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孤独な夜のココア① 恋が生まれる前がいちばん楽しい説は本当か?

孤独な夜のココア 著 田辺聖子

『ジョゼと虎と魚たち』で著者のことを知った。
『ジョゼと〜』に引き続き、こちらも恋愛の短編集。
女性がとある男性を好き、という設定に絞られているが、年上、年下、社内恋愛、幼なじみ、、、と恋愛模様は多種多様。
どの恋も、甘く、ほろ苦く、あたたかい。
解説で、綿矢りさがタイトルに関して

いったんベッドに入ったものの、眠れず起き出して、
そこだけ明かりの点いたキッチンで
1人飲む1杯分のココア

と分析している。
どの物語も、夜、1人で飲むココアのようなじんわりとした温もりを感じる。

いくつかある物語の中で、特にお気に入りをピックアップし、掘り下げていきたい。

雨の降ってた残業の夜

主人公斉ちゃんは、バリバリと仕事をこなす、サッパリとした性格の女性。残業していた夜、同じ会社のモテ男千葉クンと、たまたま同じ時間を過ごしたことにより始まる恋愛ストーリーだ。

千葉クンは、斉ちゃんの同僚の純子から猛烈なアプローチを受けている。社内なら、誰しもが純子が片思いをしていることを知っており、過度にベタベタする態度に周囲は戸惑い、呆れている。斉ちゃんは『あんな風に周りが見えなくなってはいけない』と冷静に客観視している。
しかし、斉ちゃんは、残業していたある日、出張から帰ってきた千葉クンとじっくり話したことがきっかけで、だんだん千葉クンへの恋心に気づいてしまう。
千葉クンは今でいう『チャラい男子』だと感じた。
平気で女性に、かわいい、好き、君がいちばん、と甘い台詞を言えちゃう、女性慣れしたタイプ。そりゃあ好きになるわ。
斉ちゃんは、毎日千葉クンのことを考え、外回りから帰ってきた彼のために熱いお茶を淹れ、ラーメンの出前を注文する。
退勤後も、千葉クンに『サヨナラ』とひとこと挨拶するために、地下鉄で彼の姿を目で追う。
しかし、千葉クンはベタベタされるのは嫌いなため、そうはならないように、一生懸命、陽気になるよう振る舞う。

純子とは違ったやり方で、片思いを楽しむ一方で、あの夜の、いい雰囲気は二度と生まれないだろう、という不安も抱えている。
この物語は、このような一文で締め括られている。

恋というものは、生まれる前がいちばん
すばらしいのかもしれない。

恋愛感情に気づいてしまうと、楽しいだけでなく、相手に嫌われたらどうしようという不安に襲われたり、熱中しすぎないように、という注意が必要になったりする。
恋の恐ろしさを、斉ちゃんは知っている。

冷静を装いながら、臆病になる姿に共感してしまう。
斉ちゃんは賢い人間だ。恋愛していながらも、視野が狭くならないよう注意を払うことができている。
しかし、純子のように、好きなものは好き、と真っ直ぐ、自分がやりたいやり方で、相手に思いを注ぐ姿は眩しい。
斉ちゃんは、純子を冷ややかな目で見つつも、本当は羨ましいのではないだろうか。

恋の恐ろしさを、短いストーリーで端的に伝えている。
短編集は、あまり読む方ではないのだが、短い中に要点がぎゅっと詰め込まれ、密度の濃い作品ばかりが揃えられている田辺聖子、これはさすがだと圧巻する。

片思いがいちばん楽しいよ、と昔友人から言われたことがある。
両思い、お付き合い、別れも経験した私の意見としては、思いが通じ合っていた方が、絶対楽しい!!
これ一択。
曖昧な距離感もそれはそれでいい。
しかし、好きだ、と堂々と伝えられ、会いたいと言えば会える関係の方が絶対いい。

斉ちゃんは、千葉クンとの恋愛が成就することに対して、自信がないのだ。
だから、恋が始まる前がいちばん素晴らしい、と言い切る。

この作品が発表されて40年ほど経つが、私は斉ちゃんに、もっと、自信を持って!と背中を押してやりたい。
せっかく恋をするなら、恋が実る前の過程も、楽しんだ方がいい。

人にこんなこと言うのは容易い。
斉ちゃんは、私なのかもしれない。

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