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お客さまからの「ありがとう」がやりがいにならなくなった日


「この仕事の、営業としての一番のやりがいは、お客様から直接ありがとうと言ってもらえること。それが一番のやりがいです。」


と、在りし日の私はスクリーンに映し出された謳い文句を、会社説明会で若手営業社員代表として饒舌に語っていた。

いま振り返っても嘘はない。営業は現場でのプラスの感情もマイナスの感情も全て引き受ける仕事だ。そしてお客様から直接感謝をもらえるのはとっても素晴らしいことだった。

それなのに私は仕事のやりがいを見つけられない透明人間になってしまっていた。

理由は大きく2つ

1つ、仕事のやりがいをお客様から感謝されるという「外部からの報酬」に大きく依存しすぎてしまっていたこと。

2つ、思ったより私は「私にしか出来ない仕事をすること」に憧れを持っていたこと。思ったより欲張りな人間だったこと。

いまもまだ、私なりに自分に合うはたらき方と、生き方を模索中だ。

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はたらくってなんだろう。と改めて考えてみた。

ぼんやりとキングオブ自己啓発本こと、スティーブン・R・コヴィー博士著の『7つの習慣』に出てくる第2の習慣を思い出す。7つの習慣の中でも異質な第2の習慣は「終わりを思い描くことから始める」というもの。

事業で成功したいとか、最終的にこんなミッションを達成してとか、そんなもんじゃない。終わりとは自分が死ぬ時のことだ。こう問われる。


「お前はどう死にたいんだ?」


本の中では、どう死にたいのかを考えることで、どう生きたいのかを考える。はたらくってなんだろうって考えたとき、「私はどう死にたいんだろう。」と頭に浮かんだ。

どうやら私にとって、はたらくってなんだろう。という問いは「私はどう生きたいんだろう。」と置き換えて考えるのが良さそうだと思った。


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逆境という麻薬

はたらくってなんだろうと初めて思ったのは3年前、それは仕事と会社に対して感じた小さな違和感。けれどその小さな違和感は、日々の多忙なタスクに吹き飛ばされる程度のものだった。私はどんどん仕事にのめり込み、家事もろくにせず、寝るとき以外はずっと働くような生活をしていた。

2年ほど前、営業部の雰囲気がおかしくなっていったのがひとつの始まりだった。当時の営業部長が何の前触れもなく突然会社を辞めたのだ。

VIP顧客を多数抱えていた営業部長の辞職は、社員数十人の中小企業にとってかなりの負担だった。残った営業部員は引き継ぎに追われ私も地方の顧客の引き継ぎを担当し、短期間にかなりのマイルを貯めた。

そこからだった。営業部長の辞職を皮切りに、十数名いた営業部員の半数以上がわずか半年の間に次々と辞職した。残ったのは私を含めて4名の営業部員と、春に入社予定の2名の新入社員というありさま。

辞めて行った社員に恨みはないが、正直地獄だった。

しかし、おかしな事にそんな忙しさは麻薬にもなった。私は以前よりも仕事にのめり込んでいった。明らかに自分のキャパシティーや能力以上の仕事が山積みになっている。でもそれをこなす事が正直自分を成長させていると実感していたし、通常の仕事量では得られない自分の明らかな成長に酔ってさえいた。

そしてもう一つ、営業として数字や実績を積み重ねれば積み重ねるほど、社内での発言権や影響力も強まっていった。ようやく社内の非効率な文化や不十分な研修など、自分がおかしいと思う事をどんどん変えて行けると息巻いた。そして自らプロジェクトを立ち上げたり、様々なプロジェクトに首をつっこみまくった。

そして、がむしゃらに走りはじめて1年ほど経った時、私はなぜか透明人間になっていた。



報酬への依存

最初に違和感に気づいたのは、右頬の痙攣に気づいた時だった。

本当に気持ち悪い話なのだが、客先から最寄り駅に帰る途中、私はずっと苦笑いし続けてた、らしい。駅について右頬が痙攣していることに気づいてようやくハッとした。商談がまとまり、お客様からの感謝の言葉も貰えたはずなのに。嬉しくなかったことを覚えてる。

ある時は、かなりアクの強いお客様に当たった。訪問する度に言うことが変わる人だった。そんなこと営業の世界ではよくある話だけれど、やっぱり話は噛み合わないので、こちらの対応は後手に回る。

対面でも電話でも、メッセージでも、あらゆる手段でこちらの対応をこき下ろされる日々だった。しかし、それでも大口の顧客なので出来うる限りの対応を行い休日もかなりの時間を割いた。それでも私の力不足もあり、散々クレームを付けられながらプロジェクトを推し進めていった。

ある時は、昔から懇意にしているお客様との打ち合わせが9時間に及んだ日があった。

ある時は、どうしてもと頼まれてお客様のネットワーク環境を調整した。とっても感謝されたが帰宅した時には日付が変わっていた。

ある時は、お客様の無理難題に答えた挙句、契約を破棄されそうになったこともあった。

そうして、何となく何となく、緩いグラデーションのように私は疲れて行った。自分の努力や労力と、その対価にやりがいとしてお客様から頂いていた「ありがとう」の釣り合いがどんどん取れなくなって何かが崩れていくのが分かった。

