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24歳 ボーダーのタンクトップ

 毎年の夏、欠かさずしていることがある。それは、「MILLER」のトップスを買い足すことだ。
MILLERとは、アメリカの老舗アンダーウェアブランドであり、キャミソールやTシャツなど、様々なセレクトショップが取り扱っている。初めてMILLERの服を買ったのが2020年で、アイボリーの生地に赤、青、黄の細いマルチボーダーのキャミソールだった。レインボーのような柄がレトロな雰囲気で、デニムにも合わせやすく、今でも夏はお世話になっている。同じ年に、盛岡のショップ「tyilo」で、ココアブラウンのタンクトップを購入した。現在は日本で生産されているが、こちらはアメリカ産であり、珍しいんですよ、と店員さんは教えてくれた。赤みがかった霜降りの茶色が古着っぽい印象で、こちらもお気に入りの1着である。
 このエッセイを書くにあたって、MI LLERについて簡単に調べたところ、「良質のアメリカコットン100%素材が特徴」とのこと。(BEAMS公式サイト参照)確かに、着心地が良い。なぜMILLERの服を集めているかと問われたら、可愛いから、が真っ先に浮かぶのだが、着心地の良さ、着ていて楽ちんなところが好きで、コレクションしているのも、あるかもしれない。
 MILLERのトップスは、現在5着ある。今シーズンもすでに手に入れており、アイスブルーとネイビーのリンガーTシャツのフレンチスリーブバージョンのそれを着て、早く海に行きたくて仕方ない。そして、衣替えしながら、あー、こんなのあたったなあと、1着1着たたみ直している時に出てきた、ボーダー柄のタンクトップ。これも、MILLERである。パキッとした、鮮やかな緑色のボーダーが目に入ると、このタンクトップを着て過ごした1日を思い出す。

