよ」

「そんなこと、ないと思いますよ」

「まあ、山田さんはバレーボールの出番が来たら、気にせずに体育館に行っておいで。何とかしとくから」

「ありがとうございます。やっぱり上井先輩は、優しいんですね」

「…い、いや、照れるじゃん」

多分、俺の顔は真っ赤だっただろう。

そうこう会話していたら、3年生女子のソフトボールが先に終わったようで、女子が並んで礼をしている。結構早く終わったみたいだ。1年生女子は、まだ試合している。

審判係の女子が結果を教えに来てくれた。

「7-2で、7組の勝ちです」

「はーい、ありがとう」

山田さんが模造紙に結果を書き込み、トーナメント表を更新した。俺はマイクで、3年生第一試合の結果と、同じグランドで引き続き行う2年生女子の第2試合の案内をした。

(俺のクラス、勝ったんだね)

クラスへ戻る3年女子を眺めていたら、神戸さんが駆け寄ってきて、

「もう、上井くんが贔屓してくれんけぇ、負けちゃったじゃん!」

と言ってきた。こんな何気ない会話が出来るようになったんだ、和解したのって大きいな…。

「生徒会は公平に見るからね。まあ、次の試合に勝てば最高5位にはなれるじゃん。頑張ってよ」

「はーい。じゃあね」

といって友達の所に戻る神戸さんを見つめていたら、ふと何処かから視線を感じた。山田さんの視線ではなさそうだ。
恐る恐る視線の先を探したら…

<次回へ続く>


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