Hiro

助産師です。混合病棟で看護師としても働いています。元新聞記者。子ども3人を産んでから、…

Hiro

助産師です。混合病棟で看護師としても働いています。元新聞記者。子ども3人を産んでから、自分のミッションは命と向き合うことだと感じて転職。現在助産師11年目。母親アップデートコミュニティHUCメンバー。お産のこと、日々の暮らしのことなど、少しずつ書いていきます。

マガジン

  • デコとボコの共同運営マガジン

    • 1,679本

    発達系の記事を発達系に興味がある人に届けるための共同運営マガジンです。ご自身が発達障がいの方、お子さんが発達障がいの方、発達を支援する団体の方など、発達障がいに少しでも関連があれば誰でも参加することができます。診断ついていなくても大丈夫です。参加希望の方はその旨のコメントをお願いします。

  • 暮らしのこと

    暮らしのこと、日々感じたことなど、徒然なるままに

  • 助産師のこと

    助産師にまつわるあれこれ 大切にしてることなどなど

  • 読書感想文

    読んだ本の感想を書き留めていこうと思います

  • 人生の最期にまつわるエトセトラ

    看取り士になりたいと思っています。仕事の中で暮らしの中で人生の最期にまつわる自分の関わり、生き方、感じたことなど。

最近の記事

  • 固定された記事

#2 なぜ助産師になったのか

助産師のHiroです。 今年の目標の1つとしてずっと書きたかったnote。 昨日、note書く宣言をして第一歩を踏み出せたので、少しずつ前に進んでいこうと思います。今日は自己紹介の思いを込めつつ、私がなぜ子どもを三人産んでから助産師になろうと思ったかを書いていこうと思います。 あの頃の自分を受け止めたい 助産師という職業をまともに知ったのは、実は長男を妊娠してからのこと。 大学を卒業してすぐ地元の小さな新聞社で働いていた。まともな教育体制もなくどうすればちゃんと記事が書

    • #15 開業準備はじめの一歩 「お産を語る会」をやってみました

      助産師のHiroです。 私はいまは地域の病院で勤務助産師をしていますが、近い将来は助産院を開いて開業助産師として働きたいと思っています。 開業したらやりたいこと、いっぱいいっぱいありますが、「お産を語る会」もその一つ。みんなに「こんなことやりたいんだよねー」と話をしていたら、産後のお母さんから「ぜひやりましょう!」と声をかけていただきました。今日は助産院開業プレ企画として試しにやってみた「お産を語る会」の話を書こうと思います。 「お産を語る会」とはお産を語る会とは、開業助産

      • #14 家族の再構築 母親マネジメント研究会「藪の中」読書会に参加して思ったこと

        助産師のHiroです。 今日は私が所属している母親アップデートコミュニティ(HUC)の5周年イベントの1つ、母親マネジメント研究会の「藪の中」読書会に参加して感じたことを書きたいと思います。 5周年祭では他にも素敵なイベントが盛りだくさん。みんなが書いたイベントレポートも良かったら読んでみてください。 研究会に参加したかったわけHUCに入ったきっかけは、代表のなつみっくすさんのnoteを読んだこと。noteを読んで、母親がマネジメントを学ぶ場所があると知って、自分も参加した

        • #13 【読書感想文】ひぐちアサ「ヤサシイワタシ」を読んで

          こんばんは。助産師のHiroです。 今日は息子に勧められたひぐちアサの漫画「ヤサシイワタシ」を読んだ感想文を書こうと思います。息子のnoteへのアンサーnote。ネタバレ注意⚠️ 生きづらさを抱えている息子、大学をさぼり気味でダメな自分が嫌になる、そんな気持ちを素直に私に話してくれた。その話の中で、ひぐちアサ「ヤサシイワタシ」を読んだら、刺さり過ぎたと私に勧めてくれた。 息子の話を聞いていると、ダメさ加減も、考えていることも、まるで大学生の頃の自分を見ているような気分になる

