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卵子凍結するか、しないか。将来を考えること。

助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。

今日は、卵子凍結について考えること、選択することが将来にどう関わるのか、について考えていきます。

そもそも、卵子凍結とはどういうものなのでしょうか。
卵子凍結とは「将来的に妊娠できるように若いうちの卵子を採取し凍結保存しておくこと」です。
受精卵の凍結との違いは、“受精”をしているか否か。
つまり、受精卵は採卵した卵子と精子が受精して受精卵になった状態を確認して(受精後3日目、もしくは5日目)凍結するのに対し、卵子凍結は卵子単体での凍結となります。
そのため、将来的に凍結した卵子を使用する場合には、融解し、顕微授精で精子と受精させ、受精卵になったことを確認し、子宮へ移植する、という過程となります。

この卵子凍結を行う場合、下記の2つのうちどちらかの適応に当てはまります。
・医学的適応:悪性腫瘍などに罹患した女性が、治療により卵巣機能の低下が懸念される場合に、妊娠できる可能性を残しておくために行うもの。
・社会的適応:現時点ですぐに妊娠する予定はないが、将来妊娠を望むため、妊娠の可能性を高めるために行うもの。(主に未婚女性が実施することが多い)
今回は、社会的適応に焦点を当てて考えていきます。

近年、卵子凍結について、社会的にも関心が高まりつつあるように感じます。
2023年度より、東京都が健康な女性を対象に、卵子凍結に際して30万円の助成金を決定しました。
本格的には2024年度からの運用とのことですが、2023年度で200人程度の利用が想定されており、約1億円が予算として計上されているそうです。
ねらいとしては、少子化対策の一環として、未婚女性が将来の妊娠・出産の可能性を残せるように支援することにあります。
会社の福利厚生としても、ジャパネットタカタで知られるジャパネットホールディングスや、サイバーエージェント、メルカリなどが社員の卵子凍結に際し、補助金を出すサポートを行なっています。
また、最近では、お笑い芸人3時のヒロインの福田麻貴さんが卵子凍結を行った、という記事もネットで取り上げられていました。
このように、以前よりも卵子凍結が認知され、且つ、卵子凍結について語ることがオープンになってきたように感じます

この卵子凍結、メリットは何なのか。
「年齢が若いうちの卵子を凍結することで、加齢に伴う卵子の老化の影響をなくし、妊娠の確率を向上する」
卵子の老化は35歳あたりを境に格段に進んでいきます。
妊娠の可否だけでなく、染色体異常などのリスクも上昇していきます。
34歳までのうちの卵子を凍結しておくということは、妊娠確率を高める上で有効であるとされています。

では、卵子凍結のデメリットは何なのか。
「将来の妊娠・出産を保証しているわけではない」
「費用がかかる」(卵子凍結に際し30−50万程度。施設によって異なる。保管料も年単位で数万程度。使用する時は融解料・移植料なども別途かかっていく。)
「採卵に際し、薬の使用や手術などで身体に負担がかかる」(場合によっては入院することもある。)
また、卵子は受精卵と比べて細胞が弱いため、一度凍結してから融解することで細胞が壊れて受精ができなくなる、というリスクも存在します。

実際に卵子凍結をした女性たちのインタビューを見てみると
「将来の妊娠に向けて今できることができて安心した」
「卵子凍結をしたことで前向きになれた」
などポジティブな意見が多く書かれています。
ただ、一方で、その安心感は彼女たちの“不安”の本質的な部分の解決に繋がっているのか、と疑問も感じます。
卵子凍結での治療成績は以下のように発表されています。
(日本産婦人科学会HP:令和2年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告より)
・移植あたりの妊娠率:18.0%
・妊娠あたり流産率 :24.1%
・移植あたり生産率 :12.4%
ちなみに、融解保存胚(凍結していた受精卵)の場合
・移植あたりの妊娠率:35.4%
・妊娠あたり流産率 :25.4%
・移植あたり生産率 :24.9%
この数字はあくまでも統計なので、同じ治療をして自分がそこに当てはまるのか、ということ自体もなんとも言えないのですが、上記の数値から、卵子凍結の先の妊娠・出産が決して簡単なものとは言えないということが伝わるのではないでしょうか。

日本産婦人科学会は、今現在、この卵子凍結については社会的適応を推奨してはいません。
“妊娠を先延ばしする”ことを懸念していることが理由に挙げられます。
例えば、25歳の時に卵子凍結をして40歳で移植するとなった場合、卵子は25歳の時のものですが、妊娠する身体は40歳の身体なので、そこには高齢出産のリスクが存在します。
やはり妊娠適齢期での妊娠・出産がリスクを考慮すると望ましいということが医学的には揺るがない事実ではあるのです。
加えて、産婦人科学会の倫理委員会では、“がん生殖とは異なり、医学的適応ではない卵子凍結が商業的に行われつつある”という指摘も出ています。
卵子凍結を推奨するHPなどで卵子凍結経験者が「今が私の人生で一番若い。今のうちに。」「あの時やっておいて良かった。」と話していた記事がありました。
これらの言葉にはパワーがあります。
このような言葉に触れると、今後の人生に焦りを感じる女性にとっては、“やらない理由を探す方が難しい“と感じることもあるかもしれません。
重要なポイントなのは、卵子凍結は妊娠の可能性を高めることはできても妊娠を保証するものではないということです。

もちろん、卵子凍結によって心の拠り所ができ、救いとなる人もいるでしょう。
“今はパートナーはいないけど、いつか妊娠・出産はしたい。それなら、今自分にできることってなんだろう?”と考えた先に卵子凍結を選択する人も一定数存在すると思います。
ただ、これは自己投資と言われる、NISAや確定拠出型年金、永久脱毛やエステとは少し意味合いが異なるものです。
卵子凍結で得られる安心感やライフプランの後押しをされることは女性にとって、妊娠・出産への希望を繋ぐ心強い存在となると考えられます。
その一方で、卵子凍結の先に、パートナーとの意見交換や自分自身の人生の岐路をどう歩いていくか、年齢をどう捉えるか、など向き合うべき事柄が必然的に存在してきます。
それらに丁寧に向き合っていくことが卵子凍結に付随する問題には欠かせないと考えます。
卵子凍結の実施自体は自分で決められることではありますが、その先にある生殖医療は子ども・家族に影響することでもあります。
簡単な問題ではないからこそ、女性が卵子凍結について検討する際には卵子凍結が自分自身にとってどういうものなのか十分に咀嚼して選択することがとても重要だと考えます。
そして、卵子凍結を提供する施設には、女性たちへの説明を確率論だけでなく、卵子凍結から派生する事柄に関しても丁寧に説明し理解をサポートすることを願います。

それぞれの女性が、自分の年齢とキャリア、プライベート、生殖能力について悩み、考えています。
卵子凍結をして得られる安心が自分の求めている安心なのか。
卵子凍結を選択した場合、その先どんな過程を経ていくのか。
卵子凍結をしなかった場合、した場合とでどう行動が変わるのか。
政府は卵子凍結の支援を少子化対策の一環と位置付けていますが、これは女性の生き方に関する問題とも考えられます。
卵子を凍結しようとする女性の思考には何が関係しているのか。
社会的適応の卵子凍結がもたらす議論が社会の仕組みの在り方に今以上にもっと食い込んでいくことを望みます。




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