得意だったはずのクレーム対応も、やりがいのバランスが取れなくなってから、理不尽なクレームほど簡単に心がポキポキと折れるようになってしまっていた。


透明人間

そして弱った心に追い打ちをかけるように、長く心の支えにしてきたお客様からの「ありがとう」は本当に私に対しての「ありがとうだったのか?」という疑問も沸々と湧いてくるようになってしまった。

「ありがとう。」

そう言われたとき、いつからかその言葉が自分をすり抜けて向こう側に飛んで行っているように感じてしまうようになったのだ。

私はあなたが読まないそのマニュアルに書いてあることをかみ砕いて伝えただけ。私は他のお客様はこう使っていますよという事例を伝えただけ。ちょっとめんどくさいパソコンの設定を便利屋さんのように代わりにやってあげただけ。弊社が作ったシステムの便利な使い方を簡単に説明しただけ…

確かに私はいち営業で、私の代わりになる人間はごまんといて、そんなことは初めから分かっているのに。私の仕事に、私は本当の意味では必要ないと考えるようになっていった。

一度掛け違えたボタンに気づかないように、どんどん仕事の中で私が介在する意味が見いだせなくなり、自分で自分の首を絞めるように私自身でやりがいを手放してしまった。

そして、「もっと自分にしか出来ない仕事をしたい。」そんな漠然とした幼い考えにいつのまにか取りつかれていた。

ある日、家に帰って重いバッグを置いたとき『私、何してるんだろう。』と声に出して言ってしまった。

それが自分で自分を透明人間にしてしまった決定的瞬間だった。


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とある事実と自分の中のイメージとの決別

程なくして自分の中のとある事実と向き合う事になる。文字にするのは結構キツかったが、私は営業という仕事が別に好きじゃないという事を認めた。

お客様からの「ありがとう」という言葉、長年通った得意先の方との交流、チームとして案件を完了した時の達成感やチームワーク。

わたしが「やりがい」に掲げていた美しいものはどれも嘘じゃない。

嘘じゃないけど、でも本当はカッコつけていた。そういう営業マンであろうとしていたし、そういう姿こそ立派な営業マンじゃないかと思い込みたかったのかもしれない。

でも本当の本当に営業として喜びを感じることが多かったのは、予算を達成した時や大口の契約を取った時など、「報酬」に直結するような定量的な成果が出た時だったように思う。

あくまでも、お客様からの感謝をモチベーションにしている程を装いながら、その実は外発的な動機に頼るような働き方しか出来ていなかった。

営業マンとして、それも一つの正解だと思う。でも大切なのはそこじゃない。私は、はたらき方のモチベーションを報酬や成果などの外部由来のものに頼るのではなく、自分の中に動機を見つけたいと思うタイプの人間だったらしい。

なぜカッコつけて自分がこれまで働いていたのか、無理をしてまで無茶な働き方を貫いていたのかが分かった気がした。自分の中に動機なんて無かった。

私の中の良い営業としてのイメージ、そしてそれによって手に入る「報酬」を目的に行動をしていた。そんな現状は自分の生き方にもフィットしていると思いたかった。


どう生きたいか

私は、どう死にたいのかを考えた。

「好きなことを飽きるまでやって満足して死にたい」と思った。

3年前、初めて自分の中に「はたらくってなんだろう。」という疑問が浮かんだ時には想像もしていなかった答えだ。そんな自分の願いを叶えるため、いくつか行動を起こすことにした。

***

まず仕事の環境を変えることにした。

自分自身に集中できる時間を作るように色々と動き回った。そうすれば、自分の中に動機を見つけられるものに沢山出会えると思ったからだ。

次に、自分が好きだと思う事、自分がいいなと思う事に沢山触れようと意識した。

好きな事でも自分で無意識にストッパーをかけてしまっている事は沢山あった。そして色々な言い訳をしてチャレンジしてこなかった事に飛び込んでみようと決意した。

そうすると不思議なことに、その中で少しでも世の中の役に立てることは無いかと考えるようになってくる。

私の好きなもの・ことの大きな引き出しを見つめて、その中で他の誰かの為になるようなことが出来ればそんな素敵なことはない。

「あれ?」と、正直おかしな話だと思った。他人からの「ありがとう」がやりがいにならなくなっていたのに。

好きや楽しいを軸に、本当の自分の中の動機を起点にしながら、誰かの為になれる自分を目指してみたいと思えた。

きっと心のどこかではずっと前から分かってたのに、一生懸命走ってきた中で見えなくなっていった。でも、どう生きたいのかを考えると視界が開けた気がした。

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きっとこれから世の中がどんどん様変わりしていくように、「はたらく」も急速に変わっていくかもしれない。今では考えつかないようなことが仕事と呼べるようになるかもしれないし、仕事やはたらくという概念すら緩やかに無くなっていくかもしれない。

でもどんな世の中になっても、自分を騙す生き方をしないように心がけたい。周りからのイメージや自分の外にあるモチベーションに大きく頼る生き方は再び私を透明人間にしてしまうから。

もしもまた、はたらくことに迷ったときはここに戻ってこよう。私はどう死にたいか。そして、どう生きたいのか。

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マンガサービスアル(https://alu.jp/)でライターとして活動しています。 大好きなマンガや本についての感想。 日々の気づきに対して思ったこと・考えたことなどを発信しています。 現在は新たな取り組みに向けて準備中! 気になった方はフォローしていただけると嬉しいです。