        • 固定された記事

        #2 なぜ助産師になったのか

        • #15 開業準備はじめの一歩 「お産を語る会」をやってみました

        • #14 家族の再構築 母親マネジメント研究会「藪の中」読書会に参加して思ったこと

        • #13 【読書感想文】ひぐちアサ「ヤサシイワタシ」を読んで

        マガジン

        • デコとボコの共同運営マガジン
          1,679本
        • 暮らしのこと
          1本
        • 助産師のこと
          4本
        • 読書感想文
          2本
        • 人生の最期にまつわるエトセトラ
          1本
        • 自分語り
          3本

        記事

          #12 看取り士になりたいわけ

          助産師のHiroです。 今日は息子ひろーりのnoteを読んで感じたことを書こうと思います。 物心ついた頃から私は「死について」「命について」考える子どもだった。 両親が熱心な宗教家であり宗教2世として育ったこと、仏教の思想について親と語り合ったり、書物を読んだりしていたことも大きく影響していると感じている。 それと同時に、家の目の前に里山がある田舎の町で育ち、自然の中で生きてきたということ。雨が多い地域で、9月になると何度も台風がやってくる。停電して蝋燭の心もとない薄明か

          #12 看取り士になりたいわけ

          #11 2024 命を語れる場所をつくる

          助産師のHiroです。 久しぶりのnote更新。今回は2024年に向けたいまの気持ちをみつめてみようと思います。 ※この記事は11月に加入した母親アップデートコミュニティ(HUC)『5周年祭カウントダウンカレンダー』に賛同しての記事です。 コロナ禍で生まれた生活の変化コロナと共に過ごしたここ数年は、自分の人生を大きく変える期間だった。医療者として自分に通常以上に厳しい行動制限を課していたこともあり、人とのつながりやプライベートの時間の使い方を見つめなおす機会となった。 外

          #11 2024 命を語れる場所をつくる

          #10 noteの株を買ってみました

          いくつかある今年の目標の1つにnoteを書くがあって、少しずつ書けるようになりました。 もう1つの目標は投資を始めるでしたが、そちらもネット証券に登録してお小遣いの範囲で6月からボチボチやり始めています。 投資は結婚当初から夫がやっていて、株価が変動する度に気持ちが浮き沈みするのをみて、これまではマイナスなイメージしかなかったのです。 でも最近息子から「金持ち父さん貧乏父さん」を勧められて読んだことや、新NISAを前に色んなところで投資のニュースを目にするようになり、少しず

          #10 noteの株を買ってみました

          #9 明るい不登校をふりかえる 嘘をつく子ども

          助産師のHiroです。 末っ子が学校に行けなくなってから転学を決めるまでをふりかえるマガジンです。今回は不登校の始まりの出来事について書こうと思います。 おかあさん、僕はまた嘘をついた。 高1の夏休みが明けて、息子が学校に行けなくなった。 朝になるとトイレで吐いてたり、頭が痛いと言って起きられなかったり。 我が家は「学校はいつでもどんな理由でも休んでいい」という方針だったので、今日は体調が悪いと言われると学校に欠席の連絡をしていた。 1週間ほど休んでいる間、どんどん表情が

          #9 明るい不登校をふりかえる 嘘をつく子ども

          #8 明るい不登校をふりかえる 不登校の原因

          助産師のHiroです。 末っ子が学校に行けなくなってから転学を決めるまでをふりかえるマガジンです。今回は不登校の原因について書こうと思います。 はじまり 高1の夏休み明けの1週間学校に行けなくなった。 もともと兄がアレルギー体質や空気を読まないタイプでイジメられたりするんじゃないかと心配だったこともあり、無理に学校に行かなくてもいいというスタンスで育ててきた。 その影響で末っ子は小・中学生の時から、月に何度か学校を休んでリフレッシュするタイプだった。最初の数日休むのは気に