 夏の真ん中、付き合って1か月も経っていない彼と、日中から遊ぶ、初めての日だった。休みが合わない私たちは、会うとなると、仕事終わりにお互いの家に泊まりに行き、朝はそのまま出勤、という流れが多かった。ようやく2人の休みが合ったので、付き合う前から、彼から誘われていた、飲むわらび餅のお店に行くことになっていた。黒糖味や抹茶味などのとろりとした液体状のわらび餅の上に、クリームがもりもりと絞られた、フラペチーノのような飲み物だ。今になってわかるのだが、彼は本気でわらび餅を飲みたかったのではなく、私と会う口実のために提案してくれたのではないか、と。ミーハーな私が喜ぶだろうと考えてくれたのだ、と今になって思う。そういう、優しい人だった。
 付き合い始めて何度か会ってきたが、1日中一緒にいて、気づいたことがある。まず、タバコ休憩が多い。喫煙者だとは知ってはいたが、なぜ喫煙者は小刻みにタバコを吸いたがるのか。出発する時に1本吸い、お昼の焼肉屋さんに到着した時にも、また1本。その間、30分ほどである。無理に禁煙をさせようとは思わないが、これだけ吸うってことはタバコ代もバカにならないから、自分はタバコには手を出さないようにしよう、と誓っている。
 そして、もう1点。髪をセットした方が、数倍カッコよく見えるということ。普段は作業着にノーセットの髪型だが、この日はワックスでしっかり髪を整え、服も部屋着のTシャツ姿のラフなスタイルではなく、茶色の開襟シャツに白のパンツという格好だった。一方私は、MILLERのタンクトップに黒のキャミソールのワンピース、ヌーディーカラーのビーチサンダルに、同じような色合いのペーパーバケットハットという、夏の暑さに浮かれているかのようなスタイルで、帽子に関してはおろしたてだった。些細なことだが、彼のシャツと私のタンクトップの縁取りの部分が同じ茶色なので、勝手に嬉しくなった。
「今日の服装どう?」と聞くと、彼は「いんじゃない」と適当に返す。この時に限らず、この手の質問をした時は、決まってそんなリアクションだ。よく、「みどちゃんの格好は色とか柄とか多い」と言われていたが、それが彼の好みとはズレてしまったとしても、それを「私らしさ」と認識してくれていたのだと思う。
 焼肉「米内」で昼食を済ませ、国道4号線を走らせる。ここでも、あることに気が付く。彼は、写真を撮られるのがあまり好きではないようだった。運転している横顔を撮影すると、左手でiphoneのカメラを隠される。ノリノリでカメラに映り込むタイプではないのだ。
 結局、まともに彼の写真を撮ることができずに、青山町にある飲むわらび餅のお店に到着した。テイクアウトのみだったため、車の中で飲むことにした。本当に暑い日だった。駐車場からお店まで歩いて数分だが、その数分でさえ汗が滝のように流れていく。念願の飲むわらび餅は、「飲み物」というより、しっかりとした「デザート」で、パフェのような満足感があった。そして、2人が飲み終えた後の率直な感想は、「喉乾いた」。濃厚なクリームは贅沢だが、口元をさっぱりとさせたくもなった。速攻、近場にあるドラッグストアへと急ぐ。ペットボトルのお茶を選んでいる彼に「これとかどう?」と明らかに甘そうなカフェオレを見せたら、「絶対今じゃない」と断られた。
 この日はたまたま、御所湖で花火大会が開催されるということで、急遽帰りに寄ることになった。花火大会って、人多いし、屋台はやたら並ぶし、写真を撮ったとしても、対して上手に撮れる技術がないし、そんな重要視していなかったイベントだ。しかし、いざ行けるとなると、やはりワクワクしてしまう。デートみたいだな、とふと思う。デートなんだけど。焼肉食べて、飲むわらび餅飲んで、打ち上げ花火で締めくくる休日がデートじゃなければ、何がデートなのか問いたいくらいだ。
 花火大会の会場は、想像以上の観覧客で溢れていた。屋台でたこ焼きを買い、敷地内にある「手つなぎ広場」の緩やかな傾斜になっている芝生に腰掛けた。人という人が、会場に埋め尽くされているが、ここからだったら、なんとか花火を臨むことができそうだ。会場には、ピカピカ点滅する剣城を振り回る小学生や、浴衣姿の女の子2人組や、手を繋いでいるカップルなど、様々な人で賑わっていた。みんな、これから打ち上がる花火に思いを馳せている。私たちも、そうだった。
 待ってました、という大勢の期待に応えるかのように、1発目の花火が打ち上がった。壮大な御所湖の水面に鮮やかな花の光が映し出され、打ち上がった光は滝のようにゆっくり、滑らかに流れ、夜に溶けていった。写真を撮るのもそこそこにして、私たちはただただ、美しい光に見惚れ、光のシャワーを浴びていた。「すげー」と彼は呟いていて、それは心の底からの感想に思えた。
 花火大会が後半になり、そろそろ帰るか、と私たちは立ち上がった。最後まで見てもよかったのだが、すでに満足しているし、午前中から行動していたからクタクタなのも事実だった。私たちと同じように、駐車場へ向かう人もそこそこいて、みんなツヤツヤな笑顔を浮かべていた。
 お互い疲れていたはずなのに、疲れていて眠気を覚まそうとしていたからか、帰りの車内はカラオケ大会の会場へと変貌を遂げた。彼のApple Musicのシャッフルプレイリストから流れる、今流行りの音楽は、いい眠気覚ましとなった。Saucy Dogの「いつか」を熱唱して、ぽつりぽつりと街灯が点っている、静かな夜を走った。ここでも気づいたことがある。彼は歌がとてもうまかった。
 彼の色々なことを知ることができた1日だった。楽しくて、1日が一瞬で過ぎ去った。こんな感想はありきたりだが、何より、彼も楽しんでくれていたことが嬉しい。お互い、同じ気持ちでいられる、ということがどれだけ幸せなことか。ありふれた夏の1日だったけど、こんな日がたまに過ごせるのなら、どれだけ暑くても大したことないな。

 素晴らしいデートとは、お互い楽しんでいて成り立つのだと、彼から教えてもらった。今年の夏も、暑い暑いと文句を言いながら、そんなデートをしたい。今年はもう間に合わないかな。今年と言わず、いつかできるだろう。いつか、というゆるい心構えでいよう。その時のために、またMILLERのトップスを集めよう。これが私の、夏支度だ。

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