          #8 明るい不登校をふりかえる 不登校の原因

          #7 明るい不登校をふりかえる はじめに

          去年の夏休みが終わって、高校生の末っ子が学校に行けなくなった。 もともと1学期から休みがちだったけど 夏休み明けの1週間はこれまでと様子が違った。 腹痛や頭痛、立ちくらみを起こして精神症状が現れていた。 いつもニコニコの息子が別人のようになっていた。 あれから1年と少し、 たくさん本人と話をして スクールカウンセリングを受けて 担任とも面談し 夫と話し合いを繰り返し 祖父母や長男、長女とも相談して 息子は通信制のN高に転学することを決めた。 学校に行けない 学校に行かな

          #7 明るい不登校をふりかえる はじめに

          #6 お産の記憶は扁桃体に刻み込まれる

          こんにちは。助産師のHiroです。 先日書き始めたnoteが思い入れが強すぎてなかなかまとまらないので、別のテーマで書いてみます。私が助産師をするうえで大切にしていること。 お産のケアでしあわせに包まれる私は長男の妊娠出産をきっかけに、自然なお産や自然な育児の大切さに気づき、自分の生き方を変化させていくなかで助産師になった。 長男の出産は自分の人生を変えた出来事であったし、最も記憶に残っている出来事でもある。 助産師は自分にとって天職だと感じ、「死ぬまで現役で働きたい」

          #6 お産の記憶は扁桃体に刻み込まれる

          #5 旅立ちの時

          助産師のHiroです。今日は県外の大学に進学する娘の引越しでした。荷物を積み込んだ我が家の前にも、引越し先のアパートの近くでも桜が咲き誇り、娘の旅立ちを一緒に祝ってくれているように感じました。 田舎暮らしの我が家。子どもたちと暮らせるのは高校までと思いながら育ててきた。お友だちの中には高校から地元を離れる子も多く、都会の方よりも「子どもたちとの時間には限りがある」ということを意識してきたのではないかと思う。 この日に後悔しないようにと親としてできる限りのことはやってきたと思

          #5 旅立ちの時

          #4 生きるとは表現するということだから

          河瀨直美って知ってますか? 奈良県出身の映画監督。97年のカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を日本人で初めて受賞した人で、私にとっては運命の人。この人との出会いが自分の人生の方向性を決めたと思っている。 将来にモヤモヤしていた大学時代、河瀨直美との出会い 芸術大学の人文学部3回生の頃、好きな授業以外はさぼりがちで単位も落としまくり卒業が怪しいレベル。ぼちぼち始めた就職活動では自己アピールできることなんて何もないんじゃないかと自己肯定感が地の底を這っていた。そんな

          #4 生きるとは表現するということだから

          #3 私を変えてくれた小さな産院の話

          助産師のHiroです。 前回は自己紹介として、なぜ子ども三人を産んでから助産師になりたいと思ったかについて書いてみました。 新聞記者として転職し、やっと仕事が軌道に乗り始めた時期に妊娠。なかなか受容できず子どもを産む覚悟ができなかった私を変えてくれた助産師との出会いが、いまの私の原点になっています。 長男を産むために私が選んだのは、UNICEFから「赤ちゃんにやさしい病院(Baby Friendly Hospital)」に認定されている母乳育児にこだわる小さな産院でした。今回

          #3 私を変えてくれた小さな産院の話

          #1 note書く宣言

          最近息子や自分の大切な人たちがnoteを書き始めた。 情報の紹介やアフリエイトを意識したブログなんかとは違って、noteの文章は読むと「その人の素の部分に触れる感覚」があって楽しい。年末くらいから「自分も書きたいな」と思い始めた。 新年の計画を立てた時、今年の目標の1つに「noteを書く」をあげた。それなのに3カ月、なかなか書けずに時間が過ぎた。 文章を書きたい理由はいろいろある。 書くことで自分の思考や感情を整理してみたい。日記以外にも自分の心が動いたことの記録を残したい

          #1 note書く